第9話 第六夜 彼を傷つけないで!!

 取り合えずカトマンズに戻ることにした。


 ガソリンスタンドに、何十人もの人が、手に手にプラ容器を持って並んでいる。多分炊事用の灯油を買うのだろう。最初は、なんだか分からなかった。けど東に行くほど、時間が過ぎるほど並んでいる人が増えている。

 16:30。拝み倒してフルタンクにしたXLで引き返す事にした。今日の出発点ハトゥ-ダには、帰れなくとも、ジャナクプ-ル位までは戻っておいたほうが良い。

 取り合えずそこで情報収集と、場合によっては様子見をしよう。


 ジャナクプ-ルはハイウェイから20kmほど南下した所にある。それから10数kmほど南に行けばインドにいる。ただ、国境は外国人には開かれていない。

 ここまで来ると、景色も気候も、街行く人の顔つきもインドに非常に近い。

 日も暮れて街にたどり着いた私は、角々でホテルの場所を聞いて、バイクを安全に停められる中庭のあるホテルをなんとか見つけた。ホテル・ラ-マの受付前に、やや乱暴に荷物を降ろし受付をすませる。


 部屋に荷物を持っていこうと思うと、受付前で雑談していた少年が声をかけてきた。

「よかったら、街を案内しようか」

10代前半くらいだろうか?小柄で痩せてはいるが、はっきりとした物言いだ。観光地ならこの手合は、相手にしないのだが、ホテルって事、彼の堂々とした態度と、フロントのおっちゃんのその瞬間の表情を見て、少し相手する事にした。

(注、この手の判断は細心の注意を!!)

「走りづめで、ちょっとしんどいから、お茶でも飲んで話そか」

 って事で、中庭のイスに座って彼と雑談をする事にした。

 話してみて結構驚いた。彼は14歳だが上手い英語を話した。

 流暢って訳じゃないけど、知的なんだ。そして、外国人のおじさん、もとい青年をいきなりつかまえて、気後れせず堂々と話す。日本の中学2年で、ここまで知性を感じさせる会話が出来る人間がどの位いるだろうか?サントスというその少年を気に入った私は、彼を晩飯に誘った。

 一応、警戒して店に入ったが、特に問題も無く、いかにも地元のちょっと洒落た飯屋って感じの店で、焼き飯とコ-ラを食べた。翌日は一日、彼に街を案内してもらうことにした。


 8:30って約束だったけど、彼は8:00過ぎには、やって来た。朝食を済ませていた私は、すぐに彼と街に出た。

 ステ-ションロ-ドを抜けて沐浴池の辺をくるっと回ってラ-マ寺院に向かう。彼に仏教徒である私がやって良い事、悪い事、写真撮影の可否、中で楽曲を演奏していたおっちゃん達の説明、歌の意味等々話を質問をしながら、見て回った。


 少し暑かったので、境内にある大きな椎の木の下で一休みした。

「なあ、サントス。今度は君の事を話してくれよ」

「Yes、僕は今14歳で市内の学校に通っている。父はこの街で役所に勤めている。祖父は医者で、叔父は今、医学の勉強でパキスタンに留学している。そうだ、お昼を僕の家で食べないか?家族の写真も見れるし、僕の今まで友達になった外国の人の写真もいっぱいあるよ。ねえそうしようよ」

 私は二つ返事でOKした。

(注、くれぐれもこの手の行為はご注意を。最悪部屋に軟禁されたり、高い土産物を買わされたり、女性の場合ろくでもない結果が待っている場合があります。国によっては男も同様)


 駅をはさんで反対側に彼の家はあった。白い塀に囲まれた平屋の大きな家。彼の親族の職業から推測できた通り、裕福な部類にはいる。その中の彼の部屋で話をした。家族の事、学校の事ネパ-ルの事。

「これ見てよ」と彼がアルバムを見せる。そこには、パキスタンにいる彼の叔父、この家や街で出会った外国人旅行者の写真が並んでいた。想像どおり、彼はよく外国人をハントしてるのだろう。 彼らと話すため。少しでも外国の事を知るため。そして今は行く事は出来ないが、いつの日かそこに行く事を夢見て。

 この人はオランダ人で、この人はイギリス人、この人はドイツ人。彼らと話した事を楽しそうにサントスは話した。


 私の事も少し話た。

「どこに住んでるの」

「姫路市。オサカのネクスト、ネクスト、シティだ」

「日本で何をしているの?」

「工事現場の現場監督だよ」

「今幾つ?」

「30歳過ぎちゃったよ」

「結婚してるの?」

「いや、まだだ」

「じゃあガ-ルフレンド(恋人の意)はいないの?」

「ゴ-トゥ-ヘル(地獄に落ちろ)」とは言わなかったが、眼幅涙を流した。


「日本て、どんなところ」

「一言で言うのは難しいな。そおやな、空港を作る土地が無いから、いきなり海の中に島を作って空港にする様な国かな」

 その間、彼の顔はは興味であふれていた。そして眼はこう言っていた。

「いつか僕もこの人達と同様に外に出る」

 この国は貧しく貧富の差も大きい。けれど幸い彼の家とカ-ストは、多分それを許すことが出来るだろう。

「サントス。いつか君は医者に成るのか?そいつはすごいなぁ。その時は俺も診てくれよな」

 ちゃかしてみると、彼は14歳の少年らしく赤くなった。

 少し昼寝をして、郊外にあるティラミ-ア-トの村を彼の案内で回った。


 夕方近くになって昨日と違うホテルで食事をする事にした。

 ほの暗い室内に目が慣れると、一人の女性が食事をしているのに気づいた。あの茶髪は日本人だろうか?

「ジャパニ-ズか?」サントスが私に聞く。

「そうだと思う」彼女の持っていた、地球の歩き方、を見て私は答えた。

「こんにちわ」日本語で声かけると彼女は振り向いた。


 彼女はアツコっといって神奈川在住の26歳。短くした髪と大らかな笑い顔が印象的な女の娘だった。結構スタイル良いし。

 「今朝5時にこっちにバスで着いたけど、リキシャにぼられても最低」

「もう眠くって、歩き方に載ってるこのホテルに着けばいいやってね」

「私はガソリンスタンドに勤めているの。だからパワフルよ」

(腕をまくってサントスにみせる)

「兄が海外青年協力隊でカトマンズにいるの。だから親も一人旅、初めての海外を許してくれたって訳」

 日本語と英語とを混ぜながら彼女は、屈託無く話す。

「ティラミ-ア-トの村を見に来たんだけど知ってる?」

「それなら今日行って来たよ。」とサントス。

「明日、俺はカトマンズに帰るからなあ。サントス彼女を案内してやってくれないか?」

「うん、いいよアツコそうしようよ」

決めかねている彼女に私は日本語でこう言った。

「この子やったら。大丈夫やで。ぼられたり、物取られたりせんかったよ。昼間、彼の家でご飯まで食べさせてもらったし観光地で有るような旅行者狙いとちゃうで。単に彼は外国と外国人に憧れているだけなんや」

「OK。んじゃそうする」少し考えた後、彼女が答える。

「最高だ。又日本人の友達が出来たよ」サントスは叫んだ。

良かったね。


 彼女が手洗いに行っている間にサントスがこっそり聞いてきた。

「アツコはビュ-ティフルかい?」

「おお、日本人として、かなりかわいいと思う」

 この手の話は、いかなる時、国でも年齢を超えて、男同士なら必ず通じる。

「彼女をガ-ルフレンドにしちゃいなよ」

「う″」

こいつ、昼間私が言った事を覚えていやがる。

「おいおい、そんなん、きゅ急に言われてもやなぁ」

「彼女は魅力的なんだろ。もう一日一緒に回ろうよ。僕も協力するからさ。ねそうしようよ」

 一瞬、真剣に考える私<おいおい。

 そうこうしていると彼女は帰ってきた。

「どしたん?」

きょとんとして彼女は聞いた。

「ふ~ん」

その後、にっと微笑んだ。

 取り合えず、明日8:30にここで会う事にした。



 私は彼女に話しておきたい事が有った。だから翌日の朝食を一緒に食べる事にしたんだ。

 ジャムト-ストを前に彼女に切り出した。


「サントスの気持ちを傷つけてやらんといて」

「ん。汚れっちまった大人ってやつですか(苦笑)」


 分かってくれるなら話が早い。


「そ。あの子は外国とか、外国人とかに強過ぎる憧れを持ってる。こういう風に一緒に過ごした外国人は理想の良い人で、外国ってのはそういう人だけが住んでるって思ってる。もちろん現実はそんな訳やない。何時かそいつは、間違いだって分かる。

けどな、それは今じゃなくってええやろ」

「で、善人でいろと」

「そう。頼む、彼を傷つけないで」

「うん」

「ありがと」


 その時サントスがレストランに入って来た。既に朝食を食べている私達を見て、少し驚いた顔をした後、肘で小突きながら、こっそり私に聞いた。

「彼女はガ-ルフレンドに成ったのか?」

私は、にやっと笑った。


 その後、3人で朝食を食べ、ホテルの前で記念撮影をした。

「ほんじゃサントス彼女を頼む」

「まかしとけ。アツコももう友達さ」

「それとこれ」

 私は日本から持ってきた、メッセ-ジカ-ドを渡した。和紙製のカ-ドに昨日の晩、短い文を書いておいた。

「ほんなら、俺行くわ」


 一度だけ振り返って、私はホテルに向かった。

 XLとカトマンズへの帰路が私を待っているから。



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サントスヘ

 最初に、私は君と友誼を持てた事を嬉しく思っている。ありがとう。


 君は、日本や日本人に対して非常に好感を持っていてくれる、私はそれをとても嬉しく思う。


 けれど、私はこれでも30過ぎているから、少しばかり君より世の中の事を知っている。日本人ってのは、良い奴も多いけどそうでないのも又いる。


 私の世界はトラブルに満ちている。

 それは君の場合も同じだろう?


 それでも私は望む。

君が今の純粋さ、親切心、正直さ、そんなのを持ち続ける事をそして何時の日か、君の夢をつかむ事を。


Thank you.

          Your friend Hypericum

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