第6話 第三夜 彼の旅路、私の旅路
昨夜5時間送れて飛行機はカトマンズに着いた。
空港を出たとたん感じるいつもの匂い。少し暖かい空気に混じった、すえた匂いを感じながら港内に向かう。
入国審査を終えて税関を通ったのは午前1時過ぎだった。
こんな時間でもホテルの客引き兼のタクシ-は沢山待っている。
乗客の殆どが、金の取れる日本人で占められるこの便だからだろうか?
最初は一人で出て行ったのだが、深夜なので流石に少しびびる。
もう一度空港出口に戻って、あたりを見回すと・・いたいた。
一人で心細そうにしてたのが。
「すいません。タメル(外国人向けホテル街のある地区)まで
一緒に行きません?」
こういう場合はこの手に限る。
彼は埼玉在住のH君といい、20代後半で、仕事をやめて旅をしている様だ。
数ヶ月前までぺル-でアンデスに登っていて、これから40日の予定でエベレスト周辺を歩く予定だという。
ええなぁ。羨ましいなって私が言うと、彼は少し戸惑った顔をして苦が笑いした。
二人してタクシ-運転手紹介の宿に行って、値切ってから泊まった。
寝る前にもう少し彼と話をしてみた。彼は今回トレッキング(整備された登山道を歩き、宿泊は村のロッジにするパタ-ン。それでも標高4000m級のコ-スはざら)でなく、低いピ-クであるが登山するつもりであるらしい。
(6000m級)その為の装備はピッケル、アイゼンに始まって、スト-ブ、ツェルト等、一通り持っているようだ。
しかし今まで何をしていたかは、余り語らなかった。
翌日、私はいつもの常宿に移動をかけた。ただ、お互い一人で晩飯を食べるのは味気ないので、夕方時間を合わせて会う約束をした。
半日自転車で走り回った後、シャワ-を浴びて約束の場所に向かった。道端に座り込んでペプシを飲みつつ待つ事しばし、彼は来た。
「おお、どやったな?取り合えず飯でも食おや」
って事で、オ-プンテラスのチャイニ-ズに入る事にした。
夕暮れにあたりが橙色に染まっていくテ-ブルに腰掛ける。
料理を取りに来たウエイトレスに拙い英語と乏しい知識でメニュ-を読んで注文する。どうみても中国人に見える彼女に聞いたら、チベット系ネパ-ル人だそうだ。
卓上のロウソクの明かりに、彼の表情が、ぼっ-と浮かび上がる。
「おお、今日どやったな」
「ははは、よく歩きましたよ」
彼は幾つかの観光地の名を挙げた。確かにそいつを全部歩いて回ったら結構な距離だ。さすが登山をするだけあって、歩くのは苦にならないと彼は言う。
「俺はちょっと自転車で走ったわ。ロイヤルネパ-ル航空本社で搭乗再確認もしたかったし」
そんな話をしながら時間を潰していると料理が来た。
お互い少し無言で料理を食べる。
「これ、うまいっすよ」
そんな会話が少しずつ。
飯を食べ終わって、お茶をすすりだす頃には会話のネタも着きつつあった。彼は店の外を眺めていた。穏やかに静かな時間が流れていく。少し潤んだ眼をしながら。
私は彼の今の気分が想像できた。
かつて私もそうだった事があるから。
「そんな時も要るわなぁ」
私は唐突に話をしだした。
「まあ、おっつぁんの昔話か独り言やとおもてえや」
「10年位前な、俺もそんな事をした事があったわ」
彼は驚いた顔で私を見つめる。
お茶をすすりながら私は続ける。
「自分が何が出来るのか、出来ないのか、したいのか。そんなん分からんかったけど、何かせなあかん。それだけ思って旅に出たわ。あんたが山に登るように、俺はオートバイで走りにな」
余計なお節介、独り善がりな押し付けだと思う。
「あんな。今、なんて無駄な事、時間を過ごしてるて思てるかも知れへん」
けど、言葉が止まらなかったんだ。
「けどな、そういう時期を持つ事は必要な事とちゃうか?ほんでそういう時間を持つ事が出来たのは、めっちゃ幸せな事ちゃうか?」
暗がりで彼の表情は良く見えなかった。彼は少し涙ぐんでいた様に思えた。今は先が見えなくて苦しいかも知れんけど。
お茶を飲み終わって、煙草を数本吸った後店を出た。
「んじゃぁ。いつかどこかで」
「気をつけて。良い旅を」
そう言って分かれた。多分、彼と会う事はもう無いだろう。
彼の旅路は続く。
それは自分が何者であるかを探す旅。その最中は、何処に着くのか何時終わるのか、決して分かる事は無い。
それでも彼の旅路は続く。
そして、私の旅路は
Hypericum
時間が前後しています。
うひっ。異国の旅先でのみ許される、臭い台詞炸裂。しかし私には
自信がある「彼の人生に影響を与えた人、10人」に入る自信が。
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