第11話 ―最低の確認!?―

『もう少し、もう少しだけ……見てみたい……でも』


 そう店主は思っていた。今日は、今までの剣術のおさらいをした。そして、店主は早めに切り上げると、お嬢様と店内で話す事にした。




「明日は、実戦に出ようと思う」


 いつになく真剣な表情の店主。


「それは嬉しいのじゃ!」


 それに反して、お嬢様はとても嬉しそうだ。


「だが、その前に最低限、確認しておきたい事がある」


 店主の言い方に空気が変わった。


「何をじゃ?」


 お嬢様も慎重になって聞いた。


「なあ……」


 店主はジッと、お嬢様を見つめる。


「本当に……相手を切れるのか?」


 店主に言われ、お嬢様は店主の目を見返した。


『切れる自信はある!』

 

 と、お嬢様は思いコクンと、うなずいた。


「今から『殺す』事にについて少し教える。それを聞いて、つらく思うなら、もう剣術は終わりにしよう」


 店主は丁寧に、そして優しくお嬢様に言った。店主からなにやら覚悟を決めたのを、お嬢様は感じ深くうなずいた。


 緊張感が増していく。その緊張感の中、お嬢様に冗談まじりに店主は言った。


「つらくなったらすぐ言え。吐かれても困る」


 そう言って、店主は話を始めた。


「まず想像して欲しい。相手がそれなりの防具を着て、剣を構えている。想像出来たか?」


 お嬢様の前に、剣を構えている男の姿が浮かんだ。


「出来たのじゃ」


「首には太い血管がある。だからそこを切れば殺せる。だが、簡単には切らせてもらえないだろう。だから……まずは腕を切り落とす」


「腕をか?」


 お嬢様は想像の男の剣を握っている腕を切った。剣が腕ごと落ちた。


「ああ、腕か、もしくは指だ。親指なんかいいぞ。二度と剣が持てなくなる」


 店主の目が、どんどん冷たくなっていく。


ゴクン


 と、お嬢様は唾を飲んだ。


「膝の内側もいい。立てなくなった所で首を切り落とせ。口の中に剣先をぶちこんでやってもいい。眼でもいいな」


 お嬢様は目を細め出した。想像の中の男が、自分の手で滅茶苦茶になっていく。


「もし、鎧を着てなくて普通の服なら腹を刺すんだ。腹なら的が大きい。刺したら剣を回せ!刺しただけではダメなんだ!内臓を掻(か)き回すんだ!!」


 その想像に伴い、お嬢様の顔が険しくなってきた。


『それでは相手は、もだえ苦しむのではないか!?』


 お嬢様は歯を、ギリギリと噛み締めていた。


「もだえ苦しんでいたら、それは成功だ!相当な激痛を相手は感じているのだからな!!そうなれば、立つ事も出来ないだろう」


 店主は冷たく言った。なおも店主の話は続く。


「いいか?次ぎは心臓だ。心臓は難しいぞ!胸の骨よけて、下から突くんだ!それか……真っ直ぐなら刃を横にして刺すんだ。なぜなら肋骨が邪魔だからだ。横にして肋骨の間から刺しこめ!」


 店主の身振り手振りに、お嬢様は口に手を当てる。お嬢様の胸は苦しくなった。


「背中なら、左右腰骨の上、そこに腎臓がある。ここなら致命傷だ。基本は、体のどこに刺しても、ちゃんと捻(ひ)って……掻き回す事だ!中で血管が切れ、血がたっぷりと出るんだ!!」


 お嬢様は身を引き、うつむいた!!もう、限界なのかもしれない。


「と、言う話は……」


『やっと話が終わるのじゃ』


 そう、お嬢様が思った時だった。


「どうだっていい!ここからが本題だ!!」


 お嬢様がビクッとする。


「たとえば首を切る!で、問題は切ったあとだ。お嬢様は切り口を初めて見る事になる」

 

 店主は自分の首を切るマネをした。


「その瞬間、いったいどう気持ちになるのか?どんな心になってしまうか?は……誰にも分からないんだ」


 いつもの店主に戻っていた。でも、お嬢様は下唇を噛みながら話を聞いていた。


「昔、とにかく一番、練習では上手い奴がいた。でも戦場で、他人が切ったのを見た瞬間に、、そいつは気絶した。他人が切ったやつだぞ?そして、そいつはその後、戦場に立てなかった」


 店主の顔が辛そうだった。


「殺した相手を見て、その場にしゃがむ者、仲間に切りかかる者。自分がした事、関わった事に耐えられずに、おかしくなる奴を俺はたくさん見たて来た」


 店主は切ない目で、お嬢様を見た。


「俺は……お嬢様にそうなって欲しくない」


 店の外で、子どもたちの声と音が聞こえる。そして……


――カンカン


―カンカン


 と、くしくも子どもたちは、無邪気にチャンバラをして遊んでいた。


「大丈夫か?話をやめるか?」


 とてもとても、優しい店主の声。


『でも、わらはは決めたのじゃ!』


 お嬢様は意を決して店主に言った。


「大丈夫、話を続けるのじゃ!!」


「分かった。では、もっと具体で話していく。頭を縦に割れば、中から脳が出る。口を切れば、顎(あご)が割れる」


 店主の目に、浮かぶそれら。それをお嬢様は感じとっていく。


「切って、すぐ死ぬのならいい。ほとんどの場合。長い時間を苦しんでから死ぬんだ。死ぬ間際の声は……聞くのがとても辛った」


 店主の顔が蒼くなる。


「腕を切り落とせば?足を切断すれば?そいつはその後どうするのだろう?……もし間違って殺してしまったら?……夢を見るのが怖くて……なあ、眠れなくなってもいいのか?」


 見てきたもの、感じたものが店主の口から、言葉になって、お嬢様に伝わっていった。


「なあ、眼を潰せるか?耳を引きちぎれるか?でも、そうしなきゃ、自分が殺されるんだ……剣を持つという事は……殺しあうという事は……そういう、体の壊し合いなんだよ」


 見てきたもの、感じたものが店主の体中をめぐっていった。気づくと、お嬢様の頬に涙が流れていた。


 それを見た店主が、また優しく言った。


「黙ったままだが、大丈夫か?」


 そう言うと、店主はコーヒーを淹れた。


「殺す道具。殺す技術。それはあくまで『事柄』なんだ。だから肝心な事は……殺す『覚悟』なんだ。剣を持つ事。命のやり取りをする為の……」


 お嬢様は、黙ったままだった。


「そしてそれが俺からの……







 最低限の確認だ」


――コトッ


 コーヒーの入ったカップが、お嬢様の前に置かれた。


ほわっ


 と、温かな湯気がカップから上がっていた。


 お嬢様は、微かに震える手でコーヒーを飲んだ。


 時間が静かに流れた。


「わらはは」


 店主は静かに、お嬢様を見る。お嬢様は下を向いている。


「わらはは、やる!そう決めたのだ」


 お嬢様は下を向いたまま言った。


「でも、その時になってみないと、どうなるか分からないんだぞ?」


「そっ、それは……」


「……」


「それは、その時に分かる事なのじゃ!!今は、心配しても仕方ない。店主の心配は嬉しく思うが、わらはは、わらはは……」


――コトッ


 と、お嬢様は持っていたカップを置いて店主に向き合った。


 その時ふと、お嬢様はふと思った。




「なら聞くが……それも含めての、適正なのじゃろ?」


 店主の目が大きく見開かられた。斬り返された!!と、店主は思った。それは、お嬢様の決意からだと思った。


『まさか、そう返されるとはな!!』


 店主はそう思うと、お嬢様に笑って言った。


「あははは!それもそうだな!!」


 そう、店主が笑うのを見て、お嬢様はホッとした。店主も、お嬢様のそれなりの覚悟を見て取れ、ホッとしていた。


『とはいえ、あくまで口約束だ。だが少しだが……







 やはり、実践経験を積ませておこう』


 そう店主は思ったのだった。

【ステータス】


☆お嬢様

・測定用両手持ち剣(柄赤-中-太=重心柄、重さ中、柄太め)

・リボンは、細い赤色

・動きやすい服装(白く丸首で綿の長袖。ズボンは薄い赤。肌着はピンクのキャミソール)

・靴(赤のカモシン)

・白の靴下(くるぶし隠れる綿のメリヤス編み)

・『浅い角度で滑らせて受ける』『正中心』『剣の持ち方』『突き』『受け返し』『引き切り』『押し切り』『中心への力の使い方と向き』『抜刀』『鞘走り』の復習

・ピンクのパンツ

・最低限の覚悟の確認


つづく

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