第三章「偵察」
【第三章「偵察」】
〈2017年12月20日 中国 海南省 三沙市 永興島〉
安ホテルの鏡の前でリー・フェイはジーンズにTシャツ、眼鏡という普段からは想像できない格好で立っていた。いつもは結んでいる長い黒髪を下ろし、右肩からバックを掛けている。
「ハァ…。」
決心と緊張の交じる大きな息をついてパスポートを見直す。真顔で撮った写真の自分が見返してくる。右側に視線を向けると創り上げられた偽装の経歴が並んでいる。名前は盛美霖、1980年7月15日生まれで籍は上海市静安区。上海大学卒の上流階級で未婚。IT関連企業を退職して現在はフリーカメラマンとして活動しているということにした。
普段は情報部門として後方支援をしてきたので実際に外に出ての諜報活動は現役の時以来だ。それでも数日間の内に詰め込んだ知識と技術はしっかりと身についている。それを証明するかのようにベッドの上においた鞄に目をやる。このスーツケースと鞄にはカメラ機材に偽装して分解されたドローン達が隠れてる。この任務の重みを方にズッシリと負いながらも、ワクワクする気持ちを隠しきれないまま玄関の扉を開けた。
〈2017年 12月20日 13:16 永興島 〉
2km²前後の小さい島にある唯一の繁華街である寂れた商店街にリーはいた。まずは自分の足で確認するという現役時代のモットーをもとにブラブラと歩き回っていた。カメラマンとして来ている以上はある程度の枚数の写真も撮っておかなくては怪しまれるだろうし。
特に考えることもなくフラッと入った店で冷凍食品感丸出しのビザを食べながらスマホを開く。島に入る時に観光地図は渡されているものの、島の全体図と現在地を知るにはGoogle Earthが一番だ。普段使うオルカ号の高性能コンピュータからかけ離れた処理速度の遅い中国産スマホにイラつきながら読み込みを待つ。中国、ましてや軍管轄の島にいるのだから高価なスマホ一台で怪しまれるのは回避しなくてはならない事を思い出して、渋々我慢する。
ようやく表示された島を眺めながら次の行動を考える。島の約6割程を占めているであろう基地と、来るときに降りた港、そして長い滑走路が目に入る。しばらく考えたあと、地図にピンを挿して目的地を示し店を出た。
〈12月20日 14:35 永興島 北西部 港〉
狭い島を自転車で移動し、リーは永興島の玄関口の一つである港に着いた。月に一度この島にやってくる補給船が着いたり、時々観光客が来るくらいで、どうも活気とはかけ離れた港だ。ただし、一隻の船を覗いて。
中国政府は昨年この港に比較的大きな石油貯蔵施設を建設したのだ。目的は民間用と軍事用の両方だろう。永興島をこの海域の拠点にするという計画を着実に進めているわけだ。この日も小さくはないタンカーが一隻止まっていたのだった。
港、タンカー、貯蔵施設の写真を数十枚撮ったリーは次の目的地に移動し始めた。向かうのは今回の調査の一番の目的を実行するにふさわしい場所だ。
〈12月20日 15:10 永興島 東部〉
島の中心部に残る緑の一帯が途切れ、目の前に基地のフェンスが見える。先程Google Earthで確認しておいた絶好の場所だ。
周りに最新の注意を払いながら隠れられそうな場所を見つけるため少しうろついた後、肩にかけていた大きくて重たいバックを地面に下ろしたリーは、再度周囲を確認してバックのファスナーを空け中身を取り出す。出てきたのはカメラに取り付ける巨大な望遠レンズや三脚と言った撮影機材だった。
地面にビニールシートを引いて並べた機材を一つ一つ分解していく。するといくつもの細かい部品のようなものが現れた。三つの望遠レンズの中から折りたたまれた機械を取り出し、バックの二重ポケットや二段底の中からもなにやら取り出した。
ここまでして、ふと思い返したように後ろを確認し、安全を認識出来たリーは作業を続ける。取り出した部品や機械らを組み立てながら呟く。
「改めて見ると思うけど、よくこれだけ詰め込んだわね。まるで日本のアニメの四次元ポケットじゃない」
組み立て終わった後、彼女は拝借してきたレンタカーのバッテリーを使って無線とドローンの充電を始めた。
〈12月20日 16:42 永興島 東部 〉
ザーーという音がして飛び起きたリーは時計を確認する―――4時42分。どうやら作業が終わって安心したのか1時間ほど寝てしまったらしく、見ると充電の完了を示す緑色のランプが点滅していた。
再びザー…ジリジリ…という電子音の後に女性の声が流れた。
「…ィ?リー・フェイ?」
この声は……ハディージャだ。充電完了と同時に船に信号が入ることすっかり忘れていた。慌てて無線に向かって返事する。
「ハディージャ、私。無事に四体とも充電完了よ。このあとどうすればいい?」
「リー、無事なのね。無線の電源が入っても連絡がないから心配したのよ!」
「ごめんなさい、うたた寝をしちゃったみたい。でも異常は何もないから大丈夫」
「大丈夫じゃないわ!今回の作戦はあなたの偵察に掛かっているよの?危機管理が甘すぎるわよ!久々の屋外任務だからって――――」
心配と説教を交互に口にするハディージャを静止してウォーレンが割って入った。
「もうそのくらいで良いだろう。リー、何も問題はないんだな?よし、なら作戦を続けよう。アダムに代わるぞ?」
「了解よ、“隊長”。」
受話口からアダムの声が流れてくる。
「俺だ。そっちの状況はどうだ?あぁ天気のことだ」
「雲が少し出ているけど晴れよ。でも日が沈み始めているわ」
「今日の日の入りは17:40前後らしい。ちょうどいいぞ。そしたら出発前に指示したが、こちらの指示通りに動いてほしい」
「まずどうすればいいの?」
「最初に四機をそれぞれ1m離れるように置いてくれ。その時出来るだけ地面を平らにしてゴミを取り除いておいてくれ」
しばらくの間の後連絡がはいる。
「終わったわ。次は電源を入れるのでいいのよね?」
「あぁ、そうだ。起動したらあとはこっちでやるから離れてくれ」
電源を入れながらハディージャが無線に向かって声を飛ばす。
「それにしても、よくこれだけの量をバックに詰め込んだわね。まるで日本の――」
言いかけたところで、ここぞとばかりにアンドレが叫ぶ。
「ドラえもんだろ!?あいつの四次元ポケットみたいだろ?」
「ええ、そうよ。そう言おうと思っていたところ。全て起動したわ。私はもう帰っていいのかしら?」
またアンドレが口を開く前に話をウォーレンへ振る。
「あぁ、あとはこちらから操作出来るから一旦宿に戻って結構だ。くれぐれも気を付けろよ」
返事をして無線を切ったリーは片付けをし、温かい食事とシャワーを求めて宿へと帰り始めた。
帰り道、ある物を見つけた彼女は鞄の中の札束を握りしめながら中に入っていった。
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