二章② 事件発生
さっきアンナを呼んで、確認させた。トニの言葉に、フロストよりも先にミカが口を開いた。
カチンときた。跳ねるように立ち上がり、きっとトニを睨み付ける。急に動かしたものだから、脚の付け根から指の先までびりびりと電流が駆け抜けたが気にはならない。
「ちょっと、トニさん! なに、その言い方。さっきのことの八つ当たりにフロストがやったって言いたいの!?」
「い、いやそういうことじゃなくて――」
「フロストはそんなひどいことしないんだからっ! ね?」
フロスト! いきり立って、ミカが傍らの幼なじみを振り返る。だが、当の本人は全く動じていないようで。いつの間にか、常にそうしているようにロリポップキャンディの包み紙を剥がしていた。
ともすれば、その見た目と荒い口調で冷たい印象を与えかねないフロストであるが、実はお菓子好きのミカでさえ引く程に極度の甘党である。
特に、四六時中持ち歩いているロリポップキャンディの消費量はもはや中毒のそれ。根底にある理由はミカも知っているものの、流石にこの状況で食べ始めるのはいかがなものか。
「……フロスト、聞いてるの?」
「聞いてる」
「だったら――」
「トニ、その銃創は俺の銃のものじゃない。アンナがそう言ってたんだろ?」
「あ、ああ。そう、そうなんだよ」
正確には、テーブルの上にあるブランシュとネラのものではない。アンナははっきりそう言ってみせたらしい。そういえば、昼頃に彼女の店に行った時に見た、あの異常な執着心。銃の創くらい、彼女なら簡単に見分けられるのかもしれない。
ミカにはオートマチックとリヴォルヴァーを見分けるのが精一杯なのだが。とりあえず、フロストの容疑が晴れたようなので、大人しく彼の横に座ることにした。傍らから、飴玉の甘い匂いがする。
「ま、コイツら以外の銃を使ったっていう可能性もあるんだろうけどな」
「いや、それもアンナは否定してた。フロストなら、こんな下手くそな練習みたいな撃ち方はしないって」
オレには全然わからないんだけどな。トニが困ったように笑う。もちろんミカにもわからない。
それよりも、早急に取り組まなければならない問題がある。
「で、でもどうするの!? もう日が暮れちゃってるよ!」
「そう、そこが一番の問題なんだよ。見ての通り、結界は全く使い物にならない。日が落ちた以上、下手に動くことも出来ないんだ」
「村長は何て言ってたんだ? ……なんて、訊くだけ無駄か」
不意に、フロストが何かを手渡してきた。見ると、それは小さな破片と化したスピネルの欠片だ。真珠のように輝いていて綺麗だが、先の方が少々尖っていて危ない。
「アンナはどうするって?」
「へ? ああ……えっと、一旦出直して『彼氏達』連れてくるとかなんとか」
「わかった。トニ、あんたは今すぐ家に帰れ。それから、今外出しているヤツも全員家に帰るよう言ってくれ」
虚無は光を嫌う。それは同時に、夜を好むということだ。夜を好む獣達が、この機を逃さないわけがない。
セーターの下で肌が粟立つ。これは、本当に危機的状況なのではないか?
「ま、待てよフロスト! 村長は、お前に戦わせるわけにはいかないって――」
「アンナだけに任せるわけにもいかねぇだろ。それに、村の中で見回るだけだ。戦闘になるとは限らねえだろ」
備えておいて損は無い。村長はフロストに戦士失格と言ってしまった以上、それを撤回するまでは彼に戦わせるつもりは無いのだろう。しかし、今は緊急事態だ。フロストに頼らないわけにはいかない。
でも、嫌な予感がする。氷のように冷たい手が首筋を撫でるかのような、そんなおぞましい感覚。
「ミカ、お前も今の内に帰れ。送ってやるから」
「……え?」
「俺は留守にするんだから、一人で居るわけにもいかねぇだろ? つか、七時までって言ってたよな?」
ふと、壁の時計を見やると、針は丁度六時半を示していた。昼間というには遅すぎるが、夜というにはまだ早い。そんな微妙な時間帯。
あれ、と思う。
「……もしかして、徹夜するの?」
「そうなるな」
「ええ!? そんなのダメだよ!」
昼間も虚無を退治していたと言うのだから、フロストは相当疲れている筈。増してやこれから徹夜させるだなんて、もってのほかだ。
しかも、まだ夕飯だって食べていないじゃないか!
「駄目って……あのな、俺が寝てる間にお前の頭上に虚無が居たらどうすんだよ。噛まれるだけじゃ済まねぇぞ」
「じゃ、じゃあせめてご飯食べなよ! そうだ、ウチで食べなよ。どうせお母さん、また食べきれないくらいいっぱい作ってるんだからさ?」
ね? ね? と食い下がるミカ。たとえフロストが一人暮らしを始めても、ミカの家族はいつでも彼が帰ってきて良いように準備している。
ミカやトニだけではない、彼を心配している者はこの村には沢山居る。
「……悪いけど、そんな暇ねぇから」
フロストは既にホルスターから銃を引き抜き、弾倉を外したり色々な点検をしていた。いざ虚無が絡んでむと、自分のことなど全て蔑ろにしてしまう。
そんな彼のことを、寧ろ一体誰が無関心で居られるというのか。
「でも、何か食べないと身体に悪いよ?」
「いらねぇ」
「そ、そんなぁ……」
つくづく、なんて自分は無力なんだ。ずっと一緒に居た筈なのに、彼の為に何をしてあげれば良いかわからない。
やっぱり、フロストにはあたしなんて必要ないのかなぁ。
「…………あー、でも」
「え?」
「明日。朝……なら、寄ってやってもいいけど」
徹夜した後で、自分の家に帰って朝飯作るのもしんどいし。とか何とか言って、何故かバツが悪そうに髪をわしゃわしゃと掻くフロスト。無意味に上から目線で、小憎たらしい言葉遣い。
それでも、ミカの表情を一変させるには充分だった。
「う、うん! じゃあ、お母さんに言っておくね?」
「いやー、二人ってほんっとうに仲良いよなぁ?」
見れば、にやにやとイヤらしく笑うトニ。昼間に見た、大人達と同じ顔だ。
「あ? 馬鹿か、何言ってんだよ!?」
「いやいや、皆言ってたけどさぁ? やっぱりほら、お前達お似合いだからさ。結婚とか――」
「わかった。お前が虚無に食われても、俺は村長の言うとおりにする。何もしねぇ、つかじっくり見学する」
「ええ!? そ、そんなこと言うなよフロスト。な? お兄さんのジョークだって!」
だからそんなこと言うなよ、フロストおぉ! 情けない声で縋るトニと、それを軽くあしらうフロスト。そんな二人がおかしくて、ミカは思わず笑い声を上げた。
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