#11 『伝説の魔剣士』

「はい、次の方ー」


「カフワ・バジオラさんですね。まず、魔力測定に入りますので、その部屋に入ってください」


「うーい」


言われるがままに魔法石が多数埋め込まれた暗い部屋に入るカフワ。


「……あれ、おかしいな?」


魔力測定を担当していた人の声が聴こえる。


……しばらくたっても何も起こらない。先に部屋に入った人の様子を見ていたが、ガラスコップを弾くような音を出しながら、部屋の外に取り付けてある魔力掲示板にその数値が出る筈なのだ。


「故障かな? 測定不能みたいですねぇ。今までこんな事無かったんだけどなぁ」


「……もしかして私のせいかも」


少ししてカロがつぶやく。


「しばらくあんたの体に戻ってるから、後は勝手にやりなさい」


そう言って消えてゆくカロ。


「?」


そしてまた少し経った時、問題は解決した。同時に後ろに並んでいた参加希望者からどよめきが起こる。


「おぉー凄い数値がでたぞ」


「さっきの蒼髪の女といい、今年はとんでもないのが居るな」


どよめきの中に外から様々な喋る声が聞こえる。


「どうやら直ったようです。カフワさんお疲れ様です」


「幾つだったんですか? 数値」


「魔力値1330で、現在暫定2位です。一次選考通過おめでとうございます。この測定票を持って次の受付に進んでください」


「やっぱり凄いですね! カフワさんは」


グレインが肩を叩く。


「1330って凄いの?」


「歴代参加者でもトップクラスだと思いますよ。数値が必ずしも魔法の強さとは比例しませんがこれも一種の才能ですね。少なすぎると魔法は発動できませんし」


「へぇー」


「次の方~グレイン・ビッケンバーグさんどうぞー」


大声で測定担当者の呼び出しがかかる。


「あっ、次僕だ。行ってきますね」


「頑張って!」


「ふぅ、もうそろそろ良いかしら?」


まるで窮屈な場所から出てくるような声を出しカロが姿を現す。


「ああ、うまくいったよカロ。一体どういう事だったの?」


「精霊体とはいえ2人分の魔力が同じ場所にあったら多分測定できないでしょ」


「ああ、そういう事か」


「で、どうだったのよ?」


「暫定2位だって」


「……ビリから?」


「いや、そんな情報いらないでしょ!」


「おかしいわね。私が魔力吸っちゃってる分、カフワには不利な選考方法だと思ってたんだけど。この大会レベル低いのかしら」


「どんだけ自分の弟子信用してないんだよ」


そうこうしているうちにグレインの測定が終わっていた。


「カフワさん! 僕も選考通過しましたよ」


「良かったねー」


「魔力値924で暫定8位でした。正直ちょっと悔しいです」


「そんなの体調や精神状態ですぐ変わるんだから目安にすぎないわよ」


カロが何故かグレインにフォローを入れる。もしかして他人には甘いのか? そんな疑問を感じて考えていると、唐突にグレインに小柄で白髪の老人が寄ってきた。


「ちゃんと来たようじゃの」


「先生!」


「誰?」


「カフワさん紹介します。僕の師匠の魔導士シュトラウフ先生です」


「友人とは珍しいの」


「先生、彼は命の恩人なんです。偶然街で会って一緒に来たんです」


「ほうほう……」


「先生は凄いんですよ。この大会運営の偉い人で審査委員長もやってるんです」


「ただ、長生きな魔導士ってだけじゃよ」


「またまたご謙遜を」


そこへ更に蒼髪の女性が手を振って小走りにやってくる。


「カフワ君! やっぱり来たのね」


「アルーシャ! アルーシャのおかげであの後、攻撃魔法完成したんだよ」


「それは楽しみね。一次選考も通過したみたいだし、是非観戦させてもらうわ」


「あっ、シュトラウフ先生お久しぶりです。小さくて気づきませんでした」


「相変わらず、さらっと心をえぐってくるの」


どうやらそのやり取りを見るに、アルーシャもグレインの師匠と知り合いのようである。


「君も初めて大会に出るようじゃが、なかなか見所がありそうじゃの」


「あ、挨拶が遅れました。俺カフワっていいます。まだ魔導士になって3ヶ月くらいの初心者ですけど頑張ります」


「えっ!? カフワ君ってそんな短期間であの錬金術覚えたの?」


「カフワさんはやっぱり天才ですね」


「魔法1種類しか出来ない天才とか聞いたことないわよ」


カロの厳しいツッコミに苦笑いで返す。


 カロと他の人達の評価の差に心中複雑ではあるが、多数決で天才寄りという事にしておこうとカフワは思った。コメントに対する返しを口にはしなかったが、このマイペース思考がおそらく、ストレスをためず生きていく秘訣だとカフワは知っていた。


そんな少々の事では動じないマイペースな彼だが、それでも、現在とてつもなく気になる事が一つだけあった。


「ところでさ、さっきからこっちガン見してる爺さんは誰なの? どうみても大会参加者じゃなさそうなんだけど……」


 カフワの流した目線の先にはグレインの師匠と同じくらいの小さな老人がこちらをずっと見ている。


 その容姿は鼻の下から伸びた長く細い髭に、生き物に例えるならナマズのような離れた目に潰れた顔。そして、よくみると老人は背中に身の丈に合わない大きな剣を携えているのに気づいた。


「カフワさん知らないんですか?」


「あの方は伝説の魔剣士ヴェルス・ゼーベックよ」


カフワが気になっていた謎の存在の正体をアルーシャがあっさり教えてくれた。


「……えっ!? えぇ? ヴェルスってまだ生きてるの? 英雄ヴェルスの書いた本読んだことあるけど、100年以上前の本だったよ」


「えぇ。あのとおり凄く元気に生きてますよ。剣士としても現役ですし、歴史の教科書に度々出てくる生きた伝説の人です。確か今年で150歳だったかな?」


「英雄ヴェルス・ゼーベックはこの魔導闘技大会の初代優勝者よ。」


「その後も沢山の厄災や魔を払って大衆に道を示し、今はこの大会を運営する魔導振興協議会の名誉会長よ」


「うひー。とんでもない爺さんだな」


「確か去年、自伝本も出してたよね。確かタイトルは『英雄は孤独ではない』だったかな」


「自分のコメント全否定しちゃってるよ! 100年で何があったんだよ」


 グレインのトリビアに驚きを隠せないカフワ。そんな吃驚冷めやまぬ中、こちらを見ていたヴェルスに新たな動きがあった。


「687!……688!……689!……」


何やらヴェルスは独り呟きながら、身の丈に合わぬ剣を振り始めたのだ。


「危ないなあの爺さん。いきなり人前で剣振り回し始めたぞ」


「ああ、彼のライフワークが始まったみたいですね」


「ライフワーク?」


「長生きの秘訣は毎日の剣の素振り1000回だと聞いています」


唐突に始まった老剣士の奇行に驚きの上乗せがなされる。


「699!……ろっぴゃく……ろっぴゃ……おりょ? 800じゃったかな?」


ボキボキと骨のきしむ音を鳴らし、重そうな剣を落としてうずくまる英雄。


「!? 痛ててってぇ! ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!」


生きた伝説の明らかにここまで聞こえる独り言は周囲の困惑を呼ぶに十分であった。


「爺さん死にかかってるじゃねぇかよ!」


カフワはその威光を感じない英雄に対しジャストタイミングで鋭く突っ込む。


「……」


 的確なツッコミだと思ったが、笑いの起こらないこの空気。伝説の英雄だからこそ成せる技なのか? 


 幸い腰を痛めただけで命に関わる程でも無いようだが、他の誰も間違いを指摘しない、助けに手を差し伸べない。その奇行に誰も触れない。一体何故なのか?


 グレインの説明によって自分の知る伝説通り凄い人物なのは分かったが、イマイチ納得できないカフワであった。


この凍り付いた状況をぶった斬ってグレインの師匠シュトラウフが動く。


「ゼーベック殿。その様子見るに随分と調子が良いようですな」


(……いいのかよあれで)


「……シュトラウフか、1年ぶりかの。見ての通りまだまだ現役じゃよ」


腰を擦りながら起き上がるヴェルス。


「貴殿がご検閲とあらば若い衆も気合が入りましょう」


「この大会はこの老骨でさえ、未だ心踊る楽しみじゃて」


「特にそこの初めて見る若者が気になってのう」


「おや、ゼーベック殿も彼に何か感じますか。そういえば、どこか貴殿に似ておりますな」


「うむ。頭が悪そうな所が若い頃のワシにそっくりじゃのう」


「似てるのそこかよ!」


思わず反射的にツッコむカフワ。


 褒められているようで何か違うような、腑に落ちない評価に不条理の感が残る。


 ともかく、魔力測定による一次選考を突破したカフワ達。今までに知り合った仲間や、目標にしていた英雄に会えた事でこの旅の一つの到達点に手が届いたのだった。

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