第十章『戦闘』
【第十章『戦闘』】
〈2018年1月1日 20:18 永興島 中国軍事基地内〉
建物の裏に隠れたウォーレンとアンドレはここから抜け出して、地下施設に向かうためのエレベーターをなんとか目指そうとしていたが、虫のように湧いてくる敵に足止めを食らっていた。時折影から身を乗り出しては近づいた兵士に銃弾を食らわせるのが精一杯で、先に進めそうになかった。
「ハディージャ、何かいい迂回ルートはないか?あと、敵の様子はどんな感じだ?」
ウォーレンは空からこの状況を見守っている女神様に指示を仰ぐ。
「『セイバー』のサーモカメラで確認できる限り、さらに十数人が向かってるわ。仲間を殺されたこととこちらの威嚇射撃があるからか、車をバリケードにして慎重に進んでいるみたい。それから、残念だけど迂回ルートはないわね…。あなた達が逃げ込んだところが悪くて、そこからだと別の道を示すのは難しそうよ」
言い終わったところで複数の軍用車が止まる音、ドアが閉まる音、中国語で叫ぶ兵士たちの声が先から聞こえてくる。
「なるほどな……。わかった、なんとかするしかないな。おいアンドレ、今の話を聞いていたな――――」
「あぁ、もちろん聞いていたともさ!目を伏せろ!」
腰につけていた閃光弾(フラッシュバン)を抜いて敵の方へ放り投げた。目を閉じても視界が明るくなるのを感じ、腹に軽いパンチを食らったような気がした。
「ちょっと待ってろ。また戻ってくる(I'll be back.)」
そう言うとSCAR-17sを半ば乱射しながら敵陣へと突っ込んでいった。
〈1月1日 20:23 オルカ号 情報室〉
ハディージャは「セイバー」と「キャスター」のカメラを通しながら戦場を俯瞰し、指示やアドバイスを出していた。暗視カメラの黒と緑の暗闇の中でサーモカメラを通してみると体温によって人間がオレンジの光となって見えている。誤認識を防ぐために味方はGPSと照合して名前が表示されるようにしてある。
ウォーレンに逃げ道が無いことを伝えたあと、そのまま画面を見ていると、アンドレが何かを敵に向かって投げる動きを見せたかと思うと、画面が真っ白になった。突然の事だったので目がガンガンする。恐らくフラッシュバンを投げたのだろう。画面が徐々に黒と緑で彩られた暗視世界に戻るとアンドレが敵陣に突っ込んでいくのが映っていた。
「あんた、何をやってるの?正気じゃないわ!」
「まぁ見てろって!」
ズームをしてアンドレを追うとフラッシュバンにやられて混乱している敵を次々と倒して行く姿が映る。サーモカメラを通すとアンドレが銃を撃つ度に温度が上がり、白く短い点滅が連続する。銃弾の発射された先を見ると敵に銃弾が当たった瞬間、オレンジ色の液体が飛び散って崩れ落ちる。
もう何人倒しただろうか?しかしアンドレ無双が、フィーバータイムが続いたのも束の間ですぐに敵兵が閃光弾の後遺症から立ち直り、体制を立て直し始めた。再びアンドレにカメラを戻すと軍用車両の上で彼を見つけた。何やら機械をいじっているようで、十数秒後?に途切れることなく白い閃光がアンドレの元から瞬いた。どうやら車両に取り付けてあった機関銃を使っているらしく、アンドレ再びはフィーバータイムを発動させるアイテムをGETしたというわけだ。周囲を確認するとほとんどの敵を倒し終わっているようだった。
「アンドレ、もう大丈夫よ!周囲の敵はほとんど一掃したわ!ウォーレン、もう出ても問題ないようよ」
アンドレの凄さと恐ろしさを噛み締めながら連絡を入れた。
〈1月1日 20:36 永興島 中国軍事基地内〉
フラッシュバンを投げてアンドレが突撃したあと、向こう側からは悲鳴と銃声と罵声と叫び声が途切れることなくと聞こえていたが、悲鳴が止んだところでハディージャの連絡が入り、続いて銃声が止んだ。
「なにが『援護を頼む!』だ。必要ないじゃないか」
そう呟きながら首を伸ばして様子を伺うと煙の中から人影が現れた。
「♪ダダン、ダン、ダダン!ダダン、ダン、ダダン!」
ウォーレンにも分かるあの有名な映画のテーマを口ずさみながら重たい足取りでアンドレが近づいてくる。見ると機関銃を抱えている。
「戻ったぞ。(I'm back.)………これと最初の台詞、一度言ってみたかったんだよ!」
あれだけの事をしでかしたのに、当の本人はめちゃくちゃ楽しそうだ。
「助かったよ。それより手に持ってる銃はなんだ?」
「車からちょいと借りてきたんだ。しらねぇのか?アメリカの重機関銃、ブローニングM2だぞ?高い信頼を誇っ――――」
「そんなのは知ってるさ。そうじゃなくて普通は重すぎて一人じゃ持つ事もできないんじゃないのか?」
「あぁ、そうさ。世界広しと言えども、こんなのを持ち上げられるのはドウェイン・ジョンソンと俺くらいなものだな」
「誰だそいつは?とりあえず、お前の筋トレも無駄じゃなかったって事だな」
「知りねぇのか?あの有名な彼を?まぁいいさ。先へ急ごうや!」
そう言うと近くに止まっていた車のドアを開け、運転席で死んでいる兵士を引きずり下ろすとエンジンをかけた。
「さぁ、どこへでも連れてってやるぜ!」
「ちょっと待ってろ、もしかしたらアダムたちと合流できるかもしれないぞ」
そう言うと無線へ呼びかけた。
「アダム!すまん、こちらのミスでバレたようだ。時間が予定よりも大幅に遅れているんだが、そちらはどうだ?合流できるなら迎えに行くぞ?」
〈1月1日 20:02 永興島 中国軍事基地内〉
目標のデータが入った“箱”の確保には成功したものの、アダムとイワンコフは司令官室の中央にある執務机の後ろに身を寄せて威嚇射撃をしながらなんとか策を考え出そうとしていた。
「ハディージャ、何かいい案はないか?」
行き詰まったアダムが助けを求めた。
「…ごめ…n。室内だからか電…波…が上手く伝…らない…たい。司…官を囮に……ら?」
途切れ途切れながらもなんとか伝えたいことはわかった。
「『司令官を使え。』だとさ」
ご丁寧にイワンコフが訳してくれる。
「しょうがない、コイツを人間の盾にして正面突破するしかないか」
「いや、ちょっと待て。良いことを思いついたぞ!」
机の引き出しをあさっていたイワンコフが声をあげる。その手には大型のホッチキスが握られていた。
「人間爆弾を作ろうじゃねぇか!」
「コイツは狂ってる。」そう思ったものの、他に方法が思いつかないし、時間もないので司令官には悪いが!仕方なくイワンコフの案に乗ることにした。了承の意を伝えると、イワンコフはすかさず“人間爆弾”の制作に取り掛かった。まずはカーテンを使って両手足を縛り、動けなくする。
「アダム、ちょっと頭を押さえててくれないか?」
そう言って頭を押さえさせると、口を無理やり開いて中にC4爆薬を詰め込み、なんとホッチキスで唇を留め始めた。ガチャッ、ガチャッと閉まる音が無機質に響く度にに苦痛に顔を歪めて必死に縛られた手足をばたつかせるも、押さえつけられているから左右に揺れる事しかできていない。その後ポケットに多めのC4爆薬と起爆装置を埋め込んだ。
「よし、完成だ!さぁ、お仲間の元にとっとと帰りやがれ!」
そう言うと手首と唇からの出血で真っ赤になった司令官をドアの方へ押し出した。自分が爆弾を抱えているから、仲間の元へ戻ろうにも戻れずに立ち止まる司令官に向かって数発発砲して脅し、ドアへと走らせる。ドアに近づいた時には兵士らに囲まれて外へと連れ出されていた。完全に部屋の外に出るのを待ってからイワンコフが爆弾を起爆させると爆音と衝撃と破片が襲い、先ほどの喧騒とは一転してキーンという耳鳴りと悲鳴の他は何の音も聞こえない。敵が反撃してこないと確信した時点で机の裏から抜け出した二人は飛び散った肉片や肉塊を踏まないようにしながら建物の外へと走り出し始めた。ちょうどそこで無線が鳴った。今度は電波良好のようだ。
「アダム!すまん、こちらのミスでバレたようだ。時間が予定よりも大幅に遅れているんだが、そちらはどうだ?合流できるなら迎えに行くぞ?」
「目標の『聖杯』確保完了です。もうすぐ建物のを出るので、そこで合流しましょう」
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