#07 『黒い石版とルーン魔法』
新しい街で装備(魔導士のローブのみ)を手に入れたカフワだったが、そのおかげで手元には宿に泊まるお金も無く、元の貧乏生活に戻ることを余儀なくされた。毎日特訓はしているものの、まだ魔法でお金を稼ぐというほどの能力もなく、山菜納品クエストを受注するため、再び街から一番近い山を目指した。
「まったく。いきなり買い物に予算のほとんどを使うなんて、計画性が無さすぎでしょうが」
「まぁ、私は食事も寝床もいらないから、正直どうでもいいんだけど」
「だったらなんで、そんな怒り気味なんだよー」
「でも、夜露で濡れても嫌だし、雨風凌げる仮宿は探さなくちゃね」
そんな理由で、山林の獣道をかき分け、カフワは【自然対話能力】を駆使してまた、秘境で食べ物を探すサバイバル生活が始まったのだった。
山を登っていくと、道らしい道も無くなってきた所でカフワが何かに気づく。
「カロ見てよ、あの黒い石が沢山積まれてる所、洞窟じゃない?」
「ほんとだわ、よく見つけたわね。」
「入り口周りを見る感じ人は使ってなさそうだし、古そうな洞窟ね」
「もう誰も使ってないなら、寝床にいいんじゃないかな」
そういって、のしのしと洞窟の穴に入っていく。
「あ、カフワ気をつけてよ。ただでさえ、注意力低いんだから」
「……中は思ったより暗いなぁ。全然見えないよ」
「いや、魔導士なんだから、光くらい自分で出せば良いでしょうが」
「あ、そうだった。そんな事できたっけ」
「基本よ基本。最初にやったやつ!思い出して!」
洞窟以上に蜘蛛の巣張りまくってる頭を回転させ、なんとか両手の上に光を灯す。
「……奥はすぐ行き止まりみたいだし、特になにもないねぇ」
「一体何を期待してたのよ……」
「おっ、投げやすそうな石発見!拾っとこう」
カフワは右の利き手に収まりの良い小さすぎず、大きすぎない黒い石を懐に入れた。
「ちょっと! カフワここ見て!」
「何これ? 壁の石になんか書いてある。石版?」
「これはルーン文字ね。」
「ルーン文字か、なんかの本で見たことある」
「これは、魔力を帯びた文字を、同じく魔力を蓄積できる石に刻むことで魔法を発動する古代の技術よ」
「さすがカロは博識だねぇ。それで、なんて書いてあるの?」
「……それは……あれよ! カフワに教えても理解できないでしょうが!」
「……そういうもんなの?」
(あの動揺ぶり、たぶん読めないんだろうなぁ)
壁の黒い石版に興味を持ったカフワは、手元の光を照らし、食い入るようにルーン文字をじっと見つめる。
「下手に触らないほうがいいわよ。今は何の魔力も感じないけど、何か罠があるかもしれないし、よく見たらこの辺一帯が、石版と同じ魔力を蓄積できる【黒狼石】(こくろうせき)で出来ているわ」
「大丈夫だよ。たぶんこれ、ここの洞窟を守る『おまじない』的なのが書いてあるんじゃないかなぁ」
「カフワ、これ読めるの?」
「なんとなくこの洞窟自体が、そう言っているような気がするんだ」
「!? 自然対話能力!」
「他の自然の声もぼんやりなんだけど、知りたい事を教えてくれるよ」
そして、他の場所も調べようと見回した時、カロが焦った声でささやく。
「ちょっと待ってカフワ! 奥に何か居るわ!」
「!?」
「あそこ! 一番奥の隅!」
カロは小声で喋っているつもりだろうが、思いっきりメゾソプラノボイスが洞窟に響き渡っている。
カフワは臆する事もなく、手を掲げ奥の方照らす
「子犬?」
「……狼よ! 狼の子供が居るわ。5匹も」
「可愛いなぁー」
「何言ってるのカフワ! 早くここから出るわよ!」
「狼は集団で行動するの。もし、今戻ってきたら大変な事になるわ。下手したらあの子狼の餌になるわよ」
「!? それは困る! 逃げよう!」
急いで出口で向かうカフワだった。が、何か様子がおかしい。
「揺れてる?」
「カフワ走って!洞窟の天井が崩れてきてる!」
パラパラと降ってくる小石と奥から聞こえてくる子狼の小さな鳴き声。
「これは……やばい!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――その後
「……それほど深い洞窟じゃなくて助かったわね」
「完全には崩れてないみたいだけど、危なかった」
「こういう危機こそ、大自然に教えて貰いなさいよ!」
「ホントに。痒いところに手が届かない力だね」
「寝床は探し直しね」
「狼が居なくても、あそこで寝る気にはなれないなぁ」
「でもルーン文字は面白そうだし、もう少し調べたかったなぁ」
「……お喋りは後よカフワ。あんた、どうやら運のパラメータは最低のようね」
そこは何とか人も通れる獣道だったが、よくよく考えたら獣道という事は何かが通った跡。何が通ったかというとカフワ達の察しのとおりだった――
「親狼だ!帰ってきちゃったよ」
「完全に見つかってるわね。狼の嗅覚は人の100万倍って言うわ。今から走ってもまず、逃げられないわよ」
「そんなぁ」
全部で何匹いるのかわからないが、道に見えているだけで2匹、草むらの影にもこちらを向いた光る目が見える。
「……やるしか無いわね。修行の成果、ここで発揮できなければ獣の餌よ」
「ここは、話し合いで解決とかどうよ?」
「やってみればいいでしょうが。出来ることは全部試さないと後悔するわよ」
「そうだよね。オオカミさーん! 聞いてくれー!」
狼の向かって叫ぶカフワ。それに呼応するように吠える狼たち、一斉に一定の規律を保って吠える狼の鳴き声と、その後の威嚇の唸り声はどうみても和平交渉決裂の兆しであった。
「よし! ダメだこの作戦」
「あたりまえでしょうが!」
「こうなったら……先手必勝!」
カフワの右手に集められた魔力は光となって青い石礫を錬成する。
「どりゃ!」
カフワの放つ【ロックブラスト】(未完成)は投擲という原始的な攻撃手段であったが、獣道に見えていた狼の一匹に命中し怯ませ、まがりなりにも効果があった。
「油断しないで!もう一匹が来るわ!」
「うわぁっ!」
予想以上に動きの早い牙を向いた狼の突進。しかし、投擲のあと直ぐに鉱石で棒状の武器を錬成し迫りくる脅威と対峙した。突進してきた狼を思い切り払い飛ばし、別の岩に叩きつける。
「ふうぅー全部物理攻撃!」
「この際なんでも良いわよ! この場を切り抜けることが先決でしょうが!」
「カフワ! 後ろ!」
自分の見えない位置から迫る敵に対し、カフワは咄嗟に本能的に身構えた。
「いいわ!背後に大盾を錬成したのね」
噛み付こうとしたが、大きな石の板に阻まれ弾かれる背後の狼。だが、この時点でカフワの錬金術だけで勝利は無きに等しかった。
「……マズイわね囲まれてるわ、しかも大量に」
「まだ諦めないよ、まだ……試してないことがある」
四方から同時に迫る牙獣に対し、為す術はないかと思われたその時。先程錬成した盾が今までにない強い光を放ち出す。
「!? なにそれ? その盾に刻まれた文字は……」
「これは盾じゃないよ。さっき見た石版と同じ物を大きく作ってみたんだ」
「これは、ルーン魔法!……まさか!」
四方から突っ込んできた狼達は、すべてその光の前で激しく弾き飛ばされ、戦意を失って逃げていった。
「良かった。上手くいったみたいだね」
「どういう事?」
「あれが守るおまじないなら、もしかして自分も守れるんじゃないかって思って」
「いやいや、そうじゃなくて。ソレも驚いたけど。どうやってルーン文字を……」
「自然と対話したことは、頭じゃなくて別の感覚で覚てるんだ。だから丸々コピーしただけだよ。あの文字は読めないし」
「とんでもない応用方法があったものね。古代魔法を丸々複製だなんて……」
「自分でも、上手くいくかは博打だったけどね」
「自然対話能力といい、基本をすっとばし過ぎでしょうが。理論もメチャクチャよ」
「まぁ、いいじゃん。何とかなったし」
「……いいけど、こんな所早く移動しましょ」
「あ、まって。ちょっと、もう一つやること思いついたんだ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――それから
「……って、何で洞窟に戻ってくるのよ!意味わかんないでしょうが!」
「ちょっと待って。すぐ終わるから」
「早くしないと、また狼に襲われるわよ」
「この黒い石ならいけるかな」
そう言うとカフワは、洞窟の石に手をかざして、魔法で先ほどと同じルーン文字をあちこちに刻んだ。
「これでよし!っと」
「これになんの意味があるの?」
「この洞窟、あの狼親子の家なんだよ。これ以上崩れたら困るじゃん」
「こうしておけば、安心して住めるでしょ?」
「カフワ……」
「じゃ、いこっか」
こうして、カフワの運が良いのか悪いのか、カロにもよく分からなくなった所で一連の決着はついた。カロ自身でさえ、知らなかった魔導の可能性を目の当りにして、基本もまるで出来ないカフワに、何かの才能を感じずにはいられない出来事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます