#08 『憧れはそよ風の先に』

 カフワ達の現在の狩場はブレメンの市街地から少し離れた場所に位置する川であった。ひとまず、水源と食料があれば生きていけるという彼。カフワは職業魔導士にもかかわらず、近代稀に見る野生児へと進化していた。


「てやぁっ! ……しゃ! 川魚ゲットォ!」


 本日の狩猟メニューはというと、錬成した石槍で魚取りに勤しんでいた。


「あんたのその、何でも捕まえて食べちゃう生命力だけは大したもんだわ」


「おや、カロに褒められるなんて珍しい事もあるもんだね。今日は嵐かな」


「むしろ呆れてるんでしょうが」


「お気に入りだった魔導士のローブも最近着てないし、髪も伸びっぱなしだし、客観的に見たらただの野蛮そうな狩人よ」


「だって、あれ着て川入ったら濡れるし、汚れるじゃん。あのローブ、なかなか乾かないんだよ」


「ま、鉱石の錬成は段々早くなってきてるから、この狩りも無駄じゃないのが救いね」


「今日のご飯がコレにかかってるしね。自然と集中できるんだ」


「それじゃ、今日もいつもの錬金硬度コントロールの特訓よ」


 カフワはいつも釣った魚を焼いて食べるのだが、その過程もすべて修行の一環なのである。どういう事なのかというと――


「はい、じゃおさらいね、まず鉄鉱石を錬成する」


「うん。……できた」


「次にもっと硬度の高い鉱石を錬成して。出来る限り硬いやつね」


「……どうかな」


「これは! 水晶なら上出来ね。欲を言えば、最高クラス硬度のサファイヤかルビーあたりが目標だけど。」


 カフワが何をしているのかというと、いわゆる火打石を錬成しているのである。現代ではあまり使われなくなった発火方法だが、火打石の仕組みはこうだった。


「そして、硬度5の鉄鉱石に硬度7の水晶を叩きつける」


「でやぁ!」


「もっと強く叩く!」


「ぬあぁー!」


「もっと! 鉄をえぐるように!」


「カロのバカーー!!」


 その時、掛け声と共に叩きつけた石から瞬間激しい火花が飛び散る。火打石の仕組みとして鉄をソレよりも硬い物で勢いよく削ると、削り取れた破片が摩擦熱により発火する。コレを利用して予め用意しておいた着火用の干し草を燃やして、火種を確保するのである。


「……最後の掛け声はえらく力入ってたわねぇ」


「ふー疲れるんだよなぁコレ。マッチあるのに使っちゃダメなの?」


「それじゃ修行にならないし、魔導と腕力どっちも鍛錬できて一石二鳥でしょうが」


「お腹すいたから魚焼いて食べるだけなのに、一苦労だよ」


「もう、文句ばっかり。立派な英雄は黙って鍛錬するものよ」


「それじゃ、私眠くなってきたから、しばらく自習!」


「えっ。今日はいつもより修行軽めだね……って寝るのはやっ!」


(……他人の魔力だけで生きられるなんて、気楽なもんだなぁ)


 と、こんな感じでカロの指導により、生活の中に魔導の基礎鍛錬を取り入れ、カフワは地道な努力を続けて、自覚は無きにしろ、少しずつだが確実に進歩しているのであった。


「……こんな修行でほんとに強くなれんのかなぁ」


 そんな、そよ風の気持ち良い昼下がり焼魚を貪り、10万年前の石器時代に遡った生活をするカフワの頭上に黒い影が落ちる。


「あら、君はあの時の……確か、カフワ君」


どこかで聞き覚えがある声が、意外な場所から聞こえてくる。影に気づき見上げると、そこには逆光で目がしみるが、見覚えのある白いローブに身を包んだ女性が宙に浮いていた。


「あ、あなたは!」


 いつぞやの露天商をやっていた時に出会った、風の魔導士アルーシャの姿がそこにあった。彼女はその長い髪をかき分けながら、ゆっくりと微風に乗って目の前に降りてくる。


「やっぱりカフワ君だ。今日は、お店はやってないのね」


「はい。実は俺も、魔導大会に出るために毎日ここらで修行してるんです」


「アルーシャさんこそ、こんな山奥で何を?」


「うちは、その魔導大会の会場に向かってる途中なのよ。大会の開催日がちょうど来週の7日後で、参加受付が前日までだから早めに現地入りしようかと思ってね」


「えぇ!? 開催日ってそんなもうすぐなの?」


 毎日が今日がいつなのかも気にかけない自由な原人生活であった為、スケジュール管理やクエスト制限時間無しのフリーダムなカフワには驚愕の情報だった。


「あら、知らずに修行してたの? カフワ君って結構マイペースなのね」


「それじゃ、基礎ばっかりじゃなくて、実戦的な修行しなきゃ!」


「でも、基礎は大事よ。去年はうち基礎能力が低くて、予選で負けたようなものだし」


「うーん。それでも、攻撃的な魔法何も出来ないんじゃ……そうだ! アルーシャさんもしもよかったら、俺に攻撃魔法教えてよ!」


「攻撃魔法? うーん、でもカフワ君はうちと属性とか、魔導特性とか違うだろうしうちが教えても参考になるかなぁ」


「何でもいいんだ。アドバイスと言うかキッカケになるような方法あれば」


「うーん、そんな事言われてもなぁ。……じゃあ、カフワ君って今どんな魔法ができるの?」


「今出来ることっていうと……」


 カフワは両手を出してそれぞれ、さっき種火を作るために出した鉱石2種類を錬成した。


「わー、錬金術! 凄いじゃない!」


綺麗な水晶を見て目を輝かせるアルーシャ。


「そうかなぁ。逆にこれしか能が無いんだよね。なんか戦うのに向いてないというか……」


「その錬金した鉱石をコントロールは出来ないの?」


「コントロール? 形なら変えられるよ、ほら」


 冬の地面に薄く張った氷が割れるような音を立てながら水晶は棒状に変化してゆく。


「すごい、すごい! それだけ器用なら、他の魔法もたぶんすぐ覚えられるよ」


「ほんとに!?」




――それから、臨時の家庭教師アルーシャに魔法を教わるカフワ。



「そうそう、もう一回。錬成した鉱石に魔力で別の命令を念じるのよ」


「こうかな?」


すると、カフワの手のひらに錬成した石ころがブルブルと震え独りでに転がる。


「動いた!」


「やったわね! あとはこの調子で慣れていけば、鉱石をコントロール出来るようになるわ」


「うん。ちょっとコツを掴んだ気がする」


 ――その後もひたすら錬成した石に魔力を集め、物質コントロールの修行をした結果。カフワの作り出す魔法は新たな段階へとレベルアップしていた。手の平に作り出された鉱石はその錬成が終わって少しタイムラグがあるものの、目標に向かって鉱石を飛ばすまで至っていた。


「すごいわカフワ君。狙いも正確だし、これなら攻撃手段として威力も十分よ!」


「うーん。……でもなんか錬成と飛ばすのを同時に出来なんだよね」


「何言ってるのよ、私なんて風をコントロール出来るまでに丸一年かかったんだから。カフワ君の魔導の才能はずば抜けてるわよ」


「そうかなぁ。そもそも、ずっと基礎トレーニングしかしてないからなぁ」


「たぶん、その基礎を教えてくれた師匠もすごく教え方が上手いのね。他の要素が完璧だから鉱石のコントロールは別物としてしっかり練習できて安定してる」


「他が完璧ってどういう事?」


「同じ魔法でもそれ自体の練度によって、その効果に相当な差があるの。うちも風を起こすのは割りと気軽に出来るんだけど、空を飛ぶのは結構な集中力がいるわ。」


「……ふむふむ」


「風を発生させる魔力と、それをコントロールする魔力どっちが弱くでも上手くいかないわ。カフワ君は発生の部分が安定してて、それにかかる負担が少ない。それは凄いことよ」


「なんか良くわからないけど、この調子でやればもっと何か出来そうな気がする」


「うんうん。もしかしたらうち、未来の強敵を増やしちゃったのかもね」


「いやいや、アルーシャさんの力にはまだまだ遠く及ばないよ」


「アルーシャでいいわ、年もそんなに変わらないみたいだしね。……おっと、もうこんな時間か。それじゃうち、先に首都へ行ってるわ。また、会場で会いましょう」


「今日はありがとう。アルーシャさ、アルーシャ」


「それじゃね、カフワ君」


臨時の家庭教師はそよ風と共に、カフワの目標たる方角へ飛び立っていった。



 そんなやり取りがあり、カフワは『風の魔導士アルーシャ』との再会により、7日後に行われるという『魔導大会』開催情報と、新たな武器、鉱石を飛ばすという『攻撃魔法』を手に入れた。開催日に向け、目標の定まったカフワにやる気を注ぐ形となったアルーシャの存在。カロに叱咤され続けたカフワには、今回アルーシャに褒められ才能を評価された事がなにより自信になった。


(……きっといつか、この魔導で英雄になってやる)


 いつかしか折れた剣は、悔しさの感情が糧となり、英雄を目指す情熱は新たな武器を作り出した。それは、もはや何度折れても蘇る心。人を一事に熱中させる、人の欲をコントロールし、正しい場所へ導くという魔導の本質そのものだった。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



――数時間後


「ふぁー。今日はよく寝たわね。風が気持ちよかったからかしら」


「……おはようカロ」


「修行、さぼってないでしょうね? あんた、目を離すとすぐ『俺はマイペース主義』とか言って自分の好きなこと始めるんだから」


「大丈夫だよ。俺のマイペースはブレない心の現れなんだから」


「……カフワ、なんか良いことあった?」


「さぁ? いつも通りマイペースだよ」

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