第1213話 どエルフさんとサイキック社畜

【前回のあらすじ】


 吸血鬼生存者(幻覚魔法)を使うことにより、なんとか一階を抜けることに成功した女エルフ達。続いて向かうは二階だが――。


「ちょっと複雑な通路になっているのよね」


「だぞ。通路を歩いてELFに見つかるのは避けたいんだぞ。こまめに部屋に入って身を隠して行くんだぞ」


 彼女達がこれから向かう二階は、ぐるりと外壁を巡る一本道になったフロア。

 徘徊しているELFたちに見つからないように、少しずつ部屋を伝って移動する必要があった。潜入任務らしいと言えばそれらしいけれどもちょっと厄介な展開だ。


 まず女エルフ達が目指したのは――【能力抑制室】。

 いかにも近未来SFでありそうな部屋。特殊な能力を持った人間を封じ込めるための特殊な牢獄だが、女エルフ達のような普通の冒険者には特に問題がなさそう。

 逆に入り込むのにはいい場所だった。


 そのはずだったのだ。


「う、うわぁあああっ!(前のめりに倒れる)」


「ど、どうしたのケティ!?」


「だ、だぞ。なんだか急に胸が苦しくなってきたんだぞ」


「……もしかして、ケティってば何かの能力者だったの?」


「そんなことはないはずなんだぞ!! いや、けど――僕の祖先は確か、伝説に歌われた強い狼男だって聞いたことがあるんだぞ!!」


 しかし、部屋に入るやワンコ教授が倒れてしまう。彼女が倒れるようなフラグはどこにもなかった。能力者とも思えない。なのにどうして急にこんなことに。

 はたしてワンコ教授はなぜ倒れてしまったのか――その答えは!


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ。モーラ、僕はもうダメなんだぞ。どうか君だけでも先に進んで欲しいんだぞ。皆のことをたのんだんだぞ」


「ケティ!! しっかりしてケティ!!」


「だぞ。皆とまた一緒に、中央大陸に戻りたかったんだぞ……ぐぅ」


「……寝るんかい!!」


 子供は急に体力が尽きて眠ってしまうもの。

 ここに来るまで水着でいっぱいはしゃいだワンコ教授。頭脳働きがメインで、体力があまりない彼女が、そんな風に遊んだら――そりゃまぁすぐに燃料切れを起こして倒れちゃうのも仕方ない。


 ワンコ教授は体力的に限界だった。

 プール遊びは子供の体力を地味に奪う。プールから帰ってきて、すぐに寝ちゃうのはご愛敬。プールに入ったのはそんな伏線だったのだ。

 あと、暗くてひんやりとしていて寝やすい部屋というのも要因として大きいかもしれない。


 なんにしても、潜入ミッションのちょっとした気の緩みに絡め取られてねこけてしまったワンコ教授。ぐう・すか・ぴーと三つの音色で睡眠を表現しつつ、彼女はごろごろと床を転がるのだった。


 命があってよかったが――まったくと女エルフが不満そうに頭を抱える。


「これからどうしようかしら。ケティを抱えて次の部屋に行く? うぅん、ちょっと体力が保ちそうにないわね」


「そうだな。その嬢ちゃんが起きるのを待つのが賢明だとは思うぞ」


「やっぱりそうよね。一部屋ずつ移動するのもありかもしれないけれど……」


「やめとけ。このフロアで働いているELFも少なからずいるんだ。そいつらに見つかったらどうする。この部屋に居るのが俺だからよかったものを」


「だよね。親切じゃない人に見つかったら――」


 ぴょんと跳ねると杖を抜く。先を向けたのは声が聞こえた方。部屋の奥、ちょっと陰になっている辺り。闇に紛れてよく見えなかったが確かにそこに人の姿がある。

 さらになにやらカリカリと削るような音も。


 何者だと女エルフが誰何すれば、その物音がピタリと止まる。


「何者って、そりゃこっちのセリフだ。よりにもよってこんな部屋に入って来やがってさ。せっかくこっちが超能力を良い感じにセーブして仕事していたってのに、邪魔するんじゃねえよ……」


「超能力……もしかして、貴方は能力者って奴なの?」


「そうだよ。こんなしょーもない場所でもさ、暴発しない程度にはセーブがかかるから重宝してんだよ。いい塩梅にELFも入って来ないから集中できるし。なのに、なんで入って来ちまうかなぁ……」


 闇の中から現れるシルエット。

 ボサボサの髪に汚らしい無精髭、生気の無い顔にちょっと足るんだお腹。

 中年サラリーマンに脚を踏み込みそうな三十後半という感じ。


 男は面倒くさそうに頭を掻くと、はぁとため息を吐き出して視線を足下へと落とす。敵意がないのを示すように両手をあげると、片方の唇を吊り上げた。


「大丈夫だ、俺はお前さんの敵じゃない。味方でもないけれどな」


「……貴方は?」


「俺の名前はササヤマ。この高軌道エレベーター施設の主任研究員。という体で雇われているサイキックELFだ。厄介ごとがあったら率先して出て行って戦うサイキックソルジャーってことになってるんだが――まぁ、そんな機会なんてそうそうないから皆忘れてんのよ」


 なははと笑うおっさん超能力者。


 自己紹介をすんなりと信じるならば、女エルフ達の天敵のような存在なのだが、どうしてだろうか警戒心が湧いてこない。妙な親近感が男にはあった。


「いや、そういう風にマインドコントロールさせてもらってるんだわ。俺はね、こんな仕事をしているけれども争いごとは嫌いなわけ。だから、できることなら穏便にかつ平和にことを済ましたいのよ」


「……はぁ」


「つーわけで、アンタ達と出会ったことについては黙ってておいてやるし、なんだったら三階に行けるようにもアシストもしてやる。その代わり、俺を騒動に巻き込むのはやめてくれ。俺はこの会社で、ぼちぼち定年まで勤めて、年金貰って悠々自適の老後生活を送りたいだけなんだ」


 言葉の意味は分からないが、とりあえず警戒は解いていいようだ。

 女エルフが杖を降ろすとほっとササヤマが息を吐く。彼は服の胸元をまさぐるとそこから白い箱を取り出した。とんとんと底を叩けば小さな筒が出てくる。


 一本、白いその小さな筒を抜き取ると口にくわえるササヤマ。

 その先端をぴんと指先で弾いてやると――どうしたことだろうか、突然朱色の炎がくゆったかと思うと、彼が加えた筒の先端を焦がした。


 これが彼の言う超能力だろうか――。


「悪いね、せっかくだから俺も休憩させてもらうことにするよ」


「貴方、目的はなんなの?」


「言っただろう、俺は面倒ごとが嫌いなの。アンタ達にまぁ、信頼も警戒もされないくらいにテキトーにスルーされるのが目的って訳。そのためには、まぁ、その娘のお昼寝が終るくらいまで、ちょっと世間話でもしようかなってね」


「世間話?」


「聞きたくないか? この大陸の上空に、はびこっている青い雷の正体をさ?」


 どうしてそれを知っているのか。

 戦慄する女エルフをササヤマがからかうように笑った。


 とんだくわせもの。敵ではないと言っているが、どうにもこの物語の鍵を握る人物に女エルフ達は出会ってしまったようだった。


「ま、まったりしようぜ。どうせこの話で、今週は終わりなんだからさ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る