一章② 旅人の青年

「そういえば、街の様子はどうだった?」

「すごく賑わってたよ! いつもなら手に入らない珍しいお菓子とか、可愛い毛糸細工とかたくさん売ってたの。アタシ、おこづかい全部使っちゃった!」

「でもよー、今日ってルイ様の命日だろ? こんなお祭り騒ぎなんかしてて、本当に良いのかねぇ」


 きゃっきゃとはしゃぐアイリとは対照的に、ロイドは複雑そうに嘆息する。


「ルイ様が危険を顧みず頑張ってくれたからこそ、戦争が終わったんだぞ? それなのに、『悪魔』に殺されて……もっと、こう厳粛にっていうか、静かに悲しむべきなんじゃないかって思ってさ」

「そ、それは……そうなのかな」

「いや、それは違うと思うよ」


 沈んだ表情を浮かべる二人に、シャナイアが言った。

 翠眼の英雄。超人的な才能で聖霊を勝利に導くも、志半ばで悪魔の奇襲により非業の死を遂げた。

と、されているらしい。


「せっかく平和になったのに、自分の命日が来る度に国民が泣いたら、それはとても悲しいことだと思う。こうして賑やかに騒いで笑ってくれていた方が、ずっと嬉しいと思うよ」


 誰かの死を悼むのはとても大切なことだ。だが、いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。生きている者は、死んでしまった人の分まで生きるべきなのだ。

 祈りより何よりも、今の平和を護り精一杯に生きること。それが、一番に大事なのだ。

 そもそも、否、考えるのは止めておこう。


「……シャナイアって、たまにドキッとすること言うわね」

「これでも人生経験豊富だからね」

「妙に落ち着いてるよな。まだ若いのに」

「なんか、引っかかる言い方だね?」


 そんな話を三人でしながら、荷物を全て積み込む。薄汚れた幌を張った、それ程大きくない荷台は既に七割程埋まった。

 これからの帰り道のことも考え、積荷を整理して程度の空間を確保した。馬の手綱を掴むのはロイドとシャナイアが交代で行うため、荷台にはアイリを含めた二人分の空間が必要なのだ。


「よし、これで必要なものは全部買ったよな?」

「うーん……あ! 忘れてた!」

 整理を終えた荷物を一つ一つ確認している最中、アイリが声を上げた。

「お酒! 村長達に言われてたの、すっかり忘れてた」


 忘れものがあることが判明した途端、疲れというものはどっと圧し掛かってくるもので。ロイドがぐったりと馬車の中に腰を下ろしてしまう。

 大きくはないとはいえ、荷馬車は街中では場所を取ってしまう為、街外れの道端に停めてあるのだ。

 そんなわけで、店が連なる中心街までは結構な距離がある。


「……別にいらなくね? 大人達、自分で果実酒とか作ってるじゃん」


 ロイドが言った。三人は全員が十代で、まだ酒という嗜好品には縁遠い。

 しかし、アイリは頑なだった。


「でも、村でもルイ様の追悼式はやるし、来月には戦勝記念日があるじゃない? あの日くらいは良い酒飲ませろって、皆うるさいんだから」

「えー、めんどくせぇ……しかも重いし、割れると大変なことになるし」

「ほら、良い歳してうだうだ言わない!」

「じゃあ、俺が買ってくるよ」


 アイリが腕を引っ張っても立ち上がる様子の無いロイドに、シャナイアが申し出る。

 そして、先程兵士に絡まれた時に掴んでいた杖を手に取る。二人にはとりあえず『結構値の張る杖』と言って誤魔化して、いつも持ち歩くようにしている。


「え、良いの?」

「良いよ。ロイドも疲れてるみたいだし、重い物なら俺が行った方が良いだろうし」

「アタシも行くよ! お兄ちゃんは留守番ね、ちゃんと荷物見ててよ?」


 慌てて駆け寄るアイリ。留守番を任されたロイドに見送られ、二人は一旦荷馬車を離れる。


「あ、あの……シャナイア、何か……ごめんね?」

「ん? 何が?」


 石畳で綺麗に舗装された道を歩きながら、不意にアイリが謝る。隣りに居る、自分より頭一つ分以上低い少女にシャナイアは首を傾げる。


「ほら、さっき兵士様にお兄ちゃんが文句言ってたじゃない? あの言い方だと、シャナイアもアタシ達と同じ田舎村から来た、みたいに聞こえたかもしれないし」


 ぼそぼそと、俯きながらアイリが答える。そんな彼女に、シャナイアは思わず笑う。


「謝る必要なんか無いって。むしろ、感謝してるくらいなんだけど。俺、ホルン村好きだよ?」

「ほ、本当に!?」


 ぱっと嬉しそうに顔を上げるアイリスに、笑顔のまま頷く。

 ロイドとアイリは、ホルン村という小さな田舎村の出身である。肥沃な土地で農業、酪農を主にほぼ自給自足の生活をしている。

 しかし、村の近くには川が流れているものの、海には遠く。加えて、アイリ達のような若者にはやはり娯楽が少なく退屈な村のようで。定期的にここ、ブーゲンボーゲンと呼ばれる栄えた港街まで荷馬車を引いて買い出しに来るのだ。

 だが、シャナイアはホルン村やブーゲンボーゲンの出身ではない。


「食べ物は美味しいし、静かで長閑だし、皆は優しいし。今までの旅の中で一番だよ」


 結構本当にそう思う。シャナイアは、旅人である。一ヶ月程前にホルン村を訪れ、今回初めて村の買い出しを手伝う為にアイリ達に同行しているのだ。

 心からの賛辞に、アイリが嬉しそうに笑う。


「そっ、そうよね!? 良い村でしょう? その、お店とかは少ないし、遊ぶところも無いし、シャナイアには退屈かもしれないけど」

「退屈だなんて、思ったこともないよ」

「で、でも……シャナイアってほら、結構……その、垢抜けてるっていうかなんて言うか」


 再び、俯くアイリ。しかも今度は、なぜだか妙に落ち込んだ様子で。

 シャナイアという青年は見目が良い。居住を持たない旅人にはありがちな無作法さはなく、むしろ動作の一つ一つに洗練された気品がある。

 左眼を隠す眼帯が異様ではあるが、返って彼に不思議な魅力を纏わせている。


「田舎が似合わないなー……って。なんか、お城で育った王子様みたいだよね」

「そ、そんなに良いものじゃないって」


 あはは、と力無く笑って。女性はなぜ、他人の観察力が強いのか。

 心臓に悪い、ひやひやする。


「あー、えっと……そういえばさ。アイリとロイドって本当に仲良いよね」


 何とかして話題を逸らせようと、咄嗟に思いついたことを口にするシャナイア。アイリもそれ以上、この話題を掘り下げる気はなかったようで。

 げっ、と嫌そうな声を出す。


「えー? そうかなぁ、ケンカばっかりだよ? 昔からお菓子の取り合いとか、おもちゃの取り合いとか、夕食のお肉の取り合いとか」

「取り合ってばっかりだね」

「ねえ、シャナイアには兄妹居ないの?」


 アイリの問いかけに、シャナイアは迷う。まあ、良いか。


「んー……兄さんが一人居る、かな」

「そうなんだ、アタシと一緒ね! 男の子の兄弟って、凄く激しいケンカしそうよね?」

「いや、俺は……ケンカとか、したこと無いんだ」

「えっ、本当? 凄く仲が良いのね!」

「うーん……どうだろう」


 多分、違う。

 きっと、あの人が凄く優しい性格だったからだと思う。


「ねえねえ、どんな人? 歳は近いの? シャナイアと似てる?」


 同じく兄が居るからだろう、興味を持ったらしいアイリが次々に質問を投げかけて来る。さて、どれから答えるべきか、どこまで答えて良いのか。

 しかし、シャナイアが答えるよりも先に、アイリが誰かとぶつかった。


「わっ、きゃ!」

「おっと、大丈夫?」


 体勢を崩したアイリの肩を抱き寄せる。ぶつかったのは、頭が禿げかけた壮年の二人組だった。

 酒瓶を片手に、真っ赤な顔で。肩を組みながら、アイリにぶつかった背の低い男が頭を下げる。


「おう、お譲ちゃん悪いな」

「い、いえ……」


 酒臭い息と共に渡された謝罪に、アイリがうっと黙る。それで終わりかと思いきや、酔っ払い二人組はその場で立ち止まってしまった。

 アイリとシャナイアをそれぞれ見やり、真っ赤な顔面で陽気に笑う。


「丁度良いや、若者たちよ。おれ達の話を聞いてくれ!」

「いや、えっと……すみません、急いでるんですけど」


 アイリを庇うように引き寄せ、シャナイアが答える。酔っ払いに絡んで良いことが無いことは、今までの旅で経験済みだ。

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