#09 『首都行き煌魔列車』

「ところでカフワ、いつの間にそんな事出来るようになったのかしら?」


「もちろん、カロの言いつけ通り一生懸命自習した結果さ」


 カロが気持ちよく熟睡している間、カフワは錬成した石礫を目標に飛ばす攻撃手段を身につけていた。しかし、まだまだカフワの攻撃魔法は未完成。実戦で使うには多くの問題点があった。


「でもさ、ぶっちゃけこの石ツブテ投げたほうが早いし、隙が少なんだよね」


「それはカフワの魔導の練度が甘いからでしょ?」


「まぁ、そうなんだろうけど。そこを何とかならないもんかね」


「無理よ、基本が大事っていつも言ってるでしょうが」


「博識のカロ先生なら、いい案があるんじゃないと思ったんだけどなぁ」


「どうしてもって言うなら一つ欠点を補う手が無くもないけど、根本的な解決になるかどうか……」


「おぉ、教えてください師匠! 時間が無いんです!」


「……仕方ないわねぇ」


 だんだんカロの扱いに慣れてきたカフワは、魔導書に書かれていない応用法をカロに訪ね教えを請うのだった。


「まずカフワのその魔法、錬成と射出が同時に出来ないだったわよね? しかも、投げたほうが魔力消耗も少なくて威力がある気がすると」


「うん。だから錬成が終わって、飛ばして当てる利点が微妙というか」


「だったら、錬成しながら魔力ごと投げてしまうのとかどう?」


「えっ? 魔力って投げれるの?」


「物理的に投げるのは無理よ。だけど、魔法はイメージって言ったわよね」


「……つまり?」


「カフワは錬成と射出が同時というイメージが出来ないって事」


「いやいや、何言ってるのかさっぱり……」


「もう、頭悪い子か! とにかく、やってみた方が早いんじゃない?」


「ふむ……」


 カフワは同じように石礫を錬成しながら、それが形を成す前に投げてみたところ、蒼い光は一直線に進み、練習用の大木の目印に当たる直前で硬い宝石となった。そして、カロのアドバイスによる収穫はもう一つあった。木に触れる直前で錬成が完了したツブテはそこで更に加速し、威力を増して木に突き刺さった。


「出来たでしょ? 魔力を投げるイメージ。射出はイメージ出来なくとも、投げるなら体がその飛んでいく感覚を覚えているってトコね」


 今までにない破壊力で鼓弾する衝撃音と揺れる大木。その後、木の周辺に大量に落ちてくる木の葉吹雪。カフワ自身が一番驚いたに違いないが、そう差し向けたカロもまた、予想以上の結果に驚嘆した。


(……これなら通用するかも)


 これには、2人共そう感じるだけのもう一つの理由があった。


 カロは後日、この錬成した宝石を飛ばす魔法に【エーデルシュタイン】と名付け、カフワに動く標的を狙わせてみる。動かない標的ならいざ知らず、飛んでいる鳥に投げてツブテを当てるのは至難の技である。それは投擲技術に優れたカフワとて例外では無かった。


 ところがこの魔法、投擲後の錬成が完了した後に軌道修正が可能なのである。しかも慣性をうまく活用すれば、破壊力が増すオマケ付きである。仮に投げた方向の慣性を上乗せしなくとも、普通の鳥を落とすには十分な威力があった。


「よっしゃ! やった! 今晩は焼き鳥だよ」


「……いいわね。思ったより万能な攻撃手段じゃない? このまま練度を上げていけばいい線いくかもしれないわ」


「やっぱりこれ、結構強いよね。魔力投げた後で錬成するから石のサイズもソコソコ大きく出来るし」


「そうやってすぐ調子乗るんだから。さっきの魔法、当たった時砕けてたわよ」


「お腹減って集中力が落ちてきてるんだよ。明後日の魔導大会に備えてごはんいっぱい食べて栄養取らないと!」


(……明後日?)


 ふと、何かを忘れているような不安がカフワの頭をよぎる。物忘れの激しいカフワだが言い知れぬ不安と野生の勘が、頭の隅で引っかかる何かが、凄く大事な事のような気がして記憶の糸を辿る。


――辿り着いた糸の先にあの時のアルーシャの言葉が蘇る。


「参加受付が前日までだから早めに現地入りしようかと思ってね」


「……ぁぁぁぁぁあああああああ!!」


「急にどうしたのよカフワ。びっくりするでしょうが」


「やばいよカロ! 大会の受付が明日までだった!」


「どこで聞いた情報か知らないけど、それが本当なら諦めて来年に備えたら?」


「えぇー!? その為に毎日修行したのに」


「残念ね……昔の私なら転送魔法で送ってあげれたのだけど。首都まで歩きだと急いでも丸一日以上かかるわよ。下手すると観戦もままならないわね」


「うひー。もうダメだぁ」


「ともかく近くの街へ行ってみたら? この世界でもレアだろうけど、転送魔法の使い手とか高速移動手段があるかもしれないし」


 そんな訳でカフワは激しく焦りながら、最近着てなかった黒いローブを身に纏いブレメンの街へと急いだ――




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 ブレメンの商店街で、都合よくその辺に居るはずのない転送魔法使いを探し、キョロキョロとそれらしい人が居ないか確認しながら、駆け足で通り抜けるカフワ。そもそも仮にそうだったとしても見た目でそうだと分かる筈もなく、ただ時間だけが過ぎ去ってゆく。


 この街でも魔導士そのものは別に珍しくも無いが、光沢有る生地で全身黒づくめの彼は非常に目立っていた。すでに日が暮れかかっており、無情にもフードで隠れたうつ向き気味の顔を夕日が照らす。


 そして、疲れ果てて立ち止まった時、とある男に発見され激しく上下する肩を叩かれた。


「やっぱりカフワさんだ! 僕、覚えてますか? グレインです」


 身軽そうな細身で長身のその男はライトアーマーに赤いマントを羽織った火を操る魔導士グレインだった。彼とはミンスターの街で別れて以来だが、その特徴的な格好にカフワは一目で思い出した。


「はぁはぁ。グレイン! はぁ、久しっ……ぶり!」


「そんなに急いで誰かに追われてるんですか? なんか息もあがってるみたいだし」


「ふぅ、はぁっ。……ちょっと急いで行きたい場所があってさ」


「実は僕も、ちょっと急ぎ気味なんです。首都行きの列車に乗るんですが、次が最終便なので」


「そうなんだ。……って首都行き? それっていつ頃、首都に着くの?」


「えーと、途中何回か他の駅に止まるのと、魔力補充の為に停車するかもしれませんが、遅くとも明日の朝には着きますよ」


「……助かったぁ」


「なんだぁ。目的地同じだったんですね。折角だから一緒に行きますか」


「ありがとう、俺この辺の地理よく分かってなくて。助かるよ」


――そうしてグレインと一緒に向かった【煌魔鉄道】の駅であったが、ここで大きな問題にぶち当たる。


「首都バンブルグ行きですね。お一人様5500リューズになります」


「……」


 駅の搭乗チケット売りのお姉さんの一言が、一度は安堵したカフワを新たな窮地へと叩き落とす。


(しまったぁ。お金が全然足りない!最近ずっと自給自足でお金稼いでなかったからなぁ)


 チケット売り場のカウンターで硬直するカフワを見て、グレインの鋭い質問が貧乏魔導士の胸に刺さる。


「……もしかしてカフワさん、お金無いんですか?」


 ご名答! まさにその通りである。ここは恥も外聞もかなぐり捨ててグレインにお金を借りるか? すぐに返すあても無いのに、そんなお願い聞いてもらえるだろうか。そもそも2人分予算が彼にあるのかも分からない。いや、体裁や相手の経済状況なんて気にしている場面じゃない。ここはダメ元で聞いてみるしか……


 そんな葛藤で揺れるカフワの心中を察するがの如く、先にグレインが口を開きカフワに提案する。


「水臭いなぁ。列車お金くらい、いくらでも僕が貸しますよ」


「まさかのお金持ちかっ!?」


 天佑!いや人佑とでもいうのだろうか。またもや窮地をギリギリでかわすカフワ。


「いいの? いつ返せるかわからないケド」


「いいですよ。命の恩人から利子とか取りませんから」


まったく信心深い方では無いカフワだが、神様は地上に居たんだと、この時悟った。


「ありがとう。グレイン」


 かくして無事、首都行きのの煌魔列車に乗り込むことが出来、憧れの英雄への歩は進められた。カロがいつの間にか爆睡している事も気にならないほど焦りに焦ったこの日、魔導士探しの旅は急遽方向転換し、新しい土地への列車旅行となった。


 隣の席に座るこの細身の男が、今後ライバルとして立ちふさがる事も知らないままに。

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