#06 『開かないページ』

 山賊団【ラーベ】とのトラブルがあった街【ミンスター】のこれ以上の滞在は危険と考えたカフワは喋る魔導書カロと共に別の街を目指した。【ミンスター】には近くに綺麗な川や豊富に果物の育つ山もあり、生活には便利だったが、命の危険と天秤には変えられるはずもなく――


「あー疲れた。結構歩いたなぁ」


「だらしないわねカフワ。元剣士なら普通、体力はあるほうでしょうが」


「ぶっちゃけ、トレーニングしてたの最初だけだし、なまってるよネー」


「じゃ、今からでも筋トレしましょ。ハイ! スクワット&腕立て100回!」


「えー。それ、もう魔導の修行ですらないよぉ」


「文句言わない! 強い英雄になりたいんでしょうが」


「カロの鬼! 悪魔! 悪霊!」


「うるさい!バカ!」


「!? ぐふっ!」


 いきなりの顎下から攻撃に脳が揺れる。開いた魔導書から、まさかの物理。


(気のせいか今、本から腕が見えたぞ!? しかもムキムキの)


「腕立て……やるの? それとも、もっと打たれ強さの特訓する?」


「はい。すいません。腕立て、やります……」


 そんなハートフルで心温まる修行をしながら、半日ほどで隣街までたどり着いた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「なんとか日のある内に着いてよかったねー」


「ここが、ブレメンの街ね」


「結構活気のある街だねー大きな建物もいっぱいあるよ」


「それじゃ、念願の魔導士装備。買いに行きましょうか。特別に装備品コンシェルジュのカロちゃんが目利きをしてあげるわ」


「やったー」


「ところで予算はいくらあるの?」


「えっと、頑張って木の実売ったお金が8万リューズくらいかな」


「まぁ、その額あれば、魔導士の初期装備なら十分揃うわね」


 ブレメンはここアラビカ王国に全土に張り巡らされる交通機関、【煌魔鉄道】の乗換地点であり、国内でも随一の錬金技術や、情報発信の鍵を握る思念通信用魔道具【念架魔具】(ねんかまぐ)の発祥地であり、カフワの出身地とは違い、いわゆる都会であった。


「まず、魔導士に向いた武器防具を探しましょ」


「ここの店、武器とか売ってるんじゃない?どれ」


 看板に剣の紋章が掲げてある店のドアを開き、中を見回すカフワ。


「いらっしゃい。何かお探しですか?」


「えっと。魔導士向きの武器を探しているんですが……」


「うーん、うちは基本、剣や槍ばかり扱ってるからねぇ。まぁ最近の魔導士は剣も扱える人も多いから……コレなんかどうかな?」


「剣かーいかにも『魔導士』って感じの杖なんてないの?」


「うーん。杖はあるには有るんですがー」


「あ、あるじゃん。カッコイイのが」


 店の一番奥の壁に大事そうに掛けられた白く、長い杖があった。先端にはいかにも魔法が出せそうな神秘的に光を散らす赤い玉が埋め込まれている。


「申し訳ないんですが、それは売り物じゃないんです。魔除けというか……」


 それは、どこかで聞いたようなフレーズで、訳ありなのが容易に汲み取れる物言いだった。


「実はその杖、年代物の高等魔道具なんです。使えば『あらゆる魔法や呪いを打ち消す』と言われているんですが、使えるのは一度きりの消耗品なんですよ。確かお爺さんが【白夜の御杖】(びゃくやのみつえ) とか言っていましたね」


「もしも、売るにしても300万リューズくらいはする代物です」


「はえー。魔道具ってそんな高いんだねーしかも、使い捨てなのに」


「どうやら、ここにはカフワに合う武器は無いようね、それにカフワって、まがりなりにも鉱石で武器を錬金できるんだから、後回しでもいいんじゃない?」


「それもそうだね、……ごめんなさい。それじゃまた」


「ほい、たまに杖も仕入れるから、また寄ってください」


 店を出たカフワは、ふと気になった事を口にする。


「もしかしてさ、カロって売ったら凄く高く売れるんじゃ……」


「!? カフワあんた、また殴られたいようね」


「ジョーダン。ジョーダンだよ! それに呪いで離れられないんでしょ?」


「そうよ。だいたい命の恩人を金で売り飛ばすとか、あり得ないでしょうが!」


「怒んないでよ。いくらになるか気になっただけだよ」


「そんな事よりカロ、見てみて、本屋あるよ! 本屋。入ってみよう」


「そんなの、後回していいでしょうが、あ、ちょっと! もう!」


 本屋らしい建物へ入ると、まず目に入ったのが中央正面のショーケースに内に飾られた魔導書だった。


「赤い魔導書だ。これも凄い高そう」


「武器としての魔導書っていうのは、魔力を帯びた文字の力を借りて術者の力を高める目的の場合が多いわね。たぶんコレもその類でしょ」


「高等な魔導書や古代魔書には、さらに付加価値として様々な特殊な力があるわ」


「カロは逆に俺の魔力吸うんでしょ? 付加価値が残念すぎない?」


「しょうがないでしょうが! 自力で魔力生成できないんだから!」


 そんな、いつも通りのやりとりをしながら、新しくたどり着いた街で買い物をし、田舎で育ったカフワにとって、新しい物を発見する。そんな驚きと新鮮な感覚を純粋に楽しんだ一日となった。


「結局、魔導士のローブしか買えなかったねー」


「あんたが、カッコ良さ重視しすぎて高いの買ったからでしょうが」


「いやいや、カッコ良さは譲れないでしょー。カッコイイ装備があれば、やる気も出るってもんだよ」


「カフワがそれで満足なら、まぁいいんだけど」


 悩んだ末、買った魔導士のローブは黒を基調にした腕周りやデザインの所々に白のアクセントがあるオーソドックスなローブだった。


 そのローブには結構良い生地を使っているらしく、予算の殆どを使ってしまったが、鏡で見た格好が、カフワの言うそれっぽい魔導士の見た目になったことで、かなりテンションが上っていた。


「武器ポジションはカロは居るし、とりあえず、このままでも良いかな」


「そもそも、魔導士の武器は魔法でしょうが。明日からまたビシビシしごくわよ」


「うひー。ところでカロってさ、どこかの凄い魔導士が作った魔導書なの?」


「……どうして?」


「いや、いろんな能力のある魔道具ってのを見たからさ、カロもどこかで誰かが作ったのかなって。みんなのリアクション見た感じ、カロ、かなり珍しいみたいだし」


「んー。……それは話すと長くなるし、ややこしいから内緒かな。別に私のルーツ聞いても全然面白くないわよ」


「えー。ケチだなぁ。」


「それじゃさ、カロ、どうして開かないページがあるの?」


「! どうしてそれを!」


 意外にも動揺してオーラを強めるカロ。


「い、いや、カロって精霊のくせに、夜寝てるじゃん。その間読んでたら、どうしてもくっついて開かないページがあるから……」


「……知ってたのね。……それも……秘密よ」


「カロは自分の事は全然教えてくれないんだね。俺、そんなに信用ないかな」


「……そうじゃないわ。魔導に入門したばかりのあなたが『まだ知るべきではない』って所ね」


「ここ、ちょっとめくれてるから、昨日開けようと思ったんだけど、無理して破れたら怒られるかと思って」


「なんですって!? ……本当だわ。信じられない」


「……わかったわ。普通開かないはずだけど、無理やり開けられても困るし、教えてあげる」


 カロは今まで頑なに秘密にしていた事を説明する為、気が進まなそうではあったが、その重い口を開いた。


「そこには、異界の悪魔が封印されているのよ。だから、絶対開いちゃダメ!」


「えぇ!? 何それ、どういう事?」


「この魔導書は別の世界で暴れいた悪魔【ニーズヘッグ】を封じた封印書なのよ」


「……すると、カロも悪魔なの?」


「違うわ、私は昔、その悪魔を封印した魔導士の一人だった。」


「私は、仲間の魔導士と協力して、悪魔と戦ったのだけれど、ニーズヘッグは予想より遥かに強かった」


「倒し切るのは無理と判断した私たちは、ある一冊の魔導書に悪魔を封印したの」


「悪魔の復活を恐れた私たちは、念のために時空の間にその魔導書を送り込んだわ」


「……でも……完全に油断してたわ。その時、悪魔は最後の足掻きで私も魔導書の中に引きずり込まれたの」


「後から引き込まれたおかげで、私は完全には魔導書に封印されなかったのだけれど――」


「肉体を失い、精霊体となって本と同化したの」







「……それが、この魔導入門書……ずっと昔の話よ」


 カロはそこまでを話すと、天を仰ぎ、鼻水を啜るカフワの声にならない咽びに気づいた。


「カロ……君が、君が……そんな凄まじい苦労をしていただなんて。」


「大変だったろうね……そんなことも知らず、俺は、意地悪な質問ばかりして……」


「……」


 両手に持った黒い本に、カフワの大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちる。


「もう……終わったことよ。だからとにかく、そのページは開こうとしないで……」


 その日はずっと、カロの過去の話を、ただ頷いて聞いていた。


 カロの苦しんだであろう悠久の時の事を思うと、胸が苦しくて押しつぶされそうになる。自分だったらきっと、孤独と不安に耐えられなくて精神がどうにかなってしまいそうだ。


 悪魔が封印されているという恐ろしさもあったが、カロが元々人間であったことの驚きと、時空を超え、この世界に来たその後の成り行きを聞いて、大変だと思っていた自分の今までの人生が、いかに希薄で、大した事はないと思い知るカフワであった。

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