第九章『襲撃』

【第九章『襲撃』】


〈2018年1月1日 19:25 中国軍事基地入口〉


 四人の乗った四駆車は島内の幾つかの臨時検問所を通り抜けたが誰にも止められる事なく空港の敷地を抜け、飛行場側の基地入口に到着した。普段は厳重な警備とチェックが行われているはずの入口も緊急車両などが頻繁に出入りしているからゲートは空き、確認作業もほとんど行われていない。そしてここでも認識IDの提示すら求められることなく基地内へ侵入する事に成功した。

 

 「ハディージャ、入ったぞ。この後の指示を頼む」

「ええ、こちらも位置情報を通して随時確認しているわ。まず120m先を左、そのあと左手に見える二つ目の建物がレニー達の調査対象よ。アダムたちの管轄はその道を直進して突き当りを左、二つ目の角を曲がった先にある建物ね。地図を送るわ」

そう言うと掛けていた眼鏡に基地の地図が映り、青と緑の矢印が現れた。赤く点滅しているのは自分の現在位置だ。


 ウォーレンとアンドレを目的地で下ろして、アダムらも目標地点に向かう。ここからは侵入が発見されるまでの時間との戦いだ。





〈1月1日 19:47 永興島 中国軍事基地内〉


 どこの国の基地でも似たような建物が基地内には並んでいるものだが、ここも例外ではない。ウォーレンとアンドレは建物に入ると眼鏡に映る「アサシン」が作成した地図とハディージャの指示を頼りに司令官室候補を目指す。途中で一人の兵士にあったが、音を立てられることなく射殺し、物置らしいところに投げ込んで置いた。それ以降は誰にも合うことなく目的の部屋の前に辿り着くことができた。

 アンドレとアイコンタクトを取り、突入するタイミングを計ってドアを蹴破るような形で部屋に突入した。中に入るとそこは司令官室ではなく幾つかのサーバーと機器類、幾つかのモニターが並ぶ情報通信室だった。恐らく何かしらの技術者であろう非武装の数人がドアが蹴破られた事に驚いている間にサイレンサーを取り付けたH&KのMP7で素早く倒す。

「ハディージャ、こっちは外れだ。アダム!『聖杯』の入った“箱”はそっちにあるぞ!」

「わかった!“箱”はこちらでしっかりと確保するから安心しろ!合流地点で会おう!」

イヤホンからアダムの声が流れ終わった後、ハディージャから指示が入る。

「そしたら二人は基地の地下を調べに行って。地下へ続くエレベーターと思われる物の位置を送るわ」

「了解。こことそっちにSimoonをバラ撒いてくればいいな」

この基地、もしくはこの海域における情報と通信の中枢である可能性のあるこの情報室の奥に気化爆薬のSimoonを一つ放り投げ、来た廊下を戻っている途中でけたたましい非常ベルが鳴り響き、早口の中国語で繰り返し放送がなされる。先程倒した技術者数人の誰かが緊急ボタンを押したのか、アダム達がヘマをやらかしたのか分からないが、襲撃がバレたからには隠れまわる必要がなくなった訳だ。


 建物の玄関にあと少しと言うところでリーから連絡が入った。

「『セイバー』を通して監視しているんだけど、その建物に向かって兵が集まって来てるわ!出来るだけ早く地下へのエレベーターに向かって!」

どうやらヘマをやらかしたのはウォーレンらのようだ。持っていた近接戦用のMP7からベルギーのFN社が作ったアサルトライフルSCAR-17Sへと持ち替えて、玄関の扉を開けると同時に外へ転がるように出ると建物の陰に身を潜めた。





〈1月1日 19:47 永興島 中国軍事基地内〉


 担当の建物につき、中へ侵入に成功したアダムとイワンコフはウォーレンの無線によってこちらが司令官室であると認識したあとは、より慎重に前進していた。なるべく兵士と鉢合わせになるのを避けるようにしながらも、四人ほど眠らせた後でようやく司令官室の近くに着いたのだが、部屋に出入りする人が多くて様子を伺っているところだった。

 

 人の出入りが途絶えところで一気に司令官室へと半ば突入するような形で入ると、アダムは突入と同時にFN社製短機関銃のP90を正面に向け、司令官と見られる人物の左前に立っていた二人の兵に照準を合わせながら引き金を引いた。消音装置によって軽減された銃声が響き、二人の兵士の身体に銃弾がめり込む時にはもう、イワンコフも行動を起こしていた。突入したあと真ん中の執務机めがけて突進し、向かいの司令官を引きずり出していた。

 

 室内を制圧してすぐに扉を閉めて鍵を掛け、捜し物について目の前の司令官に聞く。

「おい、俺らが何しに来たかわかるな?とっとと“箱”を出しやがれ!」

イワンコフが床に押さえつけながら早口で聞くと、相手も怯えたなかに確固たる意志を感じさせるような口調でまくし立てる。

「别开玩笑了!没有交给你们把的东西。部下在现在来临!」

「ふざけるな!この俺が中国語を分かると思ってんのか!?」

このままだと殺してしまいそうな勢いだったから、アダムが間に入る。

「お前、英語は喋れるか?」

「あ、あぁ。あまり上手くはないが」

「それなら話が早い。私たちは軍事データの入った箱を探しています。早く我々に渡したほうが懸命だと思いますよ?」

「はっ!そんなものあるわけ無いだろ!」

何度かやり取りしたあと、とぼけた態度に呆れたアダムはイワンコフに合図を送った。するとイワンコフは待っていたかのように笑みを浮かべながら司令官の左手小指を握ると、力いっぱいねじ曲げた。手で覆われた口から悲鳴が漏れ聞こえる。

「こいつ、あなたを平気で殺しますよ?しかも彼はアルカイーダで拷問をした経験があるから、さぞかし苦しい最期を迎えることになるでしょうね」

もちろん嘘だが、司令官の目には一瞬恐怖の色が浮かんが事をアダムは見逃さなかった。もう一度合図を送って今度は右手の小指を折らせた後に、再び尋ねる。

「私たちが探しているものを早く出せ!」

脅しが功を奏したようで、床に押さえつけられたままの状態で必死に壁際を示す。見ると大きな毛沢東の額絵が飾ってあった。絵を壁から外してみると指紋認証ロックの掛かった金庫のようなものが姿を現した。

 ロックを解除するために、まだ抵抗をする司令官をイワンコフが無理やり引きずって来る途中で耳をつんざくような警報が館内に鳴り響いた。どうやら潜入がバレたらしい。急いで対象の回収をする為に司令官を二人がかりで引っ張るのだが、机にしがみついて全く離れない。イワンコフは執務机の上に置いてあった布を口の中に押し込むと仕方なく、けれども少し楽しそうにナイフで右手首を切り落とそうとした。恐怖を目に浮かべながら声にならない叫び声が漏れるが、それを無視して三回刃を入れた所で手首が腕から分離した。くぐもった叫び声を漏らしながら暴れるが、イワンコフがそれを押さえ込む。

 アダムが血の滴る手首を掴んで指紋認証に押し当てると電子音が鳴って扉が開き、中に20cm³ほどの箱が現れた。接続された何本かのコードを引き抜いて持ち上げた時、扉に銃弾が撃ち込まれた。急いで執務机の後ろに隠れると武装した兵士がドアを破って入ってくると数秒間銃を乱射した。敵がリロードする為に扉まで下がろうとしたところですかさず頭を撃ち抜いて倒したものの、何人もの兵士がこちらに集結しつつあるのが破られた扉の奥に見えた。アダムとイワンコフの二人 は執務机の裏に隠れながら必死でこの状況を打開する策を考え始めた。

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