never……

灰皿穴

別々の道へ……(完結)

今日は今の彼と最後のデート。もうこれが終われば2人は別々の道へ人生を進めることになるだろう。確かに、彼といて楽しかった。たくさん笑い合えた。今でもずっと一緒にいたいと思った。でも、彼にも、私にも、私以外の、彼以外の、好きな人ができた。と、いうよりお互いに浮気をしていた。

最初は私からだった。彼は口にも態度にも出さなかったけど、とても怒っていた。悩んでいた。悲しんでいた。何より、悔しがっていた。そして、彼は

「俺よりも素敵な人がいたんだな。いいんじゃね?お前とお似合いの人だと思うし幸せになってくれるならそれでいいけどな。まー、昔から男見る目あるだろ?間違ってないはずだよ」

彼は優しすぎる。何年間も彼の隣にいれば分かってくるよ。フッって語尾に付けること。嘘ついている証拠だってね。頭をポリポリとかくこと。不安になっている証拠だってね。左手の人差し指に付いている指輪を付けたり外したりすること。伝えたいことがあるって証拠だってね。

それが全部出ていた。そうだよね、ごめんね、私が全部悪いんだよ。

その1ヶ月後、夏に友だちと海へ行ったら素敵な人がいたって私に言ってくれたよね?その人とも気が合って、私よりその人を見るようになって……。それってつまり、好きになったんだよね。前に浮気をした時、首ばかり触ってたよね。悪気、感じてたんでしょ?正直、辛かったよ。でも、それ以上に彼を辛くさせてしまったんだから仕方がないよね。

明日は彼の少し洒落た車でお互いが知り合って初デートの最後に通った海岸まで車を走らせるみたいだね。あえて途中で挫折した本の821ページにメモが挟んであったよ。記念日も忘れない人だから、8月21日―――お互いの記念日。別れてもその日には彼のことを思い出してしまうんだろう。そんな気がしてきた。ちなみに、126ページに今年の誕生日プレゼントを買うお店書いてあるメモがあったよ。おバカさん。

明日で5回目の記念日。一時期は同棲して、毎日のようにお酒を飲んで馬鹿みたいに話したよね。それがなくなってしまうなんて考えられなかった。検討もつかなかった。音楽が好きな彼、ナポリタンは世界一の彼、私が背伸びをしても届かない彼、頭もいい彼、チャラいけど家族思いな彼、身の程知らずの彼……喧嘩もたくさんしたのに彼の良いところしか思い浮かばない。彼色に染まったのだろう。


朝が苦手な私のためにデートは毎日お昼過ぎからしてたよね。今日もその時間に彼が思い出の黄色と一緒に迎えに来た。顔は整っているのにファッションには無頓着な彼。今日も彼らしい服装で安心した。彼と行く国道で私が好きな失恋ソングが流れてきた。お互いが夢を持って歩く綺麗事を並べた大嫌いで大好きな曲。そんなことはなかったけど別れることは同じだからって今だけは失恋ソングなんか聴きたくないよ。

海岸線が見えてきた。そこで彼がCDを変えた。新しい曲かと思った。それとも、馬鹿みたいな深夜に彼の家へ行った時にかけていた曲かな?


君が好きだと伝えていいかな?何にも嫌じゃないかな?


このフレーズに驚いた。初デートの時、この海岸線を走り抜けた時に流れてた曲だった。海岸線はあの時と変わらない。けど、2人の心は変わっていた。だから同じ曲なのにどこか違う感覚がしたんだと思う。そんな懐かしさと新しさを感じながら海へ着いていた。お互いに車から降りようとしなかった。

あの曲のように海岸が変わってしまいそうで、海の家の焼きそば、かき氷、ビールの味があの頃と変わってしまいそうで怖かった。彼の左指に付いているキラキラ光る物が動いて見えた。けど私には何か分かった気がした。でも、半分分からない。私たちも知らずにすれ違って、2度と合うことのない鍵口と鍵のようになってしまっていた。もう手遅れだった。


私の家まで約5分、何も言葉も交わさずに最後のデートが終わろうとしていた。その時に流れた曲が聴いたことのない曲だった。


― これまでと同じようにこれからも笑っていけるように―


そう信じて彼は思い切りアクセルを踏んだ。そして、「今日はありがとな。またね」と、聞こえるか聞こえないかの声で囁いた。

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