第1211話 どエルフさんとヴァンパイア

【前回のあらすじ】


 いよいよイーグル市編は最終局面。

 高軌道エレベーターのある施設の攻略を開始する女エルフ達。MM砲が配置されているイーグル市上空には、高軌道エレベーターを使って移動する必要がある。

 その高軌道エレベーターは施設の三階。


 現在、女エルフ達が居るのは施設の地階。

 ここから三階まで一気に移動することができる施設内エレベーターがあるにはあるが、移動した所ですぐに高軌道エレベーターに乗り込めるかは分からない。

 ミッションをより確実にするためには、先遣隊が突入して移動経路を確保する必要があった。


「よし。先遣隊は私とケティで。コーネリア・リリエル・エリィはここで待機。私たちが上からエレベーターを操作するから、それを合図に行動して頂戴」


「「「「了解!!」」」」


 またしてもここで二手に分かれるミッション発生。

 今度は、女エルフとワンコ教授という、ちょっと珍しいコンビでの活動。知恵働きコンビは、はたして無事に高軌道エレベーターへの道筋をクリアにできるのか。


「だぞだぞ!! 僕に任せるんだぞ!!」


 やる気のワンコ教授を引き連れて、いつになく責任重大な女エルフのステルスミッションがここに始まるのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ。モーラたいへんなんだぞ、一階の大フロアにはいっぱいELFがひしめいているんだぞ。とてもじゃないけれどすり抜けて上の階にとか難しいんだぞ」


「……嘘でしょ。参ったわね」


 地階から一階へと続いている階段。その一階付近の陰に隠れた女エルフとワンコ教授。小柄なワンコ教授が、ちょこんと柱の陰から顔を出して広間の様子をうかがう。


 視線の先に広がるのは一階の大部分を占める大フロア。

 施設の玄関直通のそこには所狭しとELFたちが徘徊している。どうしてこんな数のELFがいるのか、ワンコ教授も眼を疑うレベルだ。

 この状況では、流石にスニークして二階に向かうというのは難しい。


 どうしようかと女エルフが背嚢から、先ほど渡された構内地図を取り出した。


「だぞ。今居る階段は、二階へと向かう階段の反対側――大フロアを突っ切って、向こうの壁まで向かわなくちゃいけないんだぞ」


「どうしてこんなややっこしい間取りにしたのかしら。階段なんて同じ場所にまとめて作っておけばいいじゃないのよ。ほんと、何を考えているの」


「文句を言っても仕方ないんだぞ。とにかく、なんとかして人目につかない方法を考えるしかないんだぞ……」


 とは言ったものの、良い案なんてそう思いつくはずもない。

 段ボールでも被ってこっそり移動するにしても、こうも視線が多くてはすぐに気がつかれてしまう。何か一斉に彼らの気を引くようなことでもできれば別だが――。


 うんうんと唸るばかりのワンコ教授。鞄の中から魔導書を取り出して、何か現状を打破するのに使えるのがないかと探し始める女エルフ。

 すると、女エルフの魔導書をめくる指先がぴたりと止まった。


「あ、なるほど。この魔法ってこういう時に使う奴だったのね」


「だぞ? どうしたんだぞ?」


「昔、お母さんから教えてもらった幻覚魔法があってね。簡単な魔法なんだけれども使い所がいまいち分からなかったのよ。けど、この場面で使えば一気に人を惹きつけることができるわ」


 これこれと女エルフがワンコ教授に魔導書を見せる。

 そこに書かれていたのは――。


【幻覚魔法 吸血鬼生存者: 一定空間を徘徊する人影を魔法で投影する。影はモンスターや人間を挑発して引き寄せてデコイとして機能し、術者があらかじめ指定したルートで動き続ける。敵に知性がある場合すぐに幻覚魔法と気づいてしまうが……】


「……しまうが、なんなんだぞ?」


 魔導書の文言を見て首をかしげたワンコ教授。

 言い切りの形で書かれていない、なんともやきもきとさせる記述に、少し不満げに頬を彼女は膨らませた。そんな顔をしないのと女エルフがその顔を突っつく。


「魔導書だからね肝心の所は口伝にしてあるのよ。お母さんから教えられたのはこうよ――『投影する人影を奇抜なキャラクターにすれば、そちらに気を取られて幻覚魔法だと気がつかれるのを遅らせることができる』」


「なるほどなんだぞ!!」


 言うが早いか女エルフが魔法を編む。杖の先からするりと伸びた光が階段の踊り場に落ちたと思えば、みるみるうちに人の形を作り上げていく。

 男騎士と変わらない背丈。すらりとした身体のシルエット。銀色の髪に赤い瞳。エルフのような白い肌に露出の多いレザーメイル。そして背中に負った大剣。


 ひしひしと伝わってくる物々しいオーラ。

 幻覚だというのにおもわずビビってしまうような存在感。間違いない、こんな奴が急に現れたら、間違いなく気を取られてしまうだろう。


 息をのむワンコ教授にふっふっふと笑う女エルフ。


「どうよ。これが私が子供時代に作った吸血鬼生存者の幻影。名付けて――灰色の狼ルルフ・シェルフよ!!」


「だぞ!! 灰色の狼ルルフ・シェルフなんだぞ!?」


『俺に構うな。命を落としても知らねえぞ……?』


 なんか中二病っぽいことを言ってる――と、青い顔をするワンコ教授。驚きのベクトルが急速に呆れ方向に振っていく彼女をよそに、女エルフはなんだか得意げ。

 ついにこいつを出す時が来たのかと鼻息までちょっと荒い。

 

 さてそれじゃ存分に働いて貰おうかしらと女エルフが杖を振れば、ふっとニヒルに微笑んで吸血鬼生存者が飛び出した。


 その手には――大きな茶色い鞭が握られている。


「さぁ、やっておしまいなさいルルフ・シェルフ!! お前の吸血鬼サバイバーとしての力を見せてやるのよ!!」


「うぉおおおおっ!! 喰らえ!! 鞭、鞭!! ナイフ!! 鞭!! パワーアップからの聖水!! さらに――ほうれん草で攻撃力アップだ!!」


「なんなんだぞこれ……」


 忙しく暴れ回る吸血鬼生存者。得体の知れない男の登場に大ホールに、ちょっと気まずいどよめきが巻き起こる。可哀想な男が入ってきちゃったよ、大丈夫かという感じに視線を集めると、今だとばかりに吸血鬼生存者が駆け出す。


 ヤバイ奴が駆けだしたら――そりゃみんな驚いてそっちに視線を向ける。

 だって巻き込まれて酷い目に遭わされたら嫌だから。


 珍獣を見守るように視線を集める吸血鬼生存者。やがて、これ以上あいつを野放しにしておいたらまずいと、わらわらと人が群がるように吸い寄せられていく。

 実にテキメン。想定通りの囮能力を発揮するのだった。


 むふふと満足そうに微笑む女エルフ。


「そうよね、気になるわよね私のルルフ・シェルフは。いいのよ、もっと囲んであげて。ただ、お触りはできないのよ……」


(自分の脳内キャラへの愛情が濃すぎるんだぞ……)


 オタクにありがちなオリキャラ大好き症候群。

 女エルフ、こんな時だというのに、何をやっているというのか。


 しかしながら、まぁ、結果オーライ。

 ELFたちは奇っ怪な吸血鬼生存者に引き寄せられて行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る