二章

二章① 伝わらない?

 トナカイは運命を感じることが出来る。


『カナ、俺はお前のトナカイだから』

『ユートくん……』

『約束する。俺がお前を護るから、だからカナ――』


「はあ……ユート、カッコイい……」


 うっとりしたように溜め息を吐くミカ。頬は赤らみ、熱っぽい目はテレビで向かい合う二人へ存分に注がれる。

 ユートは男のトナカイ。赤に近い茶髪に、ギラギラと雄々しく輝く黒の瞳。話題沸騰中のアイドルグループのリーダーで、演技も上手く歌と踊りも出来るという正に非の打ち所のないイケメンだ。

 カナは女のサンタクロース。緩く巻いた栗色の髪に、そばかすが目立つ童顔な少女は抜群の演技力で新人オーディションを勝ち抜いたという期待の若手女優。今のような大人しい村娘役からサイコな役まで幅広くこなす実力派だ。

 そんな二人が主演の『雪のカナタ』は、今をときめくティーンエイジャーに大人気の純愛系連続ドラマだ。再放送でも高視聴率を叩き出すこの作品は、来年にはスピンオフの映画も放映が決まっている。


「顔もカッコイいけどさぁ、何より……って、聞いてるの!?」


 フロスト! と、名前を呼ぶが返事は無く。ミカが振り返ると、そこには確かにその青年が居るのだが。

 ソファに細長い身体を投げ出して、目を閉じている。ていうか、寝てる。


「こっ、この……なんで『雪カナ』の前で寝られるかな……」


 ほっぺたをつねってやろうかと思ったが、止めた。ドラマは既にエンディングが流れている。ミカはテレビの音量を適当に下げて、改めて眠る幼なじみの顔を見やる。何気に久し振りに見た彼の寝顔は、いつもより随分幼く見える。そして不覚にも、胸がキュンとした。


 ――トナカイは運命を感じることが出来る。


 ドラマでユートが幼なじみのカナに言う決め台詞だが、それにはミカも激しく同意する。

 サンタクロースとトナカイ。二つの種族は生まれた時から違うのではない。母親から生まれた時はトナカイであっても枝角は無く、見た目は同じだ。実際にトナカイの角が生えてくるのは年齢が二桁に届く頃。それまでは親や医者、そして本人にも自分がどちらなのかがわからないのだ。

 学者を悩ませる永遠の謎。環境に影響されるという説もあれば、遺伝子によると唱える者も居る。けれど、ミカは思う。両者は、運命によって生まれた時に決められている。

 何故なら、ミカは物心がついた時には知っていたから。フロストはサンタクロースで、自分はトナカイになることを。

 ちなみに根拠は無い。


「なんでサンタクロースにはわかんないのかなぁ……このぉ、にぶちん!」


 寝ていることを良いことに、そんな悪態を投げてみる。微かに眉毛がぴくりと動いた。思えば、彼とは幼い頃からずっと一緒に居た。

 食べ物の好みや音楽の趣味、読む本の傾向など当たり前のように知っている。だから小難しい理由うんぬんの前に、ミカはこれからも彼と一緒に居たいのだ。

 でも、フロストは違う。同じくらいだった身長がどんどん高くなり、ミカに相談することなく一人暮らしを始めた。それから急にわからないことが増えてしまった。

 いつか、フロストはミカの前から居なくなってしまう。ヒョウのように、ある日忽然と姿を消してしまう。そんなことになったら、自分は一体どうすれば良いのだろうか。


「同じ幼なじみなのに……何でこんなに違うんだろ」


 もし、もしミカがサンタクロースでフロストがトナカイなら。ユートと同じように、フロストも強引に迫ってくれるのだろうか。


「……そんなフロストは、気持ちわるいなぁ」


 うん、気持ち悪い。ていうか怖い。ありえない。

 理想と現実は違う。それくらいミカにだってわかる。フロストがユートのように、運命を語ってくるわけがない。だからこれからもずっと、自分がフロストにくっ付いていかなければならない。

 見失わないように、一人でどこかに行ってしまわないように。


「あたしも戦えたらなぁ……やっぱり、アンナさんに銃を教えて貰おうかなぁ」


 サンタクロースとトナカイは二人で一人前。彼等の最大の生きがいはクリスマスであり、人間の子供にプレゼントを配ることだ。

 サンタクロースだけでは、広大な人間界で迷子になってしまう。トナカイだけでは、プレゼントを配ることが出来ない。だから両者は一緒でなければならない。

 だが、フロストは戦士として生きる道を選んだ。人間界に行かないのなら、トナカイは必要ない。だから、ミカと一緒に居る必要は無い。


「……もっと、頼ってくれてもいいのに」


 えいっ、と人差し指でフロストの頬をつつく。小さく唸ったが、起きる気配はない。それ程までに疲れているのだろう。

 やはりこのままではいけない。ちらりと、テーブルの上に置かれた拳銃を見やる。綺麗な銀色と、いかにも拳銃という感じの真っ黒な銃。どちらもホルスターに入ったまま、だらしなく放置してある。

 構えてみるだけなら、いいよね? ミカは一度フロストを見て、規則正しく胸が上下していることを確認する。そして恐る恐る、ブランシュと名前のついた白銀の拳銃に手を伸ばす。扱い方はよくわからないが、引き金に指をかけさえしなければ弾は飛び出して来ない、筈。

 使い込まれた皮のホルスターを指先が撫でる。その時だった。

 鳴り響く警報音。ミカにはそう聞こえたが、実際はただのドアチャイムである。来客を告げる無機質な音に、小さな身体が飛び上がった。


「うきゃああぁあ!!」

「なっ、何だ?」


 どうした、と寝ぼけ眼のフロスト。ソファから上体を起こし、すっかり腰を抜かしたミカを瑠璃の瞳が見下ろす。少々乱れた銀髪は、彼の無意識に撫でつける指に大人しく従うよう。

 寝癖一つに毎朝ドライヤーで戦わないといけないミカにとっては、羨ましすぎる髪の毛だ。


「……何だ、誰か来たのか?」

「えっ、あ……うん。そうみたい」

「めんどくせ……電気点いてるんだから、勝手に入ってくるだろ」


 ふわふわと欠伸をしながら、長い腕を伸ばして伸びをするフロスト。その隙に、ブランシュへと伸びていた手を戻して溜め息を吐く。

 怒られずに済んだのは助かったが、なかなかに無粋な客である。そんな闖入者は読み通り、「フロスト? 居るんだよな、入るぞー。入ってるぞー」と大声を張りながら入ってきた。

 この声は、トニさんだ。絨毯が敷かれているとはいえ、床に座り込んだままでは行儀が良いとはいえない。しかし立ち上がろうにも、脚に力が入らず動けそうにない。


「……つか、そんなところで何やってんだお前」

「なっ、なんでもないよ!」

「なんだ、居るんじゃないか。お、やっぱりさっきの奇声はミカか」


 こっちがびっくりしたよ。そう言って、トニは何でもないことのようにフロストの向かい、先程までミカが座っていたソファに腰をおろした。トニはミカの六つ上の二十四歳。昔からフロストとミカの良い兄貴分である。


「それで、俺に何の用だ? 暇潰しか?」

「違うって。実はついさっき発見されたんだけど、光のスピネルが粉々に壊されていたんだ」


 トニは言って、テーブルの上に何かを置いた。それは紛れもなく、村を護ってくれていた筈のスピネルの欠片だった。乳白色のそれは、手の平に収まってしまう程の大きさで。

 手に取って、フロストが溜め息を吐く。


「……寿命で砕けたわけじゃ、なさそうだな」

「フロスト……気を悪くしないでくれよ? スピネルを載せていた台座、わかるだろ? あれに、物凄い数の銃創があったんだ」

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