三章④ 異能の力
今度はシャナイアから距離を詰め、最初の男に向かって棍杖を振り上げる。男は咄嗟に剣を構え、金色に煌めく棍杖を捕える。
表情を歪めたのは、シャナイアではなかった。
「く、そ……! この力、やはり『呪術』か!?」
「正解、目に見えないところが厄介だね」
力負けした男の手が、剣を取り落とす。間髪入れずに棍杖の先で腹を突けば、男は大袈裟な距離を飛んでその場に崩れ落ちた。
じわじわと、両腕に熱が湧きあがる感覚。聖霊には有り得ない、悪魔だけに与えられた力。
それが、シャナイアを英雄と呼ばせた要因の一つである。
「俺もお前達と同じ呪術を使うことが出来る。もちろん、神術も。痛い思いをしたくなかったら、武器を捨てて降伏しろ……これが最後だ」
「……降伏、だと?」
「今更……今更引き下がれるわけないだろ!!」
残る剣と槍を構えた二人が、怒声を上げながら駆ける。シャナイアは敢えて棍杖を下ろすと、左手を宙に上げた。
ロイドと、名前を知ることも無かった悪魔の夫婦。三人分の血を舐めたそれは、かつての戦場と同じ風となる。
戦場に吹く風は、誰よりもシャナイアの従順な僕である。
「……残念だよ」
鉄錆の臭いを孕む風は刃となり、二人を襲った。息も出来ない程に強烈な突風は、槍を輪切りにし、剣を細切れにした。
身体中に細かな傷を負った二人は戦意までもを刻まれてしまったのだろう、その場に膝を突いた。
「ぐ、そんなバカな……」
「翠眼の英雄……本当に、化け物だな」
圧倒的だった。五人の悪魔を、シャナイアはいとも簡単に下してみせた。
最も、彼等の実力は大したことはなかったのだが。やけに時間をかけてしまった。
「……お前らしくもないな、英雄殿。時間がかかりすぎだ、無駄口も多かったしな」
大人しく見守っていたルカが、呆れたように嘆息した。彼女も襲い掛かってくると思ったが、剣を抜くことすらしていない。
つかつかと歩み寄り、吐き捨てる。
「それに、五人全員がまだ生きているぞ」
そう、シャナイアは彼等を生かした。全員を殺すことなど造作も無いことだし、むしろその方がラクだ。
それでも、シャナイアは殺さなかった。
「昼間よりは良い動きだった。だが、どうしてこいつ等を殺さない?」
「……戦争はもう終わっただろ。殺す必要なんか――」
ない。胸倉を掴まれてしまい、最後まで言い切ることは出来なかったが。真意は彼女に伝わったらしい。
眼前で怒りに揺れる双眸が、シャナイアを責める。
「貴様……どれだけ私を愚弄すれば気が済むんだ? 私が追い求めていた英雄は、ここまで腑抜けになったというのか!?」
「もう俺は誰も殺したくない! 殺す理由も無い!! ルイ・セレナイトは死んだ、それが真実だ!!」
「ならば、貴様はどうしてここに居る!! どうして悪魔が二人死んだ? 貴様が殺したんだろう!」
「それは……」
ルカがシャナイアを突き飛ばす。何も言えなかった。
直接手を下したわけではない。だが、シャナイアがこの場に居たから彼等は死んだ。
自分がもっと早く村を出るか、そもそも立ち寄ったりしなければロイドがあんな目に遭うこともなかった。
シャナイア、否、翠眼の英雄という存在が争いの種なのだ。
「ここで貴様が手を下さずとも、こいつ等はすぐに他の聖霊に殺されるだろう。良くて斬首、悪くて火炙り。最悪は、あらゆる拷問を施され長い間苦しむことになるだろう……ほら、どうするんだ」
「……俺、は」
言葉を、飲み込むしかなかった。反論の余地はない、ルカの言う通りなのだ。シャナイアならば、彼等を苦しませずに殺すことはいくらでも可能だ。
しかし、他の聖霊はどうするか。きっと、憂さ晴らしの為にあらゆる苦しみを与えるだろう。
それなら、英雄はどうするべきか。
いや、もう聖霊が望む英雄はもう居ないのだ。
「……わかった」
だから一番卑怯で、最低な方法を取ることにした。シャナイアは足元に放られた剣や槍の切っ先を彼等の元に投げ渡す。
五人全員が、驚愕の表情でシャナイアを見た。
「何の、つもりだ?」
「悪魔にとって、聖霊に……特に、死んだ筈の俺に殺されるのは屈辱だろう? 他の聖霊に良い様に嬲られるのも、耐え難い物だと判断する。それでも、俺に殺されたい者はもう一度立ち上がるが良い」
「それが嫌なら、自害しろということか……」
直接手は下さない。彼等の命を救うことは出来ないが、最低限の威厳を護らせることは出来る。
我ながら、最低だと思う。こんな方法しか思いつかない自分に、吐き気さえ催した。
「本当に、舐められたものだな……貴様なんかに情けを掛けられること自体が屈辱だが」
「そこの女……あんたに、介錯を頼んでも良いか?」
五人分の視線が、ルカに縋る。ルカは忌々しげに、舌を打った。
「……どうしても死ねない者が居れば、トドメは刺してやる。だが、貴様らなんかの血で剣を汚したくはない」
「はは、わかったよ」
男達は、震える手でそれぞれの武器を取る。立ち上がる者は、一人も居なかった。
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