第四章 『偵察』
【第四章 『偵察』】
〈2012年12月20日 17:30 オルカ号情報室〉
今は出番のない「アサシン」をリーに持ち帰らせたあと、所狭しと電子機器の詰め込まれたオルカ号の中枢部分、情報室に集まっていた四人はモニターを一心に見つめていた。アンドレは飲み物を取りに行ったきり戻ってきていない。
辺りが暗くなるのを待ってからアダムは「セイバー」「キャスター」「ランサー」の三機を上昇させる。ドローン特有のブーンという低い音を消すように設計してある上に、闇のように漆黒の本体色とステルス性の塗装加工が施されているのだから発見される事は目視以外はありえないはずだ。これはレイセオン社の最新技術を応用した型番M002号(TYPE-M002)の試作機で、今回は使用データを全て渡すという条件で提供してくれたものだ。
三機は均等な距離を保ちながら徐々に高度を上げていく。今回は「セイバー」を中枢機として設定したのでコレを中心に各機の位置関係やデータやり取り等を行う事になる。
ある程度の高度に達したところでモニターの前に設置されたパソコンと操作スティックを使い左右に展開するよう指示をだす。各機それぞれの情報を表示するモニターに映るビーコンの距離が段々と広がっていく。同時にカメラから送られてくる映像の視野も広範になっていった。
「三機の投入は衛星写真では分らない基地の細かい造りを把握する事と、搭載したセンサーを使って情報を集める事だ。詳しければ詳しいほど助かるからな。彼らには活躍して貰わないと」
後ろに立って腕組みをしていたウォーレンが説明口調で言う。
「えぇ、任せてください!」
新しい機械をいじれて楽しそうなアダムが威勢よく答えた瞬間にドアが大きな音を立てて開いたかと思うと、アンドレが入ってきた。
「おぉ?何か面白そうな事をやってやがるなぁ!俺にも触らせろよ!」
持っていたコーラのボトルを置いて近づいてくる彼をアダムが必死に止めようとする。
「馬鹿、お前みたいなガサツなやつが操作できるわけないだろ!早く離れろ!」
忠告を無視してアンドレが操作スティックに手を伸ばし傾けた瞬間、チープな警告音が室内に響いた。縦に三つ並んでいるドローンのデータ表示モニターの一つが真っ赤に点滅している。高度計の値がグングン下がり、均衡計は意味をなさない数字を指し示している。地面に向かって急降下、いや墜落しているのは「ランサー」だ。
体制を立て直そうとするアダムと、自分のミスの重さを知って泣きそうになるアンドレを見てイワンコフが笑いながら叫んだ。
「この警報はやばいんじゃねぇか?アンドレ、お前やっちまったなぁ!」
「俺じゃねえ!『ランサー』が勝手に…!そうだ、これは“運命”だから仕方ないぞ!」
アンドレの言い訳に応えるかのように警告音がピタリと止んだ。カメラからの映像が途絶え、計器類の数値は0を指している。――――墜落だ。アダムの抵抗虚しく「ランサー」は起動後数分でスクラップになってしまったのだ。
「おいアダム、落ちたのはどこだ?基地内だったらシャレにならないぞ!俺らの仕事が失敗するばかり、レイセオン社の秘匿技術まで中国の手に渡ることになるぞ?」
緊急事態であっても的確な指示を飛ばすウォーレンに言われてアダムが残りの二機を使って「故ランサー」を探す作業に入った。赤外線カメラと熱探知を使い周囲を空から捜索する。
「見つけました!基地の外の茂みに墜落しています。周囲に人影もないようです。『ランサー』の再起動を試しましたが反応しません。」
「とりあえず基地の外だったというなら及第点だな。最初の任務が墜落機の捜索になるとは……。明日の朝一番でリーに探させよう。二機で作戦は続けられるのか?」
「えぇ、多少時間は掛かりますが作戦自体に大きな支障はないはずです」
「それなら結構だ。どれくらいで出来る?」
「そうですね、3日あれば偵察すべき基地と島の一部の必要なデータは揃うかと」
「分かった。それじゃ、3日後にまた集まってくれ。ハディージャ、リーに回収の連絡を頼むぞ。アダム、人手が足りなかったらイワンコフを使え。ハディージャも手を貸してやるといい。アンドレは反省をしてろよ」
各々に指示を出し終わったウォーレンは情報室に残るアダムとハディージャを除く二人が出るのを待ってから自室に戻った。
「開始早々こうなるとはな。長い作戦になるぞ……」
度数の強い酒を一杯引っ掛けたあと倒れ込むようにベッドへとダイブした。
〈2017年12月22日 19:57 オルカ号船内〉
リーから連絡が入ったのは今からちょうど30分ほど前だ。何かすごい情報を手に入れたらしく、興奮した声で集まるように指示したあと、午後8時にもう一度連絡をよこすと言っていた。
ジッと待つこと数分、リーからの無線が入った。こちらが言葉を発するよりも早くリーが報告に入る。
「こちら永興島のリーよ、聞こえてる?やったわ、凄い情報を入手しちゃったわよ!これで一気に作戦が前進するはずだわ!」
「こちらオルカ号のウォーレンだ。聞こえているぞ。まずは墜落した「ランサー」の回収ご苦労だった。それで、何を手に入れたんだ?とりあえず結果だけ頼む。」
「『聖杯』の保管場所と保管方法を聞き出したわ」
「それはMr.スミスの言うデータで間違いないんだな?でかしたぞ!」
「あとで何か奢ってもらわなくちゃいけないわね」
「あぁ、わかった。それで、詳細はどうなんだ?」
「『聖杯』は何重にも保護システムの掛かったサーバーに保管してあるらしいの。つまりオリジナル・データはここには無いってことね」
「要するに、私たちがデータを奪取するにはそのデータを何とかしてコピーすることで入手するしかないって訳ね?」
ハディージャの質問をリーがすぐに否定する。
「いえ、そこまで面倒くさいことをする必要は無いわ。オリジナルのデータが保存されているのは本土のサーバーなんだけど、各データは種類ごとに小さな“箱”って呼ばれているボックスにバックアップ保管しているらしいの。緊急事態が起こった場合にオフラインにした上で持ち運べるようにって。それでここからが重要なんだけど、スミスさんが言っていた『南シナ海での活動に関するデータ』がバックアップ保管されている“箱”があるのがこの永興島なのよ」
「つまり俺らはその“箱”とやらを持ち出せばいいって事か?」
「そういう事になるわね。ただし“箱”は基地司令官の指紋認証で持ち出す操作をしなければならないけど」
「いや、そこまでやってくれれば十分だ。それよりも、どうやってそんな情報を入手したんだ?」
「20日の帰り、売春宿を見つけたのよ。そこで階級の高い軍人が来るか聞いたら、来るって言うから金をいくらか握らせて私の方に回してもらったの。そしたら副司令官がノコノコと来たから媚薬って偽って弱い自白剤を飲ませたの。彼、面白いほどにペラペラ喋るし、そのうち愚痴になり始めるからから聞いてるこっちが疲れちゃったわよ」
「どうりでこんなにも詳しい情報を手に入れられた訳だ。データに関しては十分だとして、地下での実験については聞か出せたのか?」
「その事なんだけど、私が遠回しに質問しても固く口を閉ざしちゃうのよ。頭の中にストッパーがあるみたいに」
「なるほど…弱いとはいえ、自白剤を飲ませても喋らないとなると、よほどの事を隠しているとみえるな…」
会話が一段落したところで今まで黙っていたイワンコフが後から意地の悪い笑みを浮かべながら声を飛ばしてきた。
「それで?リー、そいつとはヤッたのか?」
「あんた、そんな事にしか興味がないのね。全く、男って本当に最低よ!」
「で?ヤッたのか?ヤラなかったのか?」
「…えぇ、シたわよ。あいつ、背中に爪を立ててくるのよ?引っ叩きそうになっちゃったわ」
「ハハッ!リーの平手打ちは厳しいからなぁ!」
馬鹿みたいに大きな笑い声を立てながら傍らに置いたウィスキーを口へ運んだ。遠くで聞こえるウォーレンの叱責が止むのを待ってリーが続ける。
「それで、明後日24日に基地内に行くことになったわ。副司令官じきじきのご氏名よ。これで中に入り込むことができたわ」
「本当か!24日だな?ちょうど明日アダムがやっているドローンでの観測が終わる予定だから、明日の夜にもう一度作戦会議を開こう。リー、頼りにしてるぞ」
「えぇ、任せておいてよ!」
プチッという音とともに無線が切れたあとでウォーレンはヘッドホンをして作業をしていたアダムに向かって今の会話の内容を伝えた。
どうやら今回の依頼についても、風向きが良い方向へと変わってきたようだ。大きな期待を胸にしながらウォーレンは寝室へと向かっていった。
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