第六章『作戦』

【第六章『作戦』】


〈2017年12月24日 19:50 永興島 中国軍事基地入口〉


 露出度の高めなドレスの上に厚いコートを羽織ったリーは基地の入り口で若い兵士に招かれている旨を伝えるとすぐに通してくれた。

「盛美霖さんですね。副司令官より連絡が入っています。自分が部屋までお送りいたしますのでどうぞこちらへ」

そう言うと先に立って歩き始めたので、すかさずリーから話しかける。最初は他愛のない話だが目的の副司令官室の前で聞くべき質問をさり気なくしてた。

「帰りもあなたに送って頂けるのかしら?」

できるだけ色っぽい口調と表情で尋ねる。入口の時点で身体をチラチラ見ているのには気がついていた。高級娼婦とでも思っているのだろう。

「はい。帰りは家まで送るようにと言付かっております」

「わかったわ。ありがとう」

そういってリーは副司令官室の中に入っていった。




〈12月24日 22:15 中国軍事基地 副司令官室〉


 要求されるがままに行為に及んだ2時間が過ぎた。身体についた精液を拭い取って服を着たあと、煙草を吹かし始めた彼から料金を受け取って部屋を出ると、そこには来たときと同じ兵士が立っていた。こういう事は日常茶飯事なのだろう、当たり前の職務をこなすように出口へと送り始めた。しかし来た時とは違う道を通ったかと思うと不意に立ち止まり人民元を取り出した。上司のおこぼれにありつこうという寸法であって、恐らく毎回そうなのだろう。それに兵士から誘わなかった場合はリーの方から誘う計画だったのだから上出来だ。

「今日はクリスマスイブよ?せっかくだから海沿いが良いんだけど……」

12月の寒い夜空の下で息を白くしながらリーは囁いた。兵士は無言で頷くと進路を変えて歩き始めた。頭の中に叩き込んだ地図を思い出しながら方向が目的の建物の方である事を確認する。

「さすがに12月ともなると寒いわね…。あそこの空気が出ているところは暖かいんじゃない?」

目的の排気口近くまで来たところでさり気なく目指す排気口へと導く。背後に生温かい風を吐き出す排気口、目の前に東シナ海という何とも言えない場所で兵士にキスをした。冷たい海風に耐えるように密着した二人は熱く深いキスをしばらく続けた。

「私、身体が火照ってきたみたい。でもやっぱり寒いわ…。こんな馬鹿なことを言わなければ良かったかしら?毛布か何か持ってこれない?」

恥じらったような声でそう頼むと、彼は少し考えたあと2,3分待つように言って駆けていった。

 姿が見えなくなるとすかさずリーは鞄の中から「アサシン」を取り出して電源を入れ、芋虫のようにくっついていた八つの球を離して、それぞれ別の排気口へと隙間から滑り込ませた。これでやるべき仕事は終わった。後は基地から出るだけだ。数分後、毛布を抱えて戻ってきた兵士にこう告げる。

「ごめんなさい。あなたが消えちゃったら熱が冷めたみたい。今日はやめましょう。また日を改めてお店に来てよ」

言いながら売春宿の電話番号と住所を書いた紙を渡した。この小さな島では誰もが知っている番号で、必要のないものだと思いながらも。兵士も寒かったのか、大人しく出口まで送ってくれた。


 基地からホテルに戻ったリーは無事に「アサシン」を排気口内へ放つ事が出来たと報告を入れた。また二日後に連絡を取るそうだ。そこで最終的な作戦を決めるらしい。シャワーを浴びるとそのままベッドへと倒れ込み、深い睡眠へと落ちていった。





〈2017年12月26日 21:00 オルカ号船内情報室〉


 リーが入れてくれた「アサシン」による調査の概要結果は既にアダムから耳にしていた。ある程度作戦も考えてある。今はリーからの連絡を待っているところだった。


 五分ほど経ったあたりで無線が鳴った。ようやく連絡が来たようだ。受信しようとした瞬間、イワンコフがスッと手を伸ばして受話口を取る。

「リー、お疲れ様。それにしても熱かったなぁ!」

「はぁ?なに?あんた見てたの?どうやって!?」

「アダムが見せてくれたんだよ。『セイバー』をこっそり操作して。なぁ、アダム?」

「あぁ。申し訳ない。どうやって『アサシン』を潜り込ませるのか気になったから見ていたんだが……」

「本当に最低よ!」

「お、俺は見てないぞ!別に見られたっていいじゃないから。仕事なんだから」

アンドレなりのフォローのつもりなのだろう。

「リー、ご苦労だった。お陰でかなりの情報を得ることができた。とりあえずそれについてアダムに説明してもらうから、皆んなもしっかりと聞いておいてくれ。この後の行動に関わることだからな」

そうウォーレンが言い終わる前にアダムはプレゼンの準備を終わらせていた。

「『アサシン』は素晴らしい活躍をしてくれました。彼らのお陰で地下施設及びません基地の全容を明らかにすることができました」

そう言ってモニターに映したのは基地の3Dモデルだ。今までと違うのは地面の下に何層かの部屋が見えることだ。

「予想通りあの排気口は基地の全域に渡って繋がっていたようです。通気ダクトを通って『アサシン』が収集したデータを基に作成した立体地図です」

レーザーポインターと地図の拡大縮小を使いながら説明を続ける。

「地下四層に広がっているのが研究所と見て間違いないでしょう。もちろんこのデータだけで確実にそうとは言い切れませんが、状況的には九割方合っているでしょう。もう一つ気になったのがここです」

そう言って指したのは長く広がる地下空間だった。滑走路の下にあり、海に突き出すように伸びているのだ。

「多分、ここが潜水艦の格納庫になっているのではないかと考えられます」

「基地の外観は完璧だな。それで司令官室の場所は分かったのか?奪取すべき『聖杯』の入っている“箱”の場所が分からないことにはどうしようもないぞ」

「その事なんですが……。二箇所まで絞る事は出来たのですがそこで行き詰まりました。でもここまでは絞れただけでも十分と思わないといけないでしょう」

「確かにな。仕方ない、ここは二手に分かれて一つずつ潰すしか方法がなさそうだな」

他に報告すべき事項がないことを確認したあとで一旦皆んなを解散させた。ハディージャと二人で作戦を練ったあと、一時間後に最終的な作戦を発表するために。




〈12月26日 22:05 オルカ号船内〉


 「待たせたな。ようやく今回の依頼の最終作戦が決定した。基地への襲撃は約一週間後の1月1日だ!」

ウォーレンの電撃的な発表に一同が驚きの声をそれぞれあげた。特にイワンコフの喜びようといったら形容が難しいほどだった。

「マジか!新年早々に軍事基地襲撃とか最高だな!」

なんと言っても彼は戦うことにのみ生き甲斐を感じるような男なのだからしょうがない。

「計画だが、まず俺とアンドレ、アダムとイワンコフの二人組で襲撃部隊を組む。ハディージャはいつも通り後方支援を。リーにはまだまだ活躍してもらうからな」

アンドレは嬉々とした表情を、無線の向こうからは疲れたようなため息が聞こえてきた。

「まず、我々の島への侵入方法をハディージャから説明してもらう。」

「Mr.スミスの言うように空からはすぐに発見されちゃうし、海からもリスクが高いと考えられるわ。そこで正面玄関から入ろうと思うの。」

「正面から入るってどうするんだ?こんな西洋人を簡単に入れてくれないだろ?」

アンドレが的確な質問を投げかける。

「えぇ。そこでこれを使うのよ」

そう言ってモニターに映したのは一隻の船と署名の入った書類だった。

「永興島には月に一度補給船が運行されているの。それに運んでもらうのよ。で、方法なんだけど…リーに写真展をしてもらいます!」

「はぁ?どういうこと?この島で店を開けって言うの?」

純粋な驚きの声が電子音に混じって無線から飛び出す。

「そうよ。永興島は軍用地以外は自由に使用できるよの。だから写真展を開くための資材を運ぶって名目で武器やウォーレン達をコンテナに詰め込んで運び込むのよ。もちろん書類も準備したわ。ロシアの闇市場で買ったから足はつかないわ」

コンテナに詰め込まれると聞いてアダムの身体がこわばった。閉所恐怖症の彼にとってはかなりの苦痛だろう。

「そういう事だ。12月30日の年末増便で島に渡るぞ。次に襲撃作戦だがこれは俺が説明しよう」

 そう言うと先日アダムが作った3Dモデルの地図を映して説明を始めた。

「1月1日の夜、まずリーに港のガソリンタンクを爆破してもらう。それで敵の動揺を―――」

「私に何をやらせようって言うの!?冗談も大概にしてよ!全然笑えないわ!」

「安心しろ、爆薬を設置して、スイッチを押すだけだ。『置いて、押す。』猿にも出来るツーステップの簡単な仕事だ」

「だったら猿にやらせればいいじゃない……」

リーの今にも泣き出しそうな声を無視して説明は続けられる。モニターの地図には青と緑の矢印が現れた。

「俺のチームは青、アダム達は緑の矢印だ。まず二手に分かれて司令官室候補を調べて“箱”をどちらかが奪取する。その後基地を徹底的に爆破して破壊すれば仕事は完了。分かりやすい作戦だろ?何か質問は?」

数秒の間をおいて質問や異論が無いことを確認したあとでイワンコフへとバトンタッチした。

「さぁ、この素晴らしく楽しそうな作戦に使う武器を軽く説明しておくぞ!まずガソリンスタンド爆破用の爆薬だが、信頼のC4爆薬と焼夷弾を組み合わせた物を用意した。爆破させて火を付ければパーフェクトだろ!設置後に十分距離を取ってボタンを押せばドカンだぜ!」

機械音痴の彼は説明しながら試行錯誤してようやく武器の詳細をモニターに映すことに成功した所で次に移る。

「基地の破壊だが、悩んだ結果、サーモバリック爆弾の一種を使おうと思う。要するにほら、えぇと…気化爆弾だ。地下の広大な空間で爆発させて内側から破壊するのが一番効果的だからな。」

モニターには手榴弾のような形状と大きさの物体が映し出された。

「イスラエルのラファエル社が開発した『Simoon(砂嵐)』だ。こいつが瞬間的に気化して空気中の酸素と結びき、一気に爆発する。逆に言えばこれ自体では爆発しない。言うなら、瞬間的に気化爆薬を合成させる反応物の塊だ。各々五つ携行して基地内にばら撒いた後、脱出した頃を見計らって起爆信号を送れば大爆発だ!」

手で爆発のジェスチャーを大げさにして笑った後で付け加える。

「今回、特に用意するのは以上だ。あとはいつも通りそれぞれ愛用の銃器を持っていけばいいと思うぜ。中国が特別な武器を持ってるって話は聞かないからな。」

説明の終わりの合図を取るためにウォーレンに視線を向け、イワンコフが席に戻る。

「さぁ、説明は以上だが何かあるか?脱出は遠隔操作の小型ボートで行う。始まったらハディージャが指示を飛ばしてくれるからそれに従うように。それでは、作戦名『聖杯』を実行する!」

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