第1285話 どキングエルフさんとのっぺらぼう

【前回のあらすじ】


 キングエルフ留置所に送られる。

 アバシリ留置所はがんばれロ○コン村で犯罪を犯した凶悪ELFたちが送られる恐怖と暴力が支配する施設。そんな場所でキングエルフはさっそく、先輩囚人達から洗礼を受けることになるのだった。


「ほら、しょっぴかれて疲れているだろう。疲れのとれるツボを突いたぜ!!」


「や、優しい!!」


「その囚人服じゃ、アバシリ留置所の寒い夜は過ごせねえぜ!!」


「あ、温かい!!」


「ふぉっふぉっふぉ!! まぁ、どぶろくでも呑みなされ!!」


「は、犯罪!!」


 留置所でキングエルフを出迎えたのは気の良い奴らだった。本当にここは留置所か、あったかいELFたちの歓迎に、逮捕されて荒んでいたキングエルフの心と体が絆されていく。


 こんな感じで、はたして【ダブルオーの衣】を持っているELFを探し出すことができるのか。というか、本当にここにそんな奴がいるのか。


「お願い、はやくして兄貴!! このままじゃ、麗しき兄妹エルフの物語じゃなくうなっちゃう!! ほんと、はやく集めてきて!!」


 女エルフの下半身事情などつゆ知らず、やけにまったりとしたどエルフさんアバシリ監獄編が始まるのだった……。


◇ ◇ ◇ ◇


 留置所で思わぬ歓待を受けたキングエルフ。

 気の良い囚人(厳密には容疑者)たちと、持ち前のバイタリティで打ち解けたキングエルフは、さっそく【ダブルオーの衣】について彼らに尋ねて回った。


「うーん、そんな衣服を着ているような奴は見た覚えがないなぁ」


「というか、ここは基本的にこの作務衣が囚人服だからなぁ。こういう風に細かい改造をしている奴はいても、特殊な服を着ている奴なんてそう居ない」


「……そうか」


 元マッサージ師と元仕立屋の二人に心当たりはなさそうだった。

 残るは酔っ払いのパン屋店主だが――。


「……ひっく」


「……大丈夫かご老人?」


「あぁ? 大丈夫だぁ……このくらい、どぶろく程度で酔い潰れるような柔な肝臓はしとんらんわい。だははははっ!!」


「ちょっと爺さん、声を潜めて」


「職員さんに勘づかれちゃいますよ」


 この調子、すっかりとできあがってしまっていて話にならない。

 これはこの房に入ったのは失敗だったかなとキングエルフが頭を掻きむしった。


 とはいえ同居人のせいではない。誰を責める訳でもない落胆のため息を、ぐっと彼が喉に押し込んだ――その時だった。


「……まぁ、赤い衣を着て黄色いスカーフを巻いたELFの話は聞かないが、おかしな男の噂については聞いたことがあるな」


「なに? 本当か、爺さん?」


 酔っ払って気を良くしたのか、あるいは自分が何を喋っているのか分からなくなったのか。ちょっと危なっかしい感じに首を振りながら、そんなことをぼつりと呟く。

 それが【ダブルオーの衣】に繋がる情報かは分からないが、今は一つでも情報が欲しい。キングエルフは、詳しく話してくれないかと爺さんに少し食い気味に頼んだ。


 缶の中のどぶろくをぐいと煽って、爺さんが酒精を吐き出す。

 声のトーンを少し落とすと、まるで子供達に怪談でも聞かすような雰囲気で、彼はぽつぽつと語り始めた。


「そいつは名前がなくってな、どこからやってきたのか、なにをやったのか、まったく素性の分からねえ囚人なんだ」


「そんな囚人が」


「ここの留置所は拘置所を兼ねている。実は、死刑囚もここには拘留されているんじゃよ。おそらく、そいつは死刑囚だと思われる」


 留置所・拘置所・刑務所の詳しい違いについては、優秀な解説サイトがあるのでそちらに譲る。ただ、死刑囚というのは刑務所に入れられているのではない。日本国では拘置所に留め置かれることになる。


 留置所が拘置所を兼ねているのはどういう経緯かは分からないが、つまりここには死刑囚がいるということ。そしてその中にもしかすると――。


「……【ダブルオーの衣】の持ち主がいるかもしれない」


 その発想に思い至った時、キングエルフの中で爺さんの与太話は一気に意味合いが変わって来た。凶悪な死刑囚。その凶悪さが、【ダブルオーの衣】が与えたパワーから来るものだとしたら。


「それで話はもどるがな。なにより恐ろしいのは、その男に顔がないことなんじゃ」


「……顔が、ない?」


「そう。まるで自分でそぎ落としたようにな、目、口、鼻、頬がないんじゃよ。そのくせ、なぜか意思疎通ができる。気味の悪い話だろう」


 そんな状態になってまで意思疎通ができるのもだが、生きているのも不思議な話だ。人間たちとは身体のつくりが違うELFだからこそできるのか。

 いや、そんなことはない。きっとそれは【ダブルオーの衣】から得た力。


 きっとその顔がない囚人は、神造遺物の力によってそのような状態を維持できているのだ。以前、自分も【ダブルオーの衣】を着たことがあるからこそ分かる。

 あれは不可能を可能にしうるパワーを持ったアイテムだ。


「老人、その顔がない虜囚の名は」


 改まって尋ねたキングエルフに、赤い鼻を向けてはてなんじゃったかのうととぼける老人。「誤魔化さないでくれ」とその手を握れば空になった缶が畳の上に落ちた。


 慌てて他の囚人達が房の外を確認する。

 どうやら職員は気づいていないらしい。


 二人がほっと胸をなで下ろす前で、キングエルフと爺さんの問答は続く。そのふさふさに生えそろった髭をなぞりながら、「そうさな」と老人は困ったように言った。


「さっきも言ったように、素性不明のその囚人の名を誰も知らぬ。しかし、それでは我らも呼ぶのに困る」


「だろうな」


「ここの囚人および職人は、その顔のない男のことをこう呼んでおる――【のっぺらぼう】とな」


「……【のっぺらぼう】!!」


「あるいは、【カバ○くんの食欲に付き合いすぎた○ンパ○マン】と」


「……【カバ○くんの食欲に付き合いすぎた○ン○ンマン】!!」


 前者はなんというかそう形容するしかないので仕方ない感じがある。

 だが、後者は単純に悪口ではないだろうか。


 悪口にしてもなんというか、ダメージが薄いというか、平和というか、緊張感がない。いったいどっちのイメージで、挑めば良いのか分からず、キングエルフはついついどぶろくの入った缶を煽るのだった……。

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