第26話 ―最悪の塔②!?―

――フッ


 頭上から犬ほどの大きさのスライムが落ちてきた。それはちょうど、女戦士とお嬢様の間だった。


 お互いが同時に剣を抜く!


――シュン!


―ベチャッ


 スライムが、真っ二つになった!


「やった!わらはの抜刀が、リリーより先に当たったのじゃ!!」

 

 お嬢さんは喜んだ!その瞬間だった。


「わっ!」


 もう一匹のスライムが、お嬢様の真上に落ちて来た!


――ザシュン!!


―ベチャベチャッ


 女剣士の剣と店主の剣が、スライムを三枚おろしにした。


「まさに閃光(せんこう)のごとくの剣。一閃(いっかん)!!でござるな、二人とも!」


 槍使いが言い終わるとすぐに、店主は、お嬢様に強く言った。


「絶対に気を抜くな!斬り終わったあとにこそ、隙(すき)が出来る。いつでも対応出来るように!」


『そうであった……』


 お嬢様は、嬉しさのあまり作ってしまった自分の隙に恥ずかしくなった。


「すまなかったのじゃ」


 そして素直に謝った。


「残心(ざんしん)でござるな」


 槍使いがニコッとして言うと、老執事が意を汲んだ。


「東洋では、ザンシンと言うのですか?」


「そうでござる!心を残すで、残心でござる」


「なるほど!」

 

 共感していた。


「弓でもありますよ。射ったあとこそ、周りから目を離してはいけないのです。これも残心ですね」


 と、弓使い。すると後に続いて、魔法使いや僧侶らも、呪文や祈祷(きとう)が終わった時こそ無防備だから!と、同じ事を言っていた。


『皆、同じ経験や感覚があるのじゃな。それが、強い結束へとなるのか』


 一人納得の、お嬢様であった。


「とにかく、みんなにとってここが『最悪の塔』だったという事にならないよう。気をつけてくれ」


 その場の全員がうなずいた。そうなのだ。これは単なる『警護』とは違っていた。もっと上の人間を守る『護衛』をしながらの救出探索なのだ。そのリスクを全員が背負っていた。


 2階でもマウスマンやコボルトが出てきた。


「よし!ロニー行ったぞ!!」


 が、少し強くなっていた。お嬢様にとっては。


 店主たちにとっては、目をつぶっても戦える相手だった。なぜなら、現れたとたんに斬り伏せられていたからだ。


 でも、こうやってお嬢様に経験を積ませる事で、安全度を上げていったのだった。


 道が分岐した。魔法使いが最短のルートを、水晶球で探していた。


「塔の中は、意外と明るいのじゃな!」


 お嬢様は、暗い中で目が見える事に気づいた。


「ああ、ヒカリゴケのおかげだな。さらには塔の中を這(は)うツタが、コケに水を与えてくれるから、天井から床までの一面のコケ光りだ」


 通路は床端から天井まで、ツタとコケが薄く一面に覆っていた。光ってないのは、歩いている所だけだった。


「本来なら、松明(たいまつ)か、カンテラ(石油灯)を使う所だが、おかげで助かった」


 店主の喜びは、物凄いものがあった。明かりを持ちながらの戦闘は大変な事だからだ。明かりがあるという事は、必ず影が出来るのだ。それは、死角が多くなるという事だった。


 その上、その死角が動くのだ。持っての揺れもそうだが、炎の揺れは意外とあるのだ。なので、色々と工夫をして戦う事になるのだ。


 後方が明かりを持つ場合。すると前衛の前に影が出来るので、横から明かりを照らす必要があるし、その技術もいった。そして、後方なら松明ではなくカンテラが多かった。


 多くは、『松明』を足元前方に置き、相手が見やすい所に来た時点で戦いとなる。カンテラでは衝撃で明かりが消える事があるからだ。


 この明かりの『位置取り』が戦いの、文字通り『明暗』を分けていると言っても過言ではなかった。


「本当にそうでござるな!」


 なので、店主の喜びもお嬢様をのぞいた皆が分っていた。片手があく、荷物が減る以上の安心要素だったのだ。


 これ以外にも今回、店主たちは相当恵まれた状況で、塔の中の迷宮を進んでいた。


 塔の大きさは、計り知れないほど大きかった。町一つはあるだろう。近づくともはや、巨大な壁であった。だが塔の中、全てを知る必要はないので、上へ上へと、公爵のいる所への最短ルートが、店主たちアタック隊で開拓されていった。


「思い出したでござる!時々、モンスターが地上に出てきたり、頭上から落ちて来る事もあると聞いたでござるよ」


 噂話を思い出した。


「ああ、そしてミノタウルスが落ちて来た時は、明らかに攻撃された跡があったから、もっと強い怪物がいると言われていたが……本当だったとはな」


 公爵との伝書で、ミノタウルス以上の怪物がいる事が分かっていた。


 開拓したルートは、従者たちサポート隊が守っていく。必要なルート以外は、通路をふさぐ作業もした。無駄なモンスターとの接触を防ぐ為に。


 冒険者からしたら、迷惑この上ない事だし、今後のお宝探索を考えれば、他のルートを潰すのは考えられない事だが、公爵救出は国家最優先事項なのだ。


 そして、だから今は天空の塔へ来る冒険者も遮断されていた。


「なかなか、背負って戦うのも大変なものじゃな!」


「なあ、重い荷物の練習したの分かっただろ?本当なら今、背負ってるやつの何倍もの荷物を持つんだぞ!」


 店主たちの背嚢(はいのう=リュック)には、最低限の水(6㍑)と食料(チーズ、ビスケット、レモンピール合計3.5㌔で一週間分)、ビバーク(緊急野営)用の毛布と着替えしか入ってなかった。


 本来なら、寝るときに下に敷く分厚いフェルトマットも持って行くが、それは毛布代わりのマントがあるのが前提となり、今回はベースキャンプに戻って寝られるので、いざとなったら、毛布に包まって寝る事で荷物を最小限にしていた。


 ちなみに、背嚢には仕掛けがあり肩紐を引くと肩かけが外せ、すぐ背嚢を捨てられ身軽になれた。


「ところで、なんでレモンの皮がいるのじゃ?」


 お嬢様の質問に店主は答えた。


「本来、果物や野菜を食べないと、ヤバい病気になるんだ。 歯茎から血が出たり、指や鼻がもげる壊血病になるんだ!!だから、携帯しやすいレモンピールなのさ」


「なるほど!」


 食料の内訳はこんな感じだった。基本栄養は、チーズ100㌘で1日分。ビスケットは35

0㌘で1日分。レモンピールなら50㌘で一日分だった。なのでトータル1日約500㌘。一週間で、3.5㌔だった。


「これも、今までの冒険者や軍隊が積み上げてきた経験から、割り出したものさ」


 それを聞いて、お父様はどうしているのか?と、お嬢様はとても心配になった。色々な現実が見えてきた。食料だけでも凄いのに、この他の必要なものを考えるだけで、胸が締め付けられる思いだった。


 塔の前には第1ベースキャンプが作れていた。帝国からの物資が、ここに届いた。店主たちは今、2階を開拓中なので、確保した1階大広間に第2ベースキャンプが作られた。


「トイレのぉ、心配がいらないのはぁ、最高ねぇ!」


「体もね!」


 僧侶と魔法使いは大喜びだった。ベースキャンプに戻れば、水は確保され、清潔なトイレもあり、体も拭ける場が確保された。簡易ベッドもあった。そしてなにより一番は、安心して寝る事が出来る事だった。

 

 硬い床に寝転がるのは、かなりキツイ。ましてや、いつ襲われるかも分からないのだ。体も心も休まる時がない。冒険とは甘いものではなかった。


 予定では、階層毎に30~60人体制でベースキャンプと退路を守る。(一日を3人交代で考えると、実働人数は10~20となる)


 なのでひとまず、600人のサポート隊を用意した。また、何かあればすぐにでも増員が予定されていた。


「まあ、ほとんど軍隊レベルだよな」


「そうでござるな!なんだか、合戦を連想するでござるよ」


「戦争は兵站(へいたん)だからな!」


「兵站とはなんじゃ?」


「戦う兵隊の為のサポートだ」


「なるほど!まさに今の状況なのじゃな」


『なるほど、あの時ジャックがあんな態度になるわけじゃ』


 お嬢様は、最強の剣を欲していたあの時の自分を思い出していた。そして、その自分がいかに無知であったかを知ったのだった。


【ステータス】


☆お嬢様

・ピンクのパンツ


★女戦士

・やっぱり黒下着上下


☆魔法使い

・パンツ秘密!!


つづく

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