第10話 ―最高の成長率!?―

「ふう、やれやれ!」


 お嬢様が帰ったあと、いつものように店主は武器や防具の手入れをしていた。店内には沢山の武器や防具が置かれている。でも、そのままにしておくと、ホコリや湿気から錆び付いてしまうのだ。


 『外国製高級馬車には、家紋はなかった。きっと、ワザと外しているのだろう。だから、どこの者かは分からなかったが、でも普段であっても、あれだけの警護といい、これは何かを隠しているという事だろうな……』


 でも、店主は乾いたボロ布でホコリを落とし、磨いていった。その後は、薄く油を塗っていく。そうやって手入れをしながら、お嬢様の事を考えていた。


『なにより、お祭りの時の事だ!あれだけの警護装備で行くくらいだ。並みのお嬢様ではない事は確かだ』


 普段の店主であれば、すぐに相手の素性を探る所なのだが、今回は違っていた。


『お嬢様の正体を調べようと思ってはいたが、それに伴いこっちが動くと、自分の素性がばれる気がするから、うかつには動けんな』


 店主はとても警戒していた。店主は色々と考えつつも、いったんやめ、店の奥にある炉に火を入れに行った。


 普通の武器屋は武器や防具だけを売っている。もし、剣などが壊れ直すとしたら、それは鍛冶屋の仕事だった。だが、店主の武器屋は武器だけでは生活ない事も考え、鍛冶屋の真似事もしていたのだった。


 炉は耐熱レンガで出来ていて暖炉のよう見えるが、暖炉で言えば薪を入れる所が、胸の高さになっていて、そして何よりも薪ではなくて石炭が置かれていた。炉の左横にはT字の取っ手がついていた。


 T字の取っ手はフイゴのものであり、さらに高い温度が出せるよう石炭の横から空気を送れるようになっていた。その昔は、足踏みのもあったが蛇腹式で、一度踏むと戻るまで時間がかかり、温度が下がってしまう。このT字の取っ手は押しても引いても、絶えず空気を送れた。


『そういや、初めて作ったのはナイフだったな』


 と、店主は思いながら手袋をすると、炉の側にあった煤(すす)汚れた缶を手にした。この缶のフタには小さな穴があり、中には包帯のように巻かれた綿の布が入っていて、あらかじめ缶ごと燃やして中の布を炭化させていた。


 店主は缶を開けると、炭化した綿の布きれを引っ張った。この黒い布は火付け用の炭化布になるのだ。引っ張った炭化布をナイフで少し切ると、今度は瑪瑙(めのう)で出来た火打石(ひうちいし)の上に置いた。


『それから近所の包丁や、農具の鎌なんか作ったり直したりしたな』


 次に店主は板状の、焼入れをした鋼(はがね)で作った火打金(ひうちがね)を持つと、炭化布に火花で着火出来るように、火打石に火打金を打ちつけた。


――カチンッカチンッ!


 すると、炭化布が火を出さずジワジワと燃えた。それを今度は、ほぐした麻の玉に包み、店主が息を吹き込むと、次第に煙が出てきた。


――ボウッ


 そして、一気に火を出し燃えた。


 店主は燃えた麻玉を炉の中に入れると、紙のように薄い板棒を何本も入れた。しだいに板棒に火が移っていった。少しすると炉の中に焼け残っていた炭にも火が回り、そこに新たな炭が入れ、店主がフイゴで強く踏み空気を送ると本格的に炎が上がった。


「こんなもんか」


 炎が上がった所で店主は炉から離れ、また手入れを始めながら考えた。


『しかし、お嬢様には困ったものだ、あんな奴は初めてだ!最強の剣をくれ!!から始まって、ついこっちもムキになってしまったが……次の日には剣術を身につけている』


 これには店主もビックリした。

 

『剣の受け方、正中心、突きに受け返し。そして、正中心を理解した上で出来る、引き切りに押し切り……余りにも習得が早すぎる!!』


 普通なら、何年もかけて習得していく事だった。それも修練に修練を重ねて。なのにそれを飛び越えるように、お嬢様は身につけていってしまう。


『いったい、どこまで身につけるのだろうか?お嬢様に教えるのは、珪藻土(けいそうど)に水をたらすがごとくだ!どんどん吸収していく!!』


「うーん、凄いな!!」


 と、つい店主は独り言を言ってしまった。それだけの驚きが、お嬢様にはあるのだ。


『でも、確かにいるのだ。まれに、息をするかのごとく、すぐにそして自然に身につけていく人間が。元から持っている才能。つまりは天才か?もはや、天賦(てんぷ)の才と言えるだろう、あれは!!』


 生まれながらに持っている資質。その片鱗を見るたびに、つい店主は教えてしまうのだ。そして店主は、うっかり抜刀の奥義まで教えてしまった。


『どこかで剣術は習え!って言っていたのは俺なのに。もはや、剣術指南だよな!!』


「フフッ」


 そう思うと店主は、つい笑ってしまった。余りの習得率の高さに、つい教えたくなった!正直、そんな気持ちはあった。


 でも実の所、なぜ自分が、お嬢様の相手をしてしまうのか?分からない所もあった。


『いや、それだけではないな……』


 店主が、お嬢様にかまってしまう理由。それは、警護の時に分かってしまった。


『そういう事なのか……』




「おっ、お祭りに行ってみたいのじゃ」


 その言葉に店主は、ふと遠い日の記憶が呼び起こされた。


――お祭り一緒に行ける?


 目に涙をため、下から見上げる小さな瞳。


「うっ」


 急に目頭が熱くなった店主。




『そうか、死んだ妹に似ているからか……』


 お嬢様に店主は、ずっと昔に亡くなった妹の仕草や言い方が、お嬢様に重なって見えていたのだ。


『だから、あんなにかまってしまったのだな』




「生きてたら……」


 店主の目に在りし日の姿が、お嬢様と重なった。


――お兄ちゃん、お祭り一緒に行ける?


 目に涙をため、下から見上げる小さな瞳。遠い日の記憶。


『そういえば妹は、お祭りが大好きだったな。俺が友達と行くっていったら、一緒に行くって聞かなくて……』


 もはや、存在のそのものが重なって見えたのだ。


「何か申したか?」


『生きていたら、このくらいか』


 と、店主は目を細め、お嬢様を優しく見ていた。


「生きてたら、嬉しい事あるよな!!」


 店主はとっさに誤魔化した。




 お嬢様との会話を思い出し、店主は確信したのだった。


『きっと俺は、お嬢様の成長を見てみたいのだな』


 そう、思うと納得した。そして、お嬢様の姿を思い浮かべると、心がなんだか温かくなっていくのを店主は感じていた。


『いいもんだな。でも……』


 でも店主は今後、お嬢様が剣を持つ事についても考えていた。


『剣を持つという事は……もし、本当に斬り合う事になるのなら、いずれその対価を払う事になる。その事を、お嬢様に伝えなければならない。いや、その覚悟の確認をしなければ!』


 店主の表情が険しいものになった。


「ふぅーっ」


 と、店主は息を吐いた。


―コキッコキッ


 勢いよく首を傾けると、関節が鳴った。


 武器と防具の手入れがひと段落した所で、店主は店の奥にある暖まった炉に向かう。炉の側には、お嬢様が使った計測用の両手持ち剣があった。店主は、両手持ちの剣を見た。盾を持って戦うなら、片手持ちの剣だが、初めての剣なら基本が分かる両手持ち剣が良いだろうと、店主は思って選んだのだ。


「えっと、お嬢様の剣は……柄赤、中、太か」


 店主は、剣の柄の色と書かれた文字、柄の太さを確認した。柄赤、中、太とは、赤い柄は重心が柄よりを意味し、重さが中ぐらい、柄は太目という事だ。


『まあ一応、作ってはみるが、もしかしたらこれは無駄になるかも知れないな』


 原料の四角くい鉄の塊を炉に入れた。


――ゴーッ!!


 すでに熱くなった炉に、フイゴで空気を送ると鉄はどんどん熱くなり、熱でだんだん光り出した。鉄の光が赤から、そして黄色になった。十分に熱した所で、店主はヤットコで挟み取り出すと金床(かなとこ)に置き、ハンマーで叩いた。


――カン


―カンカン


『でも、もしかしたら、もっと先の世界へと進むのかもしれん』


 鉄は叩く事で不純物がのぞかえるが、それ以外にも大切な事がある。硬さが増す。何度も何度も叩き鍛えていった。


『しかし、剣とは不思議な物だな。俺も自分が剣を作るようになってから分かったが、まさか剣に人の方が支配されているとは思わなかったな!』


――カン


―カンカン


『実は、無意識に剣に合わせてしまうのが人間だ。でも、無意識に剣が人間の能力を高める事もある。だから、武器のフィッテングをやっている訳だが……』


――カン


―カンカン


『もしかしたら、お嬢様はアイツに並ぶ、女剣士になるのかも知れないな……』


 店主はアイツと呼ぶ女剣士の姿を思い浮かべながら、お嬢様ももしかしたら、そうなるのでは?と、そんな夢を思い描きながら鉄を打っていく。


――カン


―カンカン


 そしてそれは、いつしか剣の形になっていった。お嬢様の剣は重心が柄よりなので、剣先から柄に向かい厚みをつけていった。そして、柄は通常よりも太くした。あとは後付けの鍔(つば)の形や厚さ材料で重さを変えで重心の調整の予定だ。


 だいたいの形が整った所で、今度はヤスリで細かく整えていると、また炉に入れた。今度は、黄色の高い温度ではなく、それより低いが赤い炎で熱した。十分に熱が回った所で、剣の形の鉄を油に突っ込んだ。


――ジュウーーー!!


 焼き入れだ。これでさらに硬くする。だが、しかしこのままでは硬いがもろくなるので、粘りを出すため店主はさらに低い温度で焼く、焼きなましを行った。




――ピー


―ピーピー


 鳥の声が聞こえた。気づけば外は明るくなっていた。ちょうど仕上げの研磨が終わった。


「もう、朝か」


 そう、つぶやく店主の手元には今、生まれたばかりの真新しい剣が握られて……







 朝日に光っていたのだった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る