一章
一章① 追悼式典
「こんな大切な日に、きみは一体こんな場所で何をやっているんだ?」
「いや、何って言われても……」
これから戦いに行くわけでもないだろうに、重苦しい鎧姿の壮年が詰め寄る。
胸元には四色で彩られた王国の紋章。銀の鎧をきっちりと着込んだ装いは、男が軍の兵士であると言葉無く且つ威圧的に語っている。
対して、詰め寄られたのはまだ若い青年だ。
「馬車の留守番をしつつ、馬に昼食をあげています」
今の行動をそのままに答えてみる。今は正午を回った頃、山のような荷物を文句も言わずに引っ張る可愛い働き者に、干し草と水をあげているだけで。
不審なことはしていないつもり、なのだが。
「そうではない。今日は何の日か、わかっているのか? 三年前に亡くなられた『翠眼の英雄』こと、『ルイ・セレナイト王子』の追悼式典だぞ」
青年が答える前に、男が言う。拳を固く握り締め、情熱的に。
悪く言えば、非常に鬱陶しい。
「なんと、なんと悲しいことなのか……ルイ王子は三年前の今日、弱冠十五歳という若さにして亡くなられたのだぞ。『翠眼の英雄』であるあの方が、憎き『悪魔』の凶刃によって……それを、きみはわかっているのか!! ええ!?」
「えっと、それは知ってますけど」
「ルイ様がお亡くなりになったと言われているこの日のこの瞬間に、皆で一心に祈りを捧げる。平和をもたらしてくれた英雄に最大の感謝を送り、命を無駄にしないよう精一杯に生きていくことを誓う」
「……はあ」
「全く、これだから最近の若者は。ルイ様が命を賭けて戦ってくれたからこそ、きみや私が今日も平穏に生きていけるのだ。その辺りをわかっていない」
ぶつぶつと、途切れない愚痴の数々。そうは言っても、動物には祈りよりも食事の方が大事なわけで。満足したらしい、馬の柔らかな栗色のたてがみをぽんぽんと撫でてやる。
大体、祈るのは正午になったほんの数分だけ。あとはただのお祭り騒ぎになるのに。
「……すみません、今度から気を付けます」
軽く頭を下げる。そもそも、なぜ祈りの時間が今日の正午なのだろうか。
正確には昨日の夕方である。その辺りを彼等はわかっていない。
「以降、気を付けるようにな。ところで、きみ。左眼はどうしたんだ?」
やっぱり訊かれた。青年は男と同じ金髪で白い肌、蒼色の瞳を持っている。顔立ちは端正で、襟足が少し伸びた髪は猫のように柔らかい。
左眼は、黒革の眼帯で隠されてしまっている。
「これは、子供の頃に熱病で……失明してしまっているし、見た目も悪いのでこうして隠しているんです」
苦笑しながら答える。こう答えておけば相手の同情を買い、深くは詮索されない。
その筈、だったのだが。
「確認させてもらっていいか?」
「……は?」
最悪。職務に真面目な兵士様は、一般市民の個人的な隠し事など眼中に無いらしい。
「え、えっと……どうしても? 結構エグいですけど。今夜の夢に出てくるかも」
「構わない、戦場の夢よりずっとマシだ」
「本当に? どうしても?」
「どうしてもだ」
「……実は、この左眼には古に世界を滅ぼさんとした邪悪な竜が封印してあるんですけど。良いんですか、あなたの無責任な行いで街どころか大陸自体が消し飛ぶかもしれませんよ」
「子供の頃の熱病で失明したんじゃなかったのか?」
くそ、しつこいな。なんと言いわけをしても、男は納得してくれないらしい。だが、大人しく左眼を見せるわけにもいかない。
幸い、辺りには自分達以外に人は居ない。
「……わかりました。でも、見ての通り両手が塞がってるんで。ちょっと、待っててください」
残った干し草をしまう素振りを見せながら、左手で馬車の中を探る。すぐに布で包まれた、棒状のものが指先に触れる。
それを掴み、考える。男は頑丈な鎧を着込んでおり、ちょっとやそっと殴っただけではこちらが痛い思いをするだけだ。
それでも、ある。男を一撃で失神させる方法が。
考え、見極める。だが幸運なことに、それ実行する必要はなくなった。
「おーい、シャナイア。悪い悪い、時間かかっちまって」
「シャナイア、ごめんね? もうっ、お兄ちゃんってば余計なものばっかり買おうとするんだもの」
兵士の背後から、数歩先から名前を呼ぶ二人の男女が慌ただしく駆け寄って来た。
一人は針金のように短い髪に、健康的に日焼けをした童顔の青年。背は高く、体格もなかなか良い。
もう一人は、癖の強い長い髪を三つ編みにし左肩に流すそばかす顔の小柄な少女。
二人共、やはり同じように金髪と白い肌で蒼い瞳である。大きな目元が、二人共そっくりだ。
「きみ達は、彼の友達か?」
兵士の問いかけに、二人が顔を見合わせる。それぞれの両手は、大きな紙袋に零れんばかりに詰め込まれた荷物を抱えている。
少女にお兄ちゃんと呼ばれた青年が、当り前のように頷く。
「そうだけど……シャナイアに何か用でもあるの?」
「失礼だが、きみ達の名前は?」
「オレはロイド、こっちは妹のアイリ」
「この街の者ではないのか?」
「そう。ここから山を一つ越えた田舎村の田舎者だ」
「この彼もか? 彼の左眼は、本当に失明しているのか?」
「……なに、アンタ。人の過去をほじくり返して楽しいの? コイツが今まで目のことでどれだけツライ思いしてきたか、想像することも出来ないのかよ?」
臆することなく兵士に詰め寄るロイド。腰に片手剣を差しているにも関わらず、圧倒されたのは兵士の方だった。
「す、すまない……実は近頃、『悪魔』による『隻眼狩り』が横行しているようでな。片目が不自由な者に、老若男女問わず襲い掛かっているようだ。道中気を付けるようにな」
そう捲し立てると、男はそそくさとこの場から逃げ出した。
ロイドがちっ、と舌を打った。
「何なんだよ、アイツ。デリカシーってやつがなくてホントにムカツク……シャナイアも、ぼうっとしてるからあんなのに絡まれるんだぞ?」
「ご、ごめん……」
叱られてしまえば、謝るしかなく。
しかしすぐに、今まで黙っていたアイリが呆れたように言う。
「お買いものがもっと早く終われば、シャナイアが兵士さまに絡まれることもなかったんじゃないかなー?」
「おいアイリ、そういうオマエだってあれこれ悩んでたじゃねぇかよ。菓子パン食いたいとかなんとか……痛っ! 脛を蹴るな、バカ!!」
「ちょっと! シャナイアの前でアタシが食い意地が張ってるみたいに言わないでよ!」
言い争いが絶えない兄妹だが、本当は凄く仲が良いことを知っている。そんな微笑ましい様子に、どうしても笑ってしまう。
「おい、シャナイア……何笑ってんだよ」
「もう、笑わないでよシャナイア」
「あはは、いや……ごめんごめん」
羨ましい、と思ってさ。シャナイアの言葉に、二人は再び顔を見合わせ、気まずそうに争いを止めた。
「それにしても……気になるね、隻眼狩りって」
「ふんっ。どうせ諦めの悪い『悪魔』の負け惜しみだって。大したことねぇよ。もしそんなヤツらが襲ってきても、オレが追い返してやる」
心配そうに顔を曇らせるアイリに、ロイドが吐き捨てる。
ルイ・セレナイトは他の聖霊とは違い、左眼が翠玉のような不思議な翠色をしていた。幼少時代は周りと違う容姿を気味悪がられ、眼帯で隠していたそうだ。
しかし戦果を上げて英雄と呼ばれる頃には、彼の象徴となっていた。故に、彼は『翠眼の英雄』と呼ばれている。
それが関係しているのだろう、ふざけて左眼を隠していた若者が悪魔に襲われたという噂は、シャナイアも耳にしたことがある。
「ほら、早く荷物積んじゃおうぜ? シャナイアも手伝えよー」
言われた通りに手伝い、大量の荷物を馬車に積み込む。どことなく、傍に居る馬の表情が憂鬱そうに見える。
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