一章⑤ 敗者の末路
戦争が終結した後、新たに制定された法律には命に関わる非常時以外での状況下において、悪魔を含めた全ての人を殺傷する為の神術は禁止とされている。因みに国軍兵士は除く。
積極的に護られているかと言われれば疑問だが、法律という二文字を出されれば流石に男や観衆の狼狽も露わになる。
所詮、その程度の好奇心だったか。
「わっ、わかった! そこの悪魔のガキは見逃すから、だから早く」
離してくれえぇ!! 無様な醜態が望んだ通りに、シャナイアは腕を解放した。男はこちらを一瞥することもなく、そのまま逃げ出してしまった。
大の男が情けなく叫ぶ様に、観衆の興味も冷めたのか徐々に散開し始める。
「わあ……シャナイア、あなたって本当は強いのね」
残ったのは、唖然とした表情のアイリ。そして、ぽかんと抜け殻のようになった悪魔の少年だけである。
「本当は、って……随分な言い方だね?」
「だって、普段はぼーっとしてることが多いから。あの人の方が大きかったし」
「旅に危険は付き物だから、それなりに鍛えてるだけだよ。あの人は無駄な動きがちょっと多いから、隙が突きやすかっただけ」
アイリの手から杖を受け取り。杖は使わずに済んだものの、かなり目立つ行動をしてしまった。
「それで……その子は、どうするの?」
恐る恐る、アイリが少年を指す。彼女はどちらかというと、悪魔を怖がっているよう。
改めて、少年を振り返る。涙に濡れた、紅い瞳がびくりと怯えた。
「……きみ、お腹減ってるの?」
「は、はい……でも、大丈夫です。もう、盗みはしません」
ぐう、と少年の腹の虫が鳴く。気まずそうな彼から一旦離れると、先程のパン屋に向かう。
そして、困惑顔の女主人から注文したものと、もう一つ加えたものを受け取り代金を払う。
「はい、これ」
「え?」
再び少年の元に戻ると、彼と視線が合うようにしゃがんで、包みを一つ渡す。
「あげるよ。だからもう、悪いことしちゃ駄目だからな?」
「で、でも……」
「貰ったものなら、誰も文句言わないから。大丈夫だよ」
にっこりと笑って、その銀髪をわしわしと撫でてやる。埃っぽいが感触は柔らかい。
「うん……ありがとう、お兄ちゃん!」
漸く見られた、子供らしい満面の笑み。少年は立ち上がると、渡された包みを大事そうに抱えながら、路地裏を走り去って行った。
悪魔は綺麗な表通りを歩くことすら、許されていないらしい。
「……シャナイアって、優しいよね」
反論することなく、大人しく一部始終を見守っていたアイリが漸く口を開いた。
「そう?」
「普通、子供でも悪魔なんか助けないでしょ。アタシも、確かに殺しちゃうのはやり過ぎだとは思ったけど」
呆れたように言われ、しかし最もな言い分に肩を諌めるしかなく。
悪魔は文字通り、低脳で邪悪な存在であるとシャナイアも教わってきた。想像すら出来ない程に長きに渡った戦争は、全ての聖霊の心に焼き付くような憎悪を刻み付けたのだ。
「パンまであげなくても、良かったと思うけど。悪魔に優しくなんかしてたら、シャナイアまでバカにされちゃうよ?」
「バカにされるくらい構わないよ。この眼のこともあるから、慣れてるし」
「……でも」
「それに、これは俺のせいだからさ」
思わず、消え入りそうな声が漏れる。路地裏へ消えて行った小さな背中に、杖を掴む手に力が籠もる。
「俺のせいなんだ……あの子が空腹で、受けなくても良い暴力を受けているのは」
「……シャナイア?」
それは、懺悔。しかし、誰にも打ち明けられない絶対の秘密でもある。不安そうに見上げるアイリを蒼い右眼で見やり、何でもないと笑う。
「ほら、早くお酒買いに行こう。ロイドが本気で寝たら、起こすの大変だからさ」
先に歩き出せば、遅れてアイリが隣りに駆け寄ってくる。
三年前から始まった、たった一人の英雄がもたらした平和は、今日も何事も無く保たれている。だが、彼等は知らない。
翠眼の英雄は死んだ。
しかし……彼の亡骸はまだ、行方不明のままである。
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