三章③ カセットテープ

 小説や図鑑では無い、可愛らしい動物のイラストが表紙の分厚い冊子。懐かしい、そういえばこんなものをあの父親は頑張って作っていた記憶がある。

 色褪せた表紙をめくると、埃と接着剤とインクの匂い。


「懐かしい……これ、こんなところにあったのか」


 それはアルバムだった。ヒョウが持つ趣味の一つで、フロストの成長を追うかのように、物凄い量の写真が貼り付けてある。更に写真の横にはカラフルなペンで細かく何やらコメントが書いてある。


『フロストが初めて寝返りをうった瞬間を激写! すげぇ、なんか超感動!!』

『初めてフーがお父さんって言ってくれた! マジでかわいいんだけど、何この天使!?』

「……本当に、親馬鹿だな」


 ふっ、と零れる小さな笑み。初めて立ったとか、肉を食べられるようになっただとか、そんな些細なことが事細かに記録されている。

 何がそんなに嬉しかったんだか。写真の中で満面の笑みを浮かべるヒョウと、その傍らで笑う自分。思えば、あの頃は楽しいことばかりだった。

 小さな思い出を一つ一つ思い返すように、アルバムのページをぱらぱらと捲る。まだ立ち上がることも出来なかった赤ん坊の頃の自分を見るのは、なんだか気恥ずかしくてむず痒い。

 不意に、一枚の写真が剥がれかかっていることに気がついた。まだ乳飲み子のミカとフロストが並んで昼寝をしている、何の変哲も無いスナップ写真だ。


「これ……ミカ、か。ははっ、あんまり変わってねぇな」


 純真無垢な寝顔に不覚にも可愛いと思ってしまい。アルバムを机の上に置き、すっかり糊が乾いてしまった写真を丁寧に剥がす。

 この部屋の荷物はほとんど動かしていない。ならば、このアルバムに使った糊がある筈。フロストは一度部屋の中を見渡して、机の右袖にある一番上の引き出しを引っ張ってみた。だが、鍵が掛かっていて開かない。少々興味をそそられたが、今は放っておくことにした。

 二番目の引き出しは簡単に開いた。色々な工具がごちゃごちゃと詰め込まれているが、文房具の類は見当たらない。

 三番目も雑多な状態で。電化製品の説明書や、何かの請求書。前々からいつか整理しようと考えていたのだが、今回もまた見事にやる気を削がれてしまった。掃除はフロストも不得手ではあるが、ヒョウの方がずっと上手だったらしい。

 そして一番下の引き出しを開ける。プラモデル用の接着剤は見つけたが、それ以外の糊は見当たらない。仕方がない。これ以上この部屋を探すのも面倒なので、後で自分のものを使うか。潔く諦めて、引き出しをしまおうとした、その時だった。


「……何だ、これ」


 閉めかけた引き出しを再び開ける。奥の左隅に、何やらテープで頑丈に固定された小さな四角い箱のようなものがあった。このままでは暗くて、それが何であるかはわからない。

 フロストは手を伸ばして、指先で撫でてみる。しかし、触れたのはテープのつるりとした表面だけ。思い切ってそれを掴み、いっそこのまま力任せに引き剥がしてしまうことにした。

 かなり劣化しているのか、それは想像していたよりも簡単に剥がすことが出来た。黄色く変色したテープはべたついていて、指に残る感触が不快である。

 劣化したテープを完全に剥がすことは早々に諦め、フロストは中身を取り出すことを優先した。べたべたした嫌な感触に苛つきながら、最終的に外側のケースを思い切って破壊した。透明なプラスチックケースも古いものだ。

 そして、中に収められていたものも最近では滅多に見なくなった、酷く懐かしいものだった。


「……カセットテープ?」


 それは、八ミリフィルムのカセットテープだった。近頃は光ディスクやフラッシュメモリなどコンパクトでありながら高性能である記憶媒体が主流であるが、ほんの十数年前まではこのようなカセットテープだって生活の表舞台に立っていた。フロストの記憶にだってちゃんと残っている。

 しかし、どうしてこんなものがこんな場所にあるのだろう。別にここはヒョウの部屋で、カセットテープだって探せスノーモービルらでも出てくるだろう。でも、何の理由があってこのテープは引き出しの奥に固定されていなければならないのだろう。

 改めて、手元のテープを眺めてみる。フロストには、見た目ではそれがいつ頃のものなのか判別出来ない。ただ、背中のシールには青く変色したボールペンの字で年月日が記されている。

 月日は違うが、フロストの生まれ年と同じである。


「何か……怪しいな」


 妙に気になる。どうせしばらくは療養以外やることがないのだ。こうなったら、とことんこの謎のテープを調べてやろう。一旦ズボンのポケットにそれを収めて、フロストはヒョウの部屋を後にした。


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