第19話 ―最強の二人!?―

「フン!フンッ!」


 まだ、空に星が残っている夜明け前の裏庭で、女戦士の息づかいと共に、素振りの音が響く。


 いつもは長く垂らしている髪だが、今は誰も見ていないとあって、珍しくポニーテールにしていた。女戦士の耳は尖っていた。女戦士はエルフだった。


――ガサッ


 音と気配に気づき、女戦士が振り向くと店主がいた。 


「ごめんなさい、起こした?」


「いや、大丈夫。それより」 


 店主は両手に持って来たコーヒーカップの一つを、女戦士に手渡した。


「ありがと」


 女戦士は、表情に出てはいないが嬉しそうに受け取った。


「今度はどこに行くんだ?」


 店主は女戦士の次の仕事を聞いた。きっと、女戦士の事だからもう決めてあると、店主はおもっていたからだ。


 女戦士は剣を置くと、コーヒーを飲みながら店主に答えた。


「天空の塔」


 その言葉に、店主はビックリした。


 コーヒーからは、湯気が出ている。そのコーヒーを、フウフウしながら、女戦士は飲んでいた。


「あそこはヤバいだろ!?」


 天空の塔といえば、凶悪な怪物がウヨウヨいる魔窟との噂を聞いていたからだ。


「でも、仕事だから」


 女戦士は淡々と言った。


「てか、ただの傭兵なんだから断れよ!」


 店主は本気で女戦士を説得する。店主は女戦士の事が心配ならないのだ。


「ごちそうさま」


 すると、女戦士は飲み終わったコーヒーカップを店主に返すと、また素振りを始めた。


 そして、素振りをしながら店主に言った。


「だから、来て欲しい」


「えっ?」


「ジャックに、来て欲しい」


 女戦士は、店主に不器用に懇願した。


――ブンッ


―ブンッ


 と、女戦士の素振りの音が響く。


「俺が!?いやいや、もう現役は無理だよ!!」


 両手を振って拒否する店主。でも、女戦士はその言葉を信じてはいなかった。

 

「最強王の息子なのに?」


 女戦士は店主の力を確信していた。


「俺は最強なんかじゃない。ただ単に、自分の最高を極めようとしただけだ」


 その言葉は店主にとって、謙遜(けんそん)ではなく本心だった。


『俺はただ、自分の限界を極めにいっただけだ……』


「でもそれは、この世界で最強って事」


 若いながらに女戦士が見てきた世界。それはとても過酷で熾烈な世界だった。その中で、店主は最強の位置にいたのを、女戦士は近くで見て知っていた。


「いやそれなら今は、お前が最強だよ」


 それは、店主にとっても同じだった。近くで見てきた女戦士の戦い方。全てを斬り伏せる女戦士の姿を店主は知っていた。


「それは、ジャックが居てくれたから。でも今の私は、ただの狂戦士だから」


 冗談とも本気とも分からない会話。いつしか、素振りがとまっていた。


 見つめあう二人……


「リリー」


「ジャック///」


 その時、背後からウソくさい咳払いが聞こえた。


「コホンコホン!ちょっと何を二人で、互いに讃(たた)えあっておるのだ!!」


 剣の練習にまぜてもらおうと、お嬢様も剣を用意をしてやって来ていた。


「でも、本当の事だから」


 と、店主を見る女戦士。さっきの続きを伝えていた。そして伝えながら、さりげなくポニーテールのゴムを外した。サラリと長い黒髪が踊った。


 その時、お嬢様は聞こえた女戦士の言葉を思い出した。


「と、話がそれたわ!……リリー、天空の塔に行くのなら、わらはも連れていってくれ!!」


 それはとても、真剣な口調だった。


「それはムリ」


「一階で即死だな」


 二人ともあっさりだった。


 お嬢様は、そんなにも自分が頼りないのかと驚いた!でも、問題はそこでない事を思い出し二人に言った。


「だったら、二人を雇おう!それなら文句ないであろう?」


 さらに頼みこむ。


『わらはは、行きたいのじゃ!!』


 どうにかしても、天空の塔に行きたい、お嬢様だった。


「守りきれない」


「足手まといだ」


 さらに、あっさりと言われてしまった。


 すると、さうがにお嬢様も我慢が出来なくなってしまった!!


「ああ、もうよい!!では、わらはは独りで行く!!その為に剣を習ったのだからな。もう二人が頼りにならないならば、わらはだけで行くからな!!!」


 お嬢様は怒って、ツカツカと歩き出した。


「おい!ちょっと待て、ロニー!お前には絶対に無理だって!!」


 その言葉に振り向くお嬢様。


「何ぜじゃ!何故リリーなら良くて、わらははではダメなのじゃ!?」


 お嬢様は言っていて、そういう事ではないのは十分に分かっていた。もう、色んな気持ちがこんがらがってしまっていたのだ。


「ダメに決まってるだろ!リリーは本当に最強なんだって!!」


『リリー、リリーと、何なんじゃ!!そんなにリリーの事をおおおおお!!!』


 店主の言い方に、お嬢様は、カーッと頭に血が登った。


「では、リリー!わらはと相手じゃ!勝負をするのじゃ!!」


 お嬢様の、その言葉に剣を持ったまま女戦士は向き合った。


 お嬢様はいつでも抜刀が出来るよう、柄に手をかけ、低い姿勢をとっていた。


 だが、その様子を見て、女戦士は……




――カチンッ


 女戦士は、持っていた剣を鞘にしまってしまった。


「リリー!!勝負をせぬのか!?」


 驚いている、お嬢様に女戦士は淡々と言った。







「ロニーなら、素手で充分」


「何じゃと!!」


 お嬢様のテンションはさらに上がった。


「怪我しても知らぬぞ!!」


 そう言うが早いか、お嬢様は最速の抜刀をした。


――シュン!


 お嬢様の剣が抜かれる。


―サッ!


 女戦士は、お嬢様の右斜め前に一歩出て、お嬢様の右手首を甲から右手でつかんだ。


――クルッ!!


 そのまま、右足を後ろに引くと、ドアノブをひねるようにお嬢様の手首を返した。


―ドテッ!!!


 お嬢様は自分の勢いのまま、前方一回転し尻餅をついた。


クッ


――カランカラン


 そして、手首を決められた反動で、お嬢様の剣が転がっていった。


「ごめん、これ以上、手加減が出来なかった」

 

 女戦士は申し訳なさそうに言う。本当に片手で、いなしただけだった。お嬢様は悔しくて、顔を真っ赤にして怒っていた。


「もうよい!!」


 そう言うと、剣を拾って行ってしまった。


「お嬢様!!」


 その後を老執事が追った。


「さてさて、どうしたもんかな?」


 店主は行ってしまったお嬢様の心配をした。その店主の様子を見て、女戦士が言った。


「心配なら追いかければ」


「そうするか」


 女戦士に言われ、店主は歩き出した。


ギュッ


「んっ?」


 店主が振り向くと、店主の服の後ろのすそを引っ張っている女戦士がいた。


「なんで、なんで、こんな気持ちになるのか自分でも分からない」


「リリー、どうした?」


 女戦士は、店主の服のすそを引っ張ったまま、下を向いている。


「戦いなら……迷いはないのに」


 女戦士は搾り出すように言った。


「追って欲しいけど、なぜか……追って欲しくない」


 そう言う女戦士に、店主は向き合った。


「分かった。じゃあ、ここに居る」


 店主は、柔らかな笑顔を浮かべながら優しく言った。


「ああ」


 女戦士は店主の眼を見ると、すごい切ない気持ちになった。


『分かってるくれてる。いつも私の事を。ジャックはいつだって、私の事を……』


 そして、女戦士も店主の気持ちが痛いほど分かっていた。


 だから、やっぱり言った。







「追いかければいい」


 と。


【ステータス】


☆お嬢様

・現在、最高の両手持ち剣(重心柄、重さ中、柄太め、刃小幅、肉中厚)

・細い紫色のリボン

・動きやすい服装(浅黄色のすそが少し長めの丸首、綿の長袖。ズボンも同じく浅黄色。肌はピンクのボタン止めのノースリーブ)

・堅い革ブーツ

・白のパンツ

・固い決意


★女戦士

・真っ直で長い黒髪をポーニーテール!でも、お嬢様には分からぬよう、こっそり戻す!!

・最高の剣(詳細不明)

・皮製の服

・革のブーツ

・黒の下着上下

・中途半端な気持ち


つづく


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