#05 『風の魔導と火の魔導』
「ペルズィの実3個ですね。600リューズになります。はい! 毎度ありがとうございます! 山葡萄も仕入れましたので良かったら。はい! またお願いします!」
「カフワってさー、実は商売人の方が向いてるんじゃないの?」
あれから、山の麓の街【ミンスター】に降りたカフワは、露店で商売をし、繁盛していた。
「いやいや、ちゃんと毎日魔導も頑張ってるじゃん。おかげで山の木の実も果物も沢山収穫できるようになったし、修行成果の副産物ってやつだよ」
カフワは早朝に山へと登り、持てる限界までの山の幸を収穫しては日中、街の大通りで商売をするという露店業を営んでいた。不思議なことに、山で草木の声みたいなものを感じ取れるようになり、果物収穫が捗るようになったのだ。
「自然と対話できるなんて、もう魔導の初歩じゃないし特殊魔導技能の域だけどね。レアスキルよレア」
「なんか俺、目指してる方向と違うスキルばっかり付いちゃうんだよね。未だに攻撃魔法の一つも出来ないし」
カロとそんな会話をしている中、一人の女性がゆっくりと風に乗って目の前に降りてきた。年頃はカフワより少し上だろうか、背丈はさほど自分と変わらないが、少女というよりは少し知性と貫禄を併せ持った大人の女性といった感じだった。白い魔導服のはためきがおさまると彼女が口を開く。
「おいしそうね。ソレ。一つ貰おうかしら」
「あ……はい!まいどあり!200リューズになります」
彼女は商品を受け取ると、何かに気づいたようにしゃがみ込んで『あるモノ』を指差した。
「あと気になったんだけど、その本。珍しい魔導書ね」
「あ、ごめんなさい。これは売り物じゃあないんです。お守りというか、魔除けというか」
「そう。古代魔書とも違う何か外道の力を感じるわ。さわってもいいかしら?」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。ずっと商品の隅に置いていたけど、今まで誰も気にとめなかった魔導書にこんなに興味を持つ人間が現れるとは。
「あ、ちょ、ちょっとそれはー。説明しづらいんだけど、このお守り怒りっぽいのでやめたほうが……」
「外道とは失礼な物言いでしょうが。でも、この世界の魔導士にもそれなりの実力者がいるみたいね。気配は消していたのだけれど」
その時、カロは初めて客に向かって口を聞いた。カロの言うとおり商売の時は全くオーラも纏わず気配を消して、見かけ上、ただの本そのものだったが、てっきり商売の邪魔にならないように気を使ってただけくらいに思っていたし、その意図までは気にかけていなかった。
「あら、意思を持って喋れる魔導書だなんて素敵。始めて見たわ」
驚きはするが、白い魔導着の女性は山賊の時と違って落ち着いていた。
「ああ、やっぱりそうだよね。普通、喋らないよね。……おっと、明日の支度もあるし、そろそろ店終いにするよ」
カフワは当たり前のことを再確認した。もしかしたら、魔導士の世界では良くあることなのかと思ったりもしたが、今までそんな話聞いたこともなかった。そして、嫌な予感がしたので、何かやっかいな事にならないように、そそくさと魔導書を拾い上げ引き上げようとした。
「もしかして、君も魔導士なの?」
魔導着の女性はさらに興味ありげに聞いてくる。
「はい。まだまだ、勉強中の初心者なんですけど……」
「そっか、うちはアルーシャ。うちも次の魔導大会に向けて修行して回ってるの。同業者ならまたどこかで会えるかもね。君の名前は?」
「カフワ。カフワ・バジオラです」
「カフワか、素敵な名前ね。じゃ、もう行くわ。怒りっぽい魔導書さんにもよろしく」
そう言って、白い魔導着の彼女は、来た時と同じく流れるようにゆっくりと建物の向こうへと風を纏って飛んでいった。
「……すごい、空とか自分も飛びたいなぁ」
「たぶん、無理でしょうね。属性的に苦手分野だし、石を飛ばす事すら出来ないのに、自分が飛ぶなんて夢のまた夢ね」
「相変わらず、つれない意見だなぁ。」
こうして、風使いと思われる魔導士アルーシャとの出会いがあった。彼女とのやり取りでカロの存在に関する謎が深まったが、カフワは彼女の話の中の別のことに興味がいってしまっていた。
「そういえば、カロ。あの人、魔導大会とかなんとか言ってたけど何それ?」
「うーん。私も直接行ったわけじゃないから、あまり詳しくないのだけれど、毎年首都で行われている魔導士が実力を競うおまつりごとみたい。勝ったら賞金と英雄の称号、負けても上位入賞者には通り名がもらえて、国政の偉い人の目に止まれば仕事を斡旋してもらえるわね」
「英雄! なにそれ楽しそう。自分も参加できるかな」
「何言ってるの。今の実力じゃ100%予選で落ちるでしょうが!」
「いや、勝てるとか全然思ってないけど、ゆくゆくの目標というか……そういうのあると良いと思わない?」
「まぁ、本気でそこ目指して修行するって言うなら、カフワの今後の努力次第かなぁ」
「英雄の称号か……いいなぁ。ロマンが溢れてるよ」
「ああ、賞金じゃなくて、欲しいのはそっちなのね……」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――それから、店じまいをして最近、ねぐらにしている街外れの廃屋へ帰ろうとした頃。
「役人呼んだほうがいいんじゃねぇのかあれ」
「誰か止めろよ。このままじゃ、あの若造死んじまうぞ」
なにやら、この通りの向こうで騒ぎがあったようだ。
「なんだろうね? 行ってみようか、カロ」
「やめときなよ。どうせ、いつものゴロツキどもの喧嘩でしょうが」
野次馬根性全開で集まっている人だかりの間から様子を見る。その光景が目に入った瞬間、背中に冷たい感覚と身震いが襲う。
(あいつだ。あの時の、山賊3人組に誰か知らない一人の青年が囲まれてる)
「あーあの時のゴロツキ。あいつらまだこの辺でうろうろしてたのね」
また、あの時の死の恐怖が自己嫌悪と一緒に蘇る。
「シュピッツフェルド!」
青年が何か叫んだと思った瞬間、盗賊の脇をすり抜けて、こちらに向かって火の矢が飛んできた。
「おいおい、あぶねぇな。早く捕まえろ」
「ムンド! ノーボ! サイドから回り込め」
「まったく、今更盗賊を抜けたいとか、糞ガキが……」
なにやら、山賊と青年は顔見知りで、揉めているようだった。
「僕はもう、盗賊から足を洗ったんだ。これ以上構わないでくれよ」
「だったら、今まで散々稼いだ分、俺たちに還元してもらわないとな」
「知ってるんだぜ。なんの目的か知らんが、結構な額を溜め込んでいたのを」
「貯めた金を出すか、嫌ならその命置いていってもらおう。お前は俺らの秘密も知っているしな」
詳しい事情は分からないが、青年が盗賊に殺られそうになっていて、今、青年はそれに抗って戦っている。それくらいはなんとなく分かった。
「よし、お前らやれ!」
「くっ!これじゃ魔法に集中できない」
散開した山賊が青年に一斉に襲いかかる。青年の目は死んでおらず、諦めてはいなかった。右手に回り込んだノーボとかいう男の初撃はかわすも、どうみても青年の状況は不利で結果は目に見えていた。
そうこうする内、ついに正面に構えたブルンジに青年は捕まってしまう。
「よし、こうすればそのしょぼい魔法も使えまい」
目の前で絶体絶命の青年。どこかで見た光景だった。
「英雄……英雄は前へ出るんだ――」
「カフワ? ちょっと何する気?」
何かに取り憑かれたように、ぼーっとするカフワの異変にカロが気づく。
その後すぐ、鈍い衝撃音が山賊の頭から響く事になった。一層ざわめく野次馬たち。
「ガっ。うっ……」
「どうした? ブルンジ! おいっ!」
カフワは自分で何をしているのか分からないまま、青年を取り押さえていた山賊の男に全力で魔導の石礫を投げつけていた。
その石礫は、正確にブルンジの後頭部を捉え、戦闘不能に至らしめるのに十分なダメージを与えていた。
カフワは気がつくと、野次馬の大衆から一歩前へ飛び出し、注目の的になっていた。
振りかぶって投げたあとのポーズと、ブルンジの近くに転がる青い鉱石を見て他の山賊が状況を理解する。
「おい、おい、おい、マジか。」
「……このガキ、邪魔する気かよ」
同じく状況を理解した青年は、このチャンスを逃さなかった。
「ボーデンフェルド!」
青年の魔法が発動し、突然のカフワの登場にあっけに取られ、動きの止まったムンドの左足が炎上する。
「あがっ! あっつっ、くそっ!消えねぇ」
「おいおい、ヒデェな。やられまくってんじゃねぇか」
炎がズボンを焦がし、もがく山賊のムンドと、一瞬での形勢逆転に焦るノーボ。
気絶したブルンジを払い除け青年は立上がりこっちに向かってくる。
「君! たぶん、もうぐす街の役人が来る。行こう」
自分の行動に動揺するカフワの手首を掴み、青年は大衆をかき分けその場から離れた。
「ここまで来れば、大丈夫だろう。手傷も追わせたし、たぶんすぐ追ってはこないさ」
「あいつらはこの辺でのさばっている【ラーベ】って言う盗賊団なんだ」
「ともかく、助けてくれてありがとう。僕の名はグレイン。君は?」
「……俺はカフワ」
「無詠唱ロックブラストなんて始めてみたよ! 年もそう違わなそうなのに、すごいね君」
「いや、俺なんてまだ全然見習いで。夢中であまり覚えてないし」
「まったく、ヒヤヒヤさせて! こっちが驚いたでしょうが」
「うわ、本が喋った! 高等魔道具まで操るなんて何者?」
「魔道具って?」
「魔力を原動力にしてる道具の総称よ。そういう括りだと私もソレに含まれるわね」
「ともかく、助かったよ。なんてお礼をすればいいか」
「いいよ、いいよ、そんなの。なんか勢いでやっちゃっただけだし」
「さすが、一流の魔導士は謙虚だなぁ。見た目も服も全然それっぽくないし」
「そういえば、カフワってずっとただの布の服だもんね。」
「そういうの気にしたこと無かったな。今までずっと、お金も無かったし」
「……それじゃ、僕もう行くよ。訳あって追われてる身だしね。また縁があったら」
「うん。気をつけて」
小走りで去っていくグレインの背中を見て、自分も間違いなく追われる側の人間になっていることに気づき身震いするカフワであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます