第一三章『脱出』
【第一三章『脱出』】
〈2018年1月1日 21:33 永興島 中国軍事基地 北東施設〉
イワンコフの守る入り口にたどり着くと、車を盾にして応戦を続ける彼の姿と、脇に転がる白衣を着た死体数体が目に入った。
「戻ったぞ!」
ウォーレンは銃声に負けじと声を張り上げて帰還を伝えたあとで死体を指差して尋ねた。
「この死体はどうした?殺すなと事前に言っておいたはずだぞ?」
「そいつらか。最初は俺もエレベーターで上がってきた研究員の奴らを横から外に出してやってたし、その時は交戦は一時的に止まってたんだ。だけど最後の何人かが銃を持って襲ってきたから撃ったんだ。正当防衛だぞ!」
「なるほど、残念だがそれなら仕方ないな。コイツらに構っていられるほど俺らも暇じゃないし。それで、今の状況はどうなっているんだ?」
「下から上がってきた白衣の連中はここで死んでいる以外は全員外に出たはずだ。その後で外にいる兵士らがまた撃ってきて、現在に至るってわけだ。あぁ、アンドレ、悪いが借りた武器は両方とも全弾薬を使い切っちまった。すまねぇ」
「気にするな、楽しかっただろう?」
「最高だったぜ!」
そんな会話をしながらイワンコフとアンドレは銃を手にして早くも応戦を始めていた。
「ハディージャ、外の状況はどうなってる?」
「入り口から向かって左の建物の影に三人、右奥に同じく三人。正面の車両の残骸の裏に四人隠れているわ」
「くそっ!完全に包囲されたわけだな。」
報告に聞いて悪態をついたウォーレンにアダムが一つ提案をした。
「正面と左に『セイバー』と『キャスター』を墜落させましょう。そうすれば一瞬ではありますが時間を稼げるかもしれません。もちろん彼女からの上空から俯瞰した情報は得られなくなりますが、あとは脱出するだけという段階の今なら大して問題でもないでしょう」
「ハディージャ、今の話を聞いていたか?」
「聞いていたわ。こちらは了解よ!」
「アンドレ、イワンコフもいいな?」
「おう!」
「早いところ頼むぜ!」
「よし、じゃあ合図を出して二機が墜落したら俺とアダムは右を、アンドレは左、イワンコフは真ん中を頼む!」
全員から了解の返事をもらって墜落指示を出す。
「3,2,1――落とせ!」
ガリガリというプロペラが地面を擦る音がして、続けて乾いた銃声が響いた。その瞬間にはもう四人は既に入り口を飛び出してそれぞれの目標へ向かって走り出していた。
――――左側。アンドレは腰からベレッタを抜きながら走り、音もなく空から襲ってきた物体に驚いて混乱する三人の兵士に向かって二発ずつ発砲し、その場を制圧した。
――――右側。ドローンによる陽動はなかったが前方から聞こえてきた悲鳴と銃声に一瞬の驚きを見せた四人は、左右から走り込んできたアダムとウォーレンに向かって銃を構えようとしたが両側からの放火に息を絶えた。アダムが使ったのは先程地下から持ってきた「雷撃」という銃で、敵に向けてトリガーを引くと振動し対象が内側から破裂するような形で飛び散った。
――――正面。念入りに手入れをしていた愛用のクリンコフ(AKS-74U)が出番を待っていたかのように火を噴いた。暗闇の中でも顔を狙って乱射した玉は命中し、顔の潰れた死体三体が転がった。
それぞれ持ち場の制圧し、安全を確保したところで近くの車に乗って異同を始めた。目指すのは回収地点である空港から島の北東へ伸びる滑走路の先端だ。走りながらアダムがウォーレンに話しかける。
「さっき地下から持ってきた『雷撃』を使ったのはご覧になりましたよね?敵が内側から爆発した様子を見ると、あの銃は強力な電磁波を瞬間的に投射する事で人間の体内にある水分を一瞬のうちに蒸発させ、水から蒸気へと何倍にも膨れ上がった体液によって体が爆発する事を狙った武器だと考えられます」
「つまり、あれは大量破壊兵器となりうる可能性もある危険な代物で、それを開発していたというわけだな?」
「はい。それが一番理にかなっている説明になるかと」
「なるほど。ますます早いとこ基地を爆発するに越したことはないように思えてきたな。ハディージャ、今から回収地点へ移動する。よろしく頼むぞ」
〈1月1日 21:55 永興島沖合 オルカ号船上〉
滑走路の先に着いた四人はハディージャがオルカ号から遠隔操作する小型ボートでオルカ号へと戻ると、別地点での回収だったリーとの再開と作戦の成功を祝って言葉を交わしてから最後の仕事を見守る。
全員が甲板に集まって落ち着いたところでウォーレンは島にばら撒いてきたSimoonの起爆スイッチを押した。数秒後、島の半分である基地側から大きな炎が吹き上がるのが見え、その後に低い爆発音と沖合にいるにも関わらず弱い衝撃を感じた。
これで今回の依頼であり、作戦「聖杯」は無事に終了したということになる。聖杯は“望みを叶える器”とも“ただの概念”だとも言われるが、奪取すべくデータにその仮名称を付けたのだから後者の解釈に近いのだろう。聖杯の栄光の影には常に“戦い”と“死”が憑いて回るらしいが、今回も例外では無いらしい。
基地の燃える様を見届けて、それぞれ一日の疲れを身体に感じながら各々の船室へと入っていった。
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