エピローグ


 エピローグ



 本日も、浅草の街は快晴。頭上に広がる夏の青空からはさんさんと直射日光が降り注ぎ、遥か遠くの地平線沿いには天高くまでそびえ立つ入道雲が浮かんでいた。そしてそんな浅草の街を縦断する無人の繁華街を、今日もまた飽きもせずに、僕は自転車に乗ってパトロールを続ける。

 僕の頭には、当然ながら愛用のサファリハット。腰のポーチの中には護身用のM360Jリボルバー、通称『サクラ』が一挺。背後の荷台に乗るのは、相田さん。そして彼女の息遣いと体温を、僕は白い羽で覆われた小さな翼が生えた背中で感じていた。

 やがて僕達を乗せた自転車は寿司屋通りに至り、その寿司屋通りが雷門通りと交わる一つ手前の路地横で、僕は自転車を停める。すると相田さんが荷台から地面へとひょいと降り立ち、首から下げていた双眼鏡を使って周囲を確認する。

「前方よーし」

「前方よーし」

「右舷よーし」

「右舷よーし」

 前方に見える雷門通りと右前方に見える国際通りに異常が無い事を、僕と相田さんは指差し確認をしながら、誰に言うでもなく声に出して報告した。今日の雷門通りと国際通りも呻き声を上げながら徘徊するゾンビに埋め尽くされているだけで、それ以外の異常は特に見受けられない。

「相田さん、次はこのまま左に曲がって、雷門の前まで行くよ」

「よし。いいぞ慧、自転車を出せ」

 僕の宣言に急いで自転車の荷台に乗り直した相田さんは、そう言って出発の命令を下すと同時に、僕の脇腹を軽く小突いた。そして彼女と二人乗りをしたまま僕はペダルを漕ぎ始め、すぐに左折すると、自転車で細い路地へと進入する。

「もうすぐ一週間か……」

 僕は遠い眼をしながら、ボソリと呟いた。

「何が?」

「いや、岡島くんと西鳥羽さんがこの街を出て行ってから、もうすぐ一週間が経つんだなって思ってさ」

 相田さんの問いに答えると同時に、自転車は浅草セントラルホテルの裏を通過する。このまま直進すれば、常盤堂雷おこし本舗の脇を抜けてから雷門だ。

「二人が心配か、慧?」

「うん。勿論二人の事は心配だし、それに、決して他人事じゃないと思ってね。今回はたまたま狂ってしまったのが岡島くんと西鳥羽さんだったけれど、こんなゾンビに囲まれた街に放り込まれたら、誰だって気が狂いかねないよ。結果として僕達は正気を保っているけれど、もしかしたら次に狂うのは、僕や相田さんかもしれない。そう考えると、恐ろしくてね。特に同じ境遇の仲間を一人も見付ける事が出来ずに、たった一人で孤独な生活を続けざるを得なくなったとしたら、ゾッとするよ」

 僕はそう言いながら、運良く気が狂わずに共同生活を続けている仲間達の今現在の姿を想像する。今頃は午前の日課として、篤志と照喜名さんは畑を作るために、浅草寺の境内と浅草寺病院の裏手の土地を耕している筈だ。また虎鉄はいつも通り、レストランの厨房で、皆の分の昼食の下拵えに精を出している頃だろう。そして塚田さんは皆のリーダーとして、今後の共同生活の糧となるような文献や資料を、紙の本やネットから収集しては読み漁っているに違いない。

 果たしてこんな生活がいつまで続くのかは分からないが、とにかく今日の浅草の街も平和で、おびただしい数のゾンビに囲まれていた。

「なあ、慧」

「何、相田さん?」

 自身の胸を押し付けるようにして僕の背中をギュッと抱き締めた相田さんが、囁くように言う。

「あたし、慧の子供を産むから」

 僕は危うく、転びそうになった。

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浅草ゾンビカーニバル/ネモムンプスの子供達 大竹久和 @hisakaz

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