AIPET
雪見饅頭
レビューは基本あてにならない
カーテンの隙間から入ってくる日の光に、顔をしかめながら目を覚ます。枕元に置いてあるスマホの画面を見てみれば、時刻はもうすぐ昼の一時。少しばかりの空腹を感じ、のそりとベッドから抜け出し下の階に降りる。リビングに行ってみれば、テーブルの上にラップにくるまれたサンドイッチがあった。サンドイッチを乗せている皿の下には、何かの置手紙。親からのもので、内容は『たまには学校に行ったら?』というもの。
「……大きなお世話だ」
手紙を破いてごみ箱に捨てた後、サンドイッチに手を伸ばす。食事をしながら、スマホを弄る。ゲームアプリを起動し、もはや作業といえるレベルに手慣れた操作をするだけ。意味なんてほとんどない、ただの暇つぶし。
「……飽きた」
アプリを閉じ、そのまま
『新体験!? ペットアプリ:AIPET《アイペット》』
こういったサイトで、『新OO』とかいううたい文句を付けるやつは大抵ハズレなことが多い。でも、なぜかその時はそれが気になったから、そのリンクをタップして、先に進んだ。リンク先には、そのAIPETとやらの詳細と、ダウンロードのアイコンがあった。スクリーンショットなどはなかったが、AIPETとは要約すると、スマホの操作を自動でやってくれるアプリらしい。操作法も画面に映し出されるペットに音声認証で命じるだけとのこと。ちなみにペットは犬や猫などの基本的なものから、爬虫類までさまざまな種類があるとのこと。
「……嘘くさ」
全体を見て、最初に感じたことはそれだった。全体的に胡散臭い。特にレビュー。評価平均が星5とか、逆にというかなんというか……おかしい。コメントも、具体的なものは書いておらず『よかった』などと簡単なモノばかり。これでダウンロードしようと思うやつの気が知れない。
「……まぁいいか」
面白くなければアンインストールすればいいし、何かしらの請求などをされたとしても無視すればいい。そう安易に考え、インストールのアイコンをタップした。……それがあんなことになるとは、その時は考えもしなかった。
『ペットの容姿を設定してください』
インストールが終わり、アプリを起動し、まず最初に表示されたものはそんな文字だった。文字が表示された後、たくさんのアイコンが表示された。アイコンの下にはイヌやネコの名前が英語で表記されていることから、ペットの容姿の選択画面なのだろうと察せられる。サンドイッチも食べ終わり、自室に戻ってベッドに寝転がりながら、何を選ぶか考える。
「……まぁ、犬でいっか」
何が好きとかないし。犬のアイコンをタップすれば、次はこんな表示がされた。
『性別を設定してください』
「どっちでもいいよそんなもん」
ペット、それも仮想の存在に性別指定してもどうしようもない。とりあえず右手でスマホを持っていたので、右側に表示された『♀』のアイコンをタップする。そうすれば、『AIPETが生成されました』という表示がされ、読み込みが始まる。しばらく待ち、画面が一度暗転した後に、
『初めましてマスター! 私はペットAI、ワンコ
「……」
ブツリ。
犬耳と尻尾を生やした、デフォルメされた白髪巫女服少女という、いろいろ狙いすぎてちょっとカオスな存在が出てきたので、無言で画面を落とした。疲れているのかと、目頭を揉んで、ふぅっと一息ついた後に、もう一度画面をつける。
『初めましてマス――』
ブツリ。
やはりデフォルメわんこ少女が表示されたので、再び画面を落とす……が、今度は何も操作していないにもかかわらず、パッと画面が表示された。
『何をするんですか!』
そこには、プンプンという様子を絵で表現するならこれだろうというような感じのデフォ……もうわんこでいいや。そのわんこが怒った様子で存在していた。
「……なんなのオマエ?」
『ペットAI:ワンコ
それはさっき聞いた。
「そうじゃなくて、なんで僕のスマフォの中にいるのかって」
『それはあなたがAIPETをダウンロードしたからですよ?』
「……つまり、お前がAIPETとやらのペットであると」
『はい!』
元気よく返事するわんこ。どうやらAIPETはそういった類のアプリだったようで、さっそく騙された僕は、その場でため息をつくのだった。
『我々ペットAIは、マスターのスマートフォンやPC、タブレット端末などの操作を手伝う兼癒し要素のために存在しています。今やってるみたいに音声認証を利用した会話ができるため、ご要望の際はそれを利用してくださいね! それでは何か質問はありますでしょうか?』
「お前が癒しかどうかは置いておいて聞きたいことが一つ」
『なんでしょう?』
わんこが続けるAIPETの説明とやらを聞き流しながら、先ほどからずっと続けていた作業が上手くいかなかった僕は、さっそくペットAIとやらを頼ってみることにした。
「さっきからそのAIPETのアンインストールをしようと思ってアンインストールのボタンを連打しているのに反応しないのはなぜ?」
『それは私がさきほどから阻止しているからですね』
「おいこら」
『だって! そんなことされたら私消えちゃいますよ! ダウンロード先のスマフォでAIが生成されるからダウンロード元にバックアップなんてないんです! 消えちゃいます!』
「人のスマフォでAI作成とかそんな高い技術どっから持ってきたし」
『企業秘密です!』
大きくバツ印が書かれた看板を掲げてそう言ってくるわんこに、少しイラッとする。まぁいい、それじゃあたった今出来たもう一つの質問をすることにしよう。
「さっきから何の操作もしてないのにAIPETのレビュー画面が開かれているのはなぜ?」
『私がいまからレビューを書くからです。もちろん評価は星5で』
……うすうす考えてはいたがこれで確定した。AIPETはペットアプリなんかじゃない。悪質なウィルスアプリだ。
「どっか専門のとこ持っていけば治るかな」
『その場合は外部からのアクセスをシャットアウトするので無駄ですよー』
「ふざけんな」
『それは置いておいて、そろそろマスターのことを教えてください』
置いておくな。
「僕のこと? なんで教えなきゃいけない――『
『スマートフォンのプロフィールや某SNSのつぶやき等を覗かせてもらいました!』
「おい個人情報」
『それじゃマスター改め崔斗さん。私に名前を付けてください!』
「名前?」
『はい!』
そういって、わんこは期待を込めた表情でこちらを見てくる。めんどうくさいけど……今のところの経験上、こいつは引き下がらないんだろう。だったら適当に決めてそれでおしまいにした方が早い。
「じゃあシロで」
『それ絶対私の外見でパッと思いついたもの適当に上げましたよね?』
「文句ある?」
『いえ、まったく。それじゃ今日から私はシロです! 崔斗さんよろしくお願いしますね!』
「オーコンゴトモヨロシク」
よろしくといってくるわんこ改めシロに対し、かなり適当に返す。正直よろしくしたくない。
『それじゃ崔斗さん。早速質問があります』
「なに?」
『十四歳ってことは学生ですよね? 今日は平日ですし、学校はどうしたんですか?』
「……」
『崔斗さん?』
問われた内容がないようなだけに、押し黙ってしまう。
『崔斗さーん?』
「……いろいろあんの」
『いろいろって……』
自分で言うのもなんだが、難しい年ごろなのだ。ちょっとのきっかけで、学校に行かなくなり、引きこもってしまう。そんな、難しい年ごろなのだ。
「いろいろはいろいろなの。もう質問はない? なら僕はゲームでも――」
『――崔斗さん』
「――ん? こんどはなに?」
少し沈み気味になった気分を変えようと、ゲームアプリを起動しようとしたところで再びシロに呼びかけられた。そちらを見れば、じっとこちらを見ているシロと目が合う。
『学校に、行きましょう』
「……は?」
『十四歳という青春真っ盛りの子が自宅で引きこもりとかダメです! 外に出ましょう! 学校に行って青春しましょう!』
「やだよ」
『行かないというならスマフォを弄らせませんよ! アプリロックしますよ!』
「なんてことをしやがる」
絶賛引きこもり中の僕に娯楽の制限は効く。この短い間で僕の操り方を学ぶとはやりおる……だがしかし。
「学校に行くくらいならスマフォ使えない方がましだね。それにPCもあるし」
そう、スマフォが使えなくてもまだパソコンがあるのだ。立ち上がって机に向かい、デスクトップの電源を付ける。
『残念でした! すでに崔斗さんのPCとは同期済みです!』
「おのれ……っ!」
しかし映し出された画面にはででんとシロが
『さぁどうします? このまま自宅で何もできずに退屈な一日を過ごすか。家を出て学校に行き、青春を謳歌するか。どっちがいいですか?』
「どっちもいやだ」
『人には選択をしなければいけない時があるんです! さぁさぁ!』
「少なくともそれは今じゃないと思う」
『今やらなくていつやるんですか!』
結局、僕は押しに負け、学校へと行くことになってしまった。それからも、こいつのせいでいろいろな面倒ごとが起こるのだが、それはまた別の話。
「……熱い。やっぱ無理。明日から頑張る」
『そういう子はいつも頑張らないんですよ! 暑さに負けちゃダメです!』
今はとりあえずこの殺意にあふれている日光からどう逃れるかが重要だ。
AIPET 雪見饅頭 @Sanada-aoi
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