第6話 ―最大の違い!?―

「早(はよ)うなのじゃ」


 お嬢様はそう言って店のドアを開けると、店内を通り早速、裏庭に出て行く。その様子を見て店主もあとを追って裏庭に行った。


 今朝のお嬢様は、浅黄色のすそが少し長めで丸首の、綿の長袖を着ていた。そして店主の周りをうろつき、それとなく服のアピールをする。


『毎日、違う服を着ているのだが、店主は気づかないのか!?』


 と、お嬢様は思って少し残念な顔をした。ツインテールもしぼんでいた。


「じゃあ、今日は剣の切り方を教える」


 店主は剣の用意をしながら言った。お嬢様は浅黄色のズボンのヒモを直しながら聞いた。


「剣の切り方であるか?あっ」


 ズボンのヒモが上手く結べなくて、つい長袖のすそを、大きくめくってしまったのだ!


『ちょっと、おヘソが見えたか!?』


 と、お嬢様は顔を真っ赤にして慌ててお腹を隠し、チラッと店主を見るが、全く気づいていない様子だった。


 見られたら恥ずかしいが、全く関心をもたれないのも、なんだか寂しかった。


「ふん、なのじゃ!」

 

 だから、小さい声でつぶやきながら、お嬢様は茶色のカモシンで、転がっている小石を軽くつついた。


「前に見せた、『最強の硬さ』の剣があるだろ?あれの使い方を今、見せる」


 店主はそう言うと、裏庭に用意した犬ぐらいの大きさの岩にギリギリまで近づくと、最硬度の剣を上段に構えた。


「はっ!!」


――パンッ!


 店主の掛け声と共に岩は割れ、ゴロン、ゴロンと真っ二つになって転がった。


「お見事!!」


 あまりの素晴らしさに老執事は口を開き、心からの賛辞を送った。


「下にある物を切るのは、非常に難しいのです。ましてや岩を相手に、自分の重心と岩の重心を合わせ、さらにその作用点を岩の中へと送るとは!見事な腕前です!!」


パチパチパチ


 お嬢様に向かって老執事は拍手をしながら店主への賞賛を言った。その一方で……




『以前、見せたカタナでの兜割(かぶとわり)といい、この店主は一体?』


 と、店主に老執事は驚いていた。


「剣が硬いだけじゃ岩は切れん。ただ叩き切るのではなく。体重を一番使える近い間合いから、刃を根元から引ききって切るんだ。引きながら切る事で、切断する力が奥まで到達する!結果、岩を真っ二つに斬る事が出来るんだ」


 と、店主は言った。


「嘘みたいなのじゃ!!」


 お嬢様は、目の前の出来事が信じられなかった。そして、これが鎧だったら、どうなってしまうのだろう?と、思うと怖くなった。


『店主が本気になったら一体……』


 と、思いつつ、お嬢様は気づくと頭のリボンをいじっていた。


『そうじゃった、今日は、紫のリボンなのじゃ。それに靴下だって紫でそろえたというのに、こやつときたら……』


 と、違う事も考えていた。


「じゃあ、やってみるか?」


「なんとっ!?」


 店主の声に、お嬢様は現実に引き戻された。


「そんな剣、重くて持てぬわ!!」


「勘違いしてるぞ?自分の剣でやるんだ」


「岩をか!?」


 目を丸くする、お嬢様。


「いや違う、こっちだ!」


 そこには台があり、丸い棒があった。


「この棒を切るのか?もしかして台を切らずに、棒だけ切れって言うのではないだろうな?」


 すると店主は笑って言った。


「ははは!それも面白いが、それも違う。丸い棒を剣で後ろに転がしてみろ?」


 お嬢様は、剣の刃を台の上の丸い棒に当てた。


「こうか?」


 刃で棒を引いてこすると、棒は後ろに転がった。


「なあ、ダーツは知ってるか?」


「知っておるわ」


「ダーツを投げる時は、前に真っ直ぐに押し出して行くだろ?力の使い方と向きの感覚は、アレが近い」


 店主は投げるマネをする。


「叩くと斬るは違う。一般的には、剣は叩き切ると思われている。鈍く潰し切る。感じとしては、斧が近い」


 鉄がつぶれてから伸びてちぎれていくのを、お嬢様は想像した。


「しかし、剣でも鋭く斬り裂く事が出来る。さっきやって見せたようにな」


 お嬢様は、二つになった岩に目をやった。


『それがいつか、わらはにも出来る事が可能なのか?まさか!!』


 と、思ったが自分を信じる事は出来なかった。


「棒が転がっただろ?鎧相手なら、その中心の一点にむけて転がすように斬り込むんだ」


 店主は剣をお嬢様の目の前で素振りして見せた。


「引き斬りは、曲がった剣の刀の使い方だ。真っ直ぐな剣で行うのは非常に難しいが、重さによる硬さが、その代替だ」


 お嬢様はその説明を聞きながら、台の上の棒を手前に何度も転がした。頃合をみて店主は言った。


「次ぎは、押し切りの説明だ」


「押し斬りとはどうやるのじゃ?」


「まさにダーツさ!相手との距離を取り、前に打ち込むのを、押し斬りでするんだ」


 何か気づいたようだ。


「そうか!近づいて下に向けて斬るのから、引き斬りなのかで、その反対が押し斬りか!!」


 頭の回転が速く、理解度の高いお嬢様だ。どうやら、勘が働いてきたようだ。


「そうだ、間合いを取るなら、押し斬り。近接なら、引き斬りだ。覚えられれば、鎧相手に刃をつぶさずに戦い続けられ、深く切り込む事が出来る技だ」


「こんな感じであるか?」


 お嬢様は台の上の棒に剣を置いた。刃で棒を押すと棒は前に転がった。


「そうだ!そうやって打ち込むんだ。ではやってみるか!!」


 店主は言うと、あの濡れた草を束にして巻いた棒を、地面に斜めに刺した。


「剣を上にいっぱいに構えたら、剣先を上から前へ、ダーツのように!台の上の棒を転がすように!草束を斬ってみろ!!」


 カシャン!


 お嬢様は剣を抜いて、上段に構えた。


「声を出してもいい。とにかく息を吐きながら、やってみろ」


「分かったのじゃ!」


 お嬢様は集中した。そして……


「はああああ!!」


――スパンッ!


 草束は斬れた。見事な切り口だった。


「きっ、斬れたのじゃ!わらはにも綺麗に斬れたのじゃ!!」


 お嬢様は大喜びした。


「お見事!」


 老執事が誉めの言葉をかけた。


「その調子だ!」


 そう言いながらも、店主は内心、驚いていた。


『ビギナーズ・ラックか?いや、そうにしたって筋が良すぎるぞ!!』


 転がった草束の切り口を店主は見て思った。


「なあ、わらはは!」


「なんだ?」


「わらはは……わらははもっと上手になれるであろうか?」


 素直な瞳が店主を見ていた。


『本当に上手くなりたいのだな』


 店主は、素直に思った事を言った。


「分からんな。ただ」


「ただ、なんじゃ?」


「きっと思うに、毎日、色々考えて、違う服や着飾りが出来るなら、一つ一つの技を理解し、組み合わせを考えるのも同じかと思うぞ?」


「なんとっ!?」


 お嬢様は店主が見ていた事にビックリした。


「その紫のリボンは、似合っていると俺は思う。靴下とそろえたんだろ?じゃあ後は、今の感覚を忘れないよう、執事さんと素振りの練習をしてくれ」


 そう言うと店主は剣を腰の鞘にしまい、くるりと向きを変えて店に行こうとした。


『ああ、もうなのじゃ!!』


キュッ


「なんだ?」


 店主の襟(えり)なしシャツのすそを、お嬢様は後ろから引っ張っていた。


『なんでわらはは、シャツなど引っ張ってしまったのじゃ!?』


 お嬢様は、自分の行動に困惑していた。


 店主が振り向くと、顔を真っ赤にして、恥ずかしがって下を向くツインテールの少女がいた。


「えっと……」


 店主も、この状況に困惑した。


「おっ、お嬢様は、いくつだっけ?」


「12じゃ。……もうすぐ13になる」


「そうか。いつも……







 そうやって大人しければ、可愛げがあるのにな!!」


 そう言って店主は、お嬢様をからかった。


「もう!それはどういう事じゃ!?」


 お嬢様は笑いながら眉間にしわを寄せる!!


 そうやって互いに誤魔化す店主とお嬢様。困惑と恥ずかしさに耐えられない二人を、今日も老執事は、にこやかに見ていたのだった。


【ステータス】


☆お嬢様

・年齢12~13歳!

・測定用両手持ち剣(柄赤-中-太=重心柄、重さ中、柄太め)

・リボンは、細い紫色

・動きやすい服装(浅黄色のすそが少し長めの丸首、綿の長袖。ズボンも同じく浅黄色。肌着はピンクのボタン止めのノースリーブ)

・靴(茶のカモシン)

・紫色の靴下(くるぶし隠れる綿のメリヤス編み)

・『引き切り』『押し切り』『中心への力の使い方と向き』を知る

・ピンクに小さな紫リボンのパンティ(あの、小さなリボンの意味知ってる?)


つづく




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