二章④ 友達
※
朝食を食べた後、シャナイアはロイドとアイリに誘われて山に入り、山菜や茸を取りに来ていた。
太陽は高く昇り、赤や黄に染まり始めた木の葉からきらきらと光が漏れる。有り難い山の幸を籠一杯に収穫した後、しばらく三人で遊んでいた。
とは言っても、ロイドがシャナイアに「戦い方を教えて欲しい」と言い始めたのがきっかけだったのだが。
「その剣は片手じゃなくて、両手で構えた方が良いと思うよ。あと、もっと低く。肘は伸ばさない」
「こ、こうか?」
「そうそう」
田舎村育ちの青年は、まず基本からなっていなかった。誰も教える者が居なかったのだから仕方ないのだろうが。
自己流で剣を構えるロイドの手を、杖で軽く叩いて直して行く。これでは、野犬すら追い払えそうにない。
「……あの、この体勢キツイんだけど」
「うーん、とりあえず毎日素振りかな。一日百本ね」
「百本!?」
驚愕の悲鳴を上げるロイド。彼の顔があまりに情けないものだったので、思わず噴き出してしまう。
「軍の兵士達はその十倍はやってるよ……って、聞いたことあるし」
危ない危ない。もちろん、彼にそこまでの鍛錬は必要ないだろう。早くも剣を投げ出し、その場に座り込んだロイドが喚く。
「あーっ、ムリムリ! こんなのムリ、絶対!」
「情けないわねぇ、お兄ちゃんは。これでも、三年前は兵士さまだったのよ? 英雄と同じ戦場に立つんだって、張り切ってたんだから」
切り株に腰を下ろして、今まで二人を静かに見守っていたアイリが嘆息した。
三年前、ロイドはほんの短い期間ではあったが本当に兵士だったらしい。彼は長男であり、徴兵令の対象ではなかったが自ら志願したのだそう。
しかし村中から反対され、やっと説得出来て兵士に志願した頃には戦争に終止符が打たれた。兵士としての働きは、精々鎧を着たことくらいだろうか。
「だって、格好良いだろ! ルイ・セレナイト王子はオレ達とほとんど変わらないのに、戦争ですげー活躍したんだぜ!? 男なら同じ戦場に立って背中を預けて貰いたいって思うだろ。なっ、シャナイア!?」
「えっと……どうだろう」
「それなのにさ……戦争が終わる前に死んじまうなんて。悲しいよな、悔しいよなぁ」
「出た出た。お兄ちゃん、本当にルイ王子さまのこと好きよねぇ」
暑苦しく語り始めたロイドに、アイリが肩を落とす。ルイ・セレナイトは戦場に出ていた者だけではなく、ロイドのような田舎村の青年にまで惹かれるようなカリスマ的存在だったよう。
シャナイアは何も言わないまま足元に放られた剣を取り、視線を落とす。飾り気の無い、両刃の剣。扱いやすさを重視したもので、軍から支給されるものだ。
しかし、終戦目前に兵士になったロイドとこの剣は結局、戦いを知らないまま彼と共に故郷に帰ってきた。
「……綺麗な剣だね」
「何か言ったか?」
「ううん。はい、大事なもの」
ロイドが戦場に出なくて良かった。悪魔を斬らずに済んだ刃に目を細めると、くるりと柄を回してロイドに渡す。
「おっ、サンキュ。ところでさあ、シャナイアって意外と強いけど……もしかして、戦争に行ったことあるのか? 傭兵だったとか?」
「そんなんじゃないよ。護身程度に習ってただけだし、旅を続けている間にこうなっただけ」
「そっか……ところで、好きな女の子のタイプは?」
「えっと……ちょっと待って、何の話?」
「ちっ、どさくさに紛れて喋ると思ったのに!」
謎の誘導作戦に、危うく引っかかりそうになった。しかし最も慌てたのはシャナイアではなくかったようで。
「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん!? いきなり何訊いてんのよ!」
アイリが掴み掛る勢いで、ロイドに駆け寄る。もの凄い形相であったが、なぜだかその顔面は耳まで赤い。
「なんだよ、アイリが一番気になるだろー? シャナイアの好みなタイプ! 普通に訊いてもはぐらかしそうじゃん、コイツ」
「はあああ!? バッカじゃないの!」
「痛いって、脛蹴んな! で、どうなんだシャナイア?」
「どうなの、シャナイア!!」
「……えっと」
いつの間にかアイリまで訊く気満々である。どうにも退路を見出せずに、苦笑しながらシャナイアは頬を掻く。
「あんまり考えたことない、かな」
うん、考えたことがない。というか、そもそも今までの旅でそんな余裕は無かったのだが。
しかし、そんな答えでは目の前の兄弟は納得してくれないらしい。
「えー! ウソだろ、そんな男居るのかよ。旅人のくせに!!」
「いや、そこに旅人は関係ないかな」
「じゃ、じゃあ……初恋の人とかは、どんな女の子だった?」
「おっアイリ、ナイス! さあさあ、洗いざらい吐いてもらおうかぁ?」
にやにやと口角を上げるロイドに、必死に食い下がるアイリ。妙に息の合った連携を見せる兄妹に、流石にたじろいでしまう。
「は、初恋って……」
考えてみる。彼等が思っている程、自分の人生は華やかなものではなかったのだが。抜き身のままであるロイドの剣が視界に入る。その時ふと、あることを思い出した。
――貴様は私が倒す!
「髪が長くて、凄く綺麗な……少し年上の人、だった気が」
束ねた長髪を翻し、間近に迫る紅玉の瞳。氷の美貌で妖しく微笑し、一点の曇りもない長剣を振るった、あの女剣士のことを無意識に喋ってしまっていて。
はっ、と我に返った頃には既に遅く。
「……髪が長いことしか、共通点が無い」
「お姉さん好きかよ、シャナイア……意外だぜ。でも、わかる! 良いよな、大人のお姉さん」
「なっ、なななにその反応……嫌だ、なんか嫌だ!!」
「照れるなよー。それでそれで、その人とはどこまで行ったんだ?」
「ま、まともに話したこともないから! もう、この話しは終わり!!」
無理矢理に話しを終わらせて、黙秘を貫く。他にも色々と下衆な質問をしてくるロイドと、先程までの勢いをすっかり無くしたアイリをどうしたら良いかわからず途方に暮れる。
同時に、思う。果たして、美しい『銀の髪』を持ったあの人は、今もまだどこかで生きているのだろうか。
「そろそろお昼じゃない? 帰ろうよ、お兄ちゃん」
気を取り戻したアイリが、ロイドに言う。しつこくシャナイアに訊き続けていたロイドだったが、ようやく諦めてくれたらしい。
「そうするか。あーあ、つまんねーの!」
剣を腰元の鞘に戻し、のそのそと立ち上がるロイド。慣れない話題に緊張していたのか、やけに疲労した気がする。
「うう……それにしても年上かあ、そればっかりはどうにも」
「ちんちくりんのお前じゃー、ムリかもなぁ」
「あー! もう、うるさいうるさい!! お兄ちゃんのばかっ!」
内容はよくわからないが、そんな兄妹喧嘩の後を追う。しかし、穏やかな秋の陽光の中でふと、シャナイアの勘が告げる。
誰か、居る。
「どうしたの、シャナイア?」
「ごめん、先に村へ帰っててくれる? すぐに追いつくからさ」
「は? お、おいどうしたんだよ!」
困惑する二人を残して、シャナイアは駆ける。木の葉の積もった柔らかな地面を蹴り、『不自然』にならない程度に急ぐ。
太陽が、雲に陰る。頬を撫でる風が冷え、視界に不気味な暗闇が落ちる。
「……どこだ」
隻眼で見える世界は狭い。焦りが、シャナイアを更に惑わせる。
近くには二人が――友達が居るのに。
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