二章③ 力の使い道
籠自体はそれほど大きくないものの、カボチャがぎっしりと満杯になっている為かなり重そうだ。
シャナイアが両手で籠の端を掴む。
「え……いやいや、シャナイア君一人じゃ無理だよ。腰を悪くするよ」
「シャナイアー? いくらお前がバカ力でも、一人じゃ無理だって――」
二人が似たようなことを言って。しかし、すぐに黙り込んでしまった。
「あ、本当だ。結構重いね……でも」
運べない程じゃないな、と軽々と籠を持ち上げて見せて。そのまま一人で運んでしまえば、ロイドはもう文句を言うことはなかった。
「シャナイア……お前、バカ力通り越してバカなんじゃねぇ?」
「なにそれ、褒められてるの?」
荷車に載せる時だけ手伝って貰って。唖然と瞬きを繰り返すロイドに、苦笑を返す。
「旅人だからね、力と体力は自然に鍛えられるんだよ」
「はー、そういうものなのかねぇ? ……それにしては、シャナイアって細いよな」
決して筋骨隆々ではなく、むしろ体格はロイドの方が良い。
シャナイアは自分の両手を握り、また新たに知った。
じわりと、温かい感覚が指先まで漲る。
「……こういうことにも使えるんだよ、この力は」
争いだけではない。力は使いようによっては、他者を助けることも出来る。彼等に知って貰えるなら、どんなに良いだろうか。
秘密を打ち明けられたら、どんなにラクだろうか。何度も思った。しかし、結局今まで彼等に自分のことをほとんど話していない。
「何か言ったか?」
「……いや、何でもない」
ロイドの声に、首を振って。どうやら朝の仕事はこれで終わりらしく、カボチャや他の野菜がたっぷり積まれた荷車を押して村に戻る。
小石が転がる畦道は荷車を何度も横転させようとし、その度に慌ててバランスを取り直すのが大変だった。
「いやー、シャナイアくんが居てくれると畑仕事が本当に捗るよ。皆戦争に行っちまったから、この村は若者が少なくてねぇ」
ロイドが押す荷車からカボチャが落ちないよう支えていると、レジーが後ろから声をかけてきた。
三年前まで続いていた、ガーデン全土を巻き込む種族戦争は、聖霊からも多くのものを奪った。幾つもの村や町が焼き払われ、命が散った。熾烈だった戦いに自ら名乗りあげる者も居れば、徴兵令の対象となり無理矢理に連れて行かれる者も居た。
ホルン村もそう。若者と呼べそうな者は、ロイドとアイリだけ。
「シャナイアくんが、ずっとこの村に居てくれれば良いんだけどねぇ?」
「あはは、そう思ってくれるのは嬉しいけど……でも」
「実はさ、オレもそう思ってるんだぜ?」
老人の言葉に、ロイドが賛同するように頷く。てっきり冗談だと思っていただけに、シャナイアは言葉を飲み込んだ。
「この村、見ての通り何にもねぇけどさ。同年代もオレとアイリくらいしかいねぇし、つまんねぇかもしれないけど。村中の皆、すっかりシャナイアに懐いちまってさ」
「で、でも……俺は」
「それに、その左眼。いつ、どうやって怪我したのかは知らねぇし、これからも聞くつもりもないけどよ。眼が不自由なのに、いつまでも旅を続けるなんて危険だって。この間の兵士みたいな変なヤツに絡まれたりするのも面倒だろ?」
いつの間にか、周りに人が集まっていた。皆、笑顔だった。
「そうそう、ロイドもたまには良いこと言うじゃねーか」
「シャナイアくん、いつまでもこの村に居てくれないか? 住む場所なんか余ってるくらいだし、食べ物も美味しいよ?」
「すっかりシャナイアくんは人気者なんだよ。無理にとは言わんが、どうか考えておいてくれんかな?」
否定する者は、一人も居なかった。どうしよう、素直に嬉しい。
シャナイア自身、ずっとこの村に居られたらと思っていたのだ。だが、それは絶対に許されない。
「嬉しい、けど……でも、やっぱり俺は」
「ま、今すぐ答えてくれなんて言わないからさ。でも、何か困ったことや悩んでることがあるなら遠慮なく言えよ? オレの方は、勝手にお前のこと友達だと思ってるからさ!」
背中を強く叩かれて。不意打ちな痛みに悶絶していると、ロイドは逃げるように荷車を押して行ってしまった。
「いたた……友達、か」
背中を擦りながら、その場で立ち止まって。皆は笑いながら、村に帰って行く。振り向くと、緑豊かな農場。
気持ちの良い風が吹いて、土の良い香りがする。住人は皆優しくて、悪魔は居ない田舎。
皆は、何もない村だと言った。それでも、シャナイアにはこれ以上ない魅力的な場所だった。
「……ありがとう」
零れる思い。出来ることなら、ずっとこの村に居たい。
でも、シャナイアは独り呟く。
「そんなこと、許される筈……ないよな」
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