三章③ 正体
「なっ、何だお前は」
「ああ……貴様等が隻眼狩りなんてくだらないことをやっている集団か」
お互いに面識は無いらしい。シャナイアは立ち上がり、ルカに向き直る。
「どうしてあんた達がここに居るんだ?」
「貴様の正体が見たいと言ったから、ここまで担いできたんだ。そうしたら、何だかややこしいところに乱入してしまった……言っておくが、あいつらと一緒にするなよ。私の狙いは貴様だけだからな」
ルカが忌々しく吐き捨てる。セルジとヴィムが、シャナイアに向かって叫ぶ。
「シャナイアくん! ここはおれ達に任せて、ロイドとアイリを連れて逃げるんだ!!」
「逃がすわけにはいかない!! その隻眼のガキは殺す、それが悪魔の希望だ!」
セルジが弓矢を構え、ヴィムも斧を構える。その刃には、血と脳漿でべったりと汚れている。
悪魔達も、それぞれに武器を構える。ロイドの出血はそれ程酷くはないが、それが致命傷となっていることは明らかだ。
「さあ……どうするんだ?」
ルカが問う。彼女の言いたいことはわかる、しかし躊躇しないわけではない。
「……セルジさん、ヴィムさん。二人を連れて、村まで戻ってください。あなた達がこれ以上悪魔と争う必要はありません」
静かな声音で紡ぐ。一歩、また一歩と彼等から離れ悪魔の元へ歩み出る。
「これは、俺の問題です。ロイドの怪我は、一刻を争います。早く、村に戻ってください」
「何を言っているんだ、シャナイアくん!?」
「俺の言う通りにしてください。お願いですから……」
「村の皆が、きみのことを護ると決めたんだ。だから――」
「……それならば、言い方を変えます。言う通りにしろ……これは、命令だ!」
力の限りに、叫ぶ。振り返りながら左眼を隠す眼帯を引き千切り、今度は両眼でしっかりと村人達を見据えた。
広がる驚愕。アイリが目を見開き、信じられないと声を漏らす。
「シャナイア、その眼……!」
今までの関係をぶち壊すことだとわかっていた。それでも、これ以上争いを長引かせない為にはこうするしかなかった。
月光に照らされる瞳は、熱病によって失明してなどいなかった。だが、彼の右眼とは明らかに異なっている。
それは蒼でも紅でもない、翠玉のような不思議な翠色だった。
「セレナイト帝国第二王子、ルイ・セレナイトの名の下に命ずる。全員その場を動くな。逆らう者には然るべき罰を与える」
威圧的に、シャナイアは言った。その姿は旅人の青年などではなく、終戦間際に命を落とした筈の若き王子。
翠眼の英雄。それこそ、シャナイアの正体である。
「ルイ、さま……? 本当、に……」
「う、うそだ!! 英雄は死んだ……そ、それに! ルイ・セレナイトは金の飾りがついた純白の棍杖を持っていた筈」
「……これのことか?」
杖に巻いていた布を解き、その姿を露にさせる。肩の高さまである杖は純白、両端には金の飾り。
宝品のようにも見えるがれっきとした武術用の杖、棍杖である。
「セレナイト王家の命令は絶対。俺の指示には従って貰う」
それとも、シャナイアが続ける。セレナイト王家の命令は絶対、それは死んだとされていたルイのものだったとしても覆らない。
「俺の言うことが聞けないのか?」
「そ、それは」
「もう一度言う。その二人を連れてさっさと帰れ……邪魔だ」
冷酷無慈悲。しかし、これが英雄なのだ。
「……わかりました」
セルジが答える。ヴィムは包丁を動かさないようにしてロイドを自分の馬に乗せる。アイリはセルジの後ろに乗った。
「シャナ、イア……お前、本当にルイさまだったのか……なんでだよ」
「どうしてなのシャナイア、信じていたのに……」
友人二人の、悲痛な声。今まで築き上げてきたものが、たった一瞬で全てがぶち壊しになった。
心臓が締め付けられるように痛む。
「……ルカ・クレイル。お前はこの人達の味方? それとも――」
「くだらん」
ルカの方は見ないまま、シャナイアが問う。今まで背後に立っていた彼女はつまらなそうに鼻を鳴らすと、踵を返し距離をとる。
「何度も言わせるな。私の狙いは貴様だけ、そんな雑魚など知らん。勿体ぶった分、見せて貰おうか?」
そう言って、ルカは山道の脇の適当な木の幹に背を預けた。どうやら、どちらかに加勢する気はないらしい。
「貴様の……英雄殿の実力を」
「実力、か……」
残る相手は五人。皆、それぞれに武器と防具で武装している。栄養状態も悪くない。余力はまだまだ充分だろう。
対して、シャナイアは一人。愛用の棍杖を手に持ち、握る。ずっと隠していた左眼のお陰で、視界が元通りになった。
シャナイアは一度目を瞑り、ゆっくりと開く。
「……全員、今すぐ武器を捨てろ。大人しく投降するなら、俺は何もしない。ブーゲンボーゲンまで連行し、相応の罰を受けて貰う」
棍杖を突き付け、五人に宣告する。しかし、頷くものは誰も居なかった。
「相応の罰、だと? ……良くて斬首、悪くて火炙りってところか」
自嘲。呼び覚まされる久しぶりの感覚に、眩暈がする。
憎悪に満ち満ちた表情。肌を切り裂くような殺気に、シャナイアの感覚も研ぎ澄まされていく。
「翠眼の英雄、ルイ・セレナイト……悪魔は聖霊に負けたが、翠眼の英雄は悪魔が殺した。それが、悪魔にとって唯一の誇りだ。希望なんだ、だから……」
剣が三人、弓矢が一人、槍が一人。全員が、シャナイアに向けて武器を構えた。
「仕留め損なったのなら、もう一度死んでもらうだけだ!」
剣を構えた男が、力強く地を蹴り距離を詰める。体格の良い身体から振り下ろされる刃は、呪術によって相応以上の威力をもってシャナイアに襲い掛かる。
夜の闇に響く、悲鳴のような金属音。両手で棍杖を構え直し、刃を受け止める。聖霊が悪魔の力を真向に受け止めることなど出来ない。誰もが疑うことのない普遍の事実。
真実、である筈だった。
「な、どうして……」
剣はどれだけ力を込めようとも、シャナイアを両断するどころか、棍杖を弾き飛ばすことすら出来なかった。
むしろ、腕力で勝っているのは明らかにシャナイアである。
「ぐっ、なぜだ……聖霊のくせに」
「……俺と単純な力比べで勝とうとしてるなら、無駄だよ」
男を突き飛ばす。同時に、別の悪魔が弓を引いているのが見えた。視界の奥、明らかに普通に駆け寄るのではどうしても間に合わない。
ならば、普通ではない方法で距離を詰めれば良いだけのこと。
「あんた達、大したことないね」
「えっ――」
刹那。驚異的な速度を持って弓を持つ男の前に立ち、その手首を打つ。棍杖から伝わる感触が、両手首の骨を砕いたことを物語っている。
地面に落ちた弓を蹴り、そのまま流れるような動作で男をなぎ倒す。両腕の自由を無くした男は、代わりに渡された激痛に無様に地面を転がりながら悲鳴を上げている。
「よくこの程度の実力で、あの戦争を生き残れたな? 準備運動にもならなさそう、本気を出すまでもないかな」
再び四人から距離を取る。彼に巻き込まれた風がふわりと金髪を揺らす様は、戦場に立っているとは思えない程に優雅だった。
憎々しげに、悪魔の一人が言う。
「コイツ……! おかしい、まるで悪魔みたいな戦い方を――」
ようやく、彼等は悟ったらしい。身体能力に劣る聖霊は、数人の悪魔を相手に武器での戦いを仕掛けたりはしない。だが、シャナイアは違う。
「まさか、聖霊のくせに……そんなことが、あるわけない!!」
「それなら、試してみるか?」
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