第40話 ―最後の託心(たくしん)―

 それは店主、ジャックが城を出る直前の事。17歳の時の事だった。


「おりゃああああ!!」


 ジャックは剣を振りかぶる。マントを着た傭兵王の背後からの奇襲であった。


――カキンッ


「お前なあ、声だしたら攻撃が丸分かりだろ?」


 傭兵王は抜く事なく剣の柄で受けた。そして腹に軽く蹴りを入れた!!


「ぐふっ!!」


 傭兵王にとっては軽くだが、それなりの衝撃をもらって、蹴られたジャックは床を転がった。


「もっと殺す気で来い!!アハハハハ」


 そういうと傭兵王は、マントを翻(ひるがえ)し、行ってしまった。カツカツと、場内に足音だけが響いた。


「あらあら、また失敗?」


 綺麗な女性が、転んでいるジャックの元に来た。傭兵国の王妃だ。


「あんたには関係ないだろ?」


 きつく言い返すジャック。ジャックは王妃と目を合わせなかった。


「まあ、こわい!そんな事より肘から血がでているわよ。ほら、手当てしてあげるから」


 と、王妃はジャックの手を取ろうとした。


――パシッ


「俺に構わないでくれ」


 ジャックは王妃の手をはじいて拒んだ。はじかれた手をさすりながら、王妃は寂しそうな顔をした。


「あとで、クッキーを焼くから来てね!」


 そう言うと、王妃は立ち上がり行ってしまった。


『クッキーを焼くから来てね!』


 その言葉だけはジャックに届いていた。ジャックは王妃の作るクッキーだけは、なぜか?食べに来ていたからだ。


 夜になった。夕食後の中庭がジャックは好きだった。中庭の噴水。その淵に横になりながら、夜空を眺めるのが好きだった。


 いや、それよりもジャックを見下ろすようにしてバルコニーで、ハープを鳴らし詩(うた)を奏でる……


『そういえば、あの人は昔、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)とかって言ってたな』




 王妃の詩が好きだった。


『本当に綺麗な歌声だな』


 ジャックはその歌声を、いつまでもいつまでも聞いていたくなった。




   もしも、あなたが居なくなっても


   もしも、わたしが居なくなっても


   一緒に居た時の気持ちが


   あした、生きていく気持ちへと


   つながって行きますように




   残った思い出が


   過ごした日々が


   辛いだけではなく


   やわらかく温かい


   心へと、つながって行きますように




 心が……すさんだ心が、いっとき和らぐのをジャックは感じていた。そして、こうしている時間が、ジャックは大好きだった。




「おりゃああああ!!」


「まだまだ、甘いな」


 傭兵王を倒すべく、日々挑んでいくジャック。傭兵王と暮らし、毎日のように命を狙ってきていた。


 棒、剣、槍、弓、斧、レイピアなどなど、武器はありとあらゆる物を使った。また、それが揃えられていた。


『俺を殺せるものなら、殺してみろ!』


 と、ばかりに。


 武器以外にも、頭上から物を落とした事もあった。寝込みも襲った。食事に毒もやった。毎日毎日、思いつくがままの方法で、命を狙った。でも最後は……




「アハハハハ!!」


 と、いう傭兵王の高笑いで終わっていた。


『次ぎは、この作戦で行こう!!』


 と、ジャックが考えたのは、罠だった。


 傭兵王が広間を通過する時に、広間の大時計が倒れるようにしようと考えたのだ。


 早速、ジャックは作戦に取りかかった。毎日、傭兵王はここを通過する。通った時に、大時計が倒れ、その隙に剣で!と考えていたのだ。


 仕掛けは単純だった。大時計の下を細工し、つっかえ棒を外すと、倒れてくるようにしたのだ。


「よし!出来たぞ」


 ジャックがそう思った時だった。つっかえ棒につないでいたロープに、足が引っかかってしまったのだ。


『あっ!』


 と、思った時には遅かった。


――グラッ!


 つっかえ棒が外れ、大時計がジャックに倒れてきた。そしてジャックは思わず、腕を交差して身構えてしまった。


『逃げられない!』


 その時だった!!


――ドンッ


 体が横から押しのけられた。


―――――ガシャーン!!!


 物凄い音が響いた。ジャックは大時計を見た。


「ああ、ああああああ」


 大慌てで、足に引っかかったロープを外し、大時計に駆け寄った。


「ごめんさない!ごめんなさい!!」


 ジャックは悲鳴のように相手に謝った。そして、重い大時計を持ち上げようと踏ん張った。


 びくともしなかった。


「誰か!誰か!!早く来てくれ!!!」


 すぐに従者たちが駆けつけてきた。持ち上げられる大時計。その下からは……







 王妃が出てきたのだった。


 王妃は、すぐに常駐の医師に見てもらった。その間、ジャックは中庭にいた。噴水の淵に腰かけ、うなだれていた。


 気づくと日も暮れてしまった。王妃がいる部屋は、薄暗く光がともっていた。


 容態は悪かった。物凄い嘔吐があった。意識がはっきりしない。反応が悪いそうだと、城中を動き回る従者たちの言葉から、王妃の容態を知った。


 そのうち、傭兵王が従者を連れてやって来た。


『殺されるな』


 ジャックは自分が殺されると思っていた。だから、覚悟を決めていた。


 ジャックの目の前に、傭兵王が立った。きっと、その腰の剣で殺されるのだろう。


 そう思っていると、傭兵王の口が開いた。


「早く……早く、行ってやってくれ」


「えっ!?」


 傭兵王が泣いていた。


「もはや手遅れだと……医者が言っていた」


「……」


「だから頼む。早く!







 母さんの所へ行ってやってくれ」


 そう言うと一国の主、傭兵王はジャックに対して、膝をつけ頭を下げた。


『母さん』それはジャックが来てからずっと、ジャックの前で傭兵王が王妃を呼ぶ時の呼び方だった。


 そしてそれは、王妃も同じであった。『お父さん』と。


 ジャックは泣きながら急いで、王妃の居る部屋へ向かった。王妃の部屋の扉を開けると、薄暗い部屋の端には医者がいた。


「お声かけを!最期のお声かけを!どうか、どうかお願いします」


 医者の切なる願いの声だった。ジャックはベッドに向かった。そこには、綺麗な顔のままの王妃がいた。


「強く頭を打っていて、意識が混濁(こんだく)しています」


 ジャックは王妃の手を握った。冷たくなっていた。


「ああ、あああああ」


 ジャックは大泣きした。


 その時だった。


「じゃ……じゃ……ジャックなの?」


 目をつぶったまま、王妃はつぶやいた。ピクッと、握っていた手が動き、ジャックの手を力なく握った。ジャックはそれを強く握り返した。


「ごめんさない」


「いい……のよ」


 そう言うと、握った手の力がなくなっていく。意識がなくなっていく。


「お言葉を!最期のお言葉を!」


 近くに寄ってきた医者が、ジャックの耳元で静かに力強く言った。それは、みんながジャックに求めていることなんだと、ジャックには分かった。


 それは王妃が求めている言葉であると分かっていた。だから言った。


「ごめんなさい。ごめんなさい……







 母さん」


 その言葉が届いたのか……







 スーっと王妃の目から、涙が流れていた。


「母さーーーん!!」


 そして王妃は、息を引き取った。いつまでもいつまでも、死ぬときでさえ、ジャックの事を想っていた傭兵の母であった。


 ジャックはずっと、お母さんの手を握っていた。


◇◇◇


 12歳から傭兵の親父と暮らし、気づけば5年が経ってしまった。


『その五年で、俺の心も変わってしまった』


 と、ジャックは思っていた。


「行くのか?」


「ああ」


「風邪には気をつけろよ」


「ああ」


 会話だけなら、その辺の家族と変わりはなかった。


「じゃあ、行くから」


「ここが……」


「……」


「ここが、お前の家だからな!だから……いつでも帰って来い」


 そこにはただ一人の、父親がいた。


「じゃあ……







 『親父』も元気で」


 そう言うとジャックは、荷物の入った袋を肩にかけた。


 城からその様子を見る傭兵王。


 そして城の門をくぐると、ジャックは傭兵国を出て行ったのだった。




※託心(たくしん)は、造語です。


つづく



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