第1162話 ど女修道士さんとダブルオーの衣

【前回のあらすじ】


 女エルフ達ついにイーグル市に向かって旅立つ。

 かつて女社長が海賊をしていた頃に使っていた戦艦を譲り受けた女エルフ達は、それに乗って都市から脱出することになった。


 思えば、この廃棄都市に迷い込んでから色んなことがあった。

 新女王の精神が崩壊し、幼児退行してしまったり。

 女エルフがソシャゲにハマって、廃人化してしまったり。

 本当に――戦争はいつも弱い人の心を簡単に壊してしまう。


「……そういう話だったからしら?」


 無茶苦茶な展開をなんだか壮大な宇宙戦争物語っぽくしてお茶を濁しているんですよ。言わせないでください。原稿の合間合間にこれ書くの大変なんですから。

 ほんと――なんか方針が定まらなくて申し訳ない。


 とまぁ、そんな感じでようやく物語は動き出す。

 イーグル市への潜入の目処を付けた女エルフ達。次なる破壊神の都市で、彼女達はいったい何を見るのだろうか。そして、この大陸にはびこっている不穏な空気の正体はいったいなんなのだろうか。


 目指すはイーグル市の地下、川から入れる秘密の港。

 誰も知らない秘密の入り口に向かっていざ女エルフ達は出発する。


「……さて。都市につくまで暇だし、また周回でもしますかね」


 移動時間にもちゃっかりと周回をするようになった、歴戦のソシャゲ無課金兵女エルフの明日はどっちだ――。


◇ ◇ ◇ ◇


「そうだ、それと一つ注意して欲しいことがある」


 階段を昇ろうとした女修道士シスターを女社長が引き留める。

 はてなんでしょうと振り替えた女修道士に、彼女は少し分厚いファイルを手渡した。中を改めればそこには衣装の写真が幾つかバインドされている。


 どれもこれも赤い衣装に黄色いマフラーをあしらったものばかり。

 ところどころ形状が違うが基本的にはどれも同じ。何かの組織の制服のような衣装だった。ただ、なんの組織か見た目からピンとくるものはない。


「……これはいったい?」


「ダブルオーの衣と呼ばれている神聖遺物だ。現役時代に私が製造に携わったものでな。今でも、作るんじゃなかったと後悔している」


 どうしてそんなものの資料を見せるのかと女修道士シスターが首をかしげる。すると、少しバツが悪そうに女社長が視線を逸らした。


「この衣には人の心を乗っ取って人格を変えてしまう効果がある。正確には、人とそれに似た機構を持つELFに作用して、衣が持つ戦闘に適した仮想人格を植え付ける精神兵器なんだ」


「精神兵器……それは、かなりヤバイ奴では?」


「幸い、衣から離れればその効果は薄れるが、どんな穏便な奴でも凶暴な戦闘狂に変えちまう。そして、周りに要らない不和を巻き起こす悲しい道具だ」


 女社長の肩が少しだけつり上がる。その拳は握りしめられており、まるでその悲しい現場を見てきたように顔にはシリアスな空気が漂っていた。

 くたびれた女の顔に哀愁の影まで滲ませて女社長が顔を上げる。


 彼女は女修道士の空いている手を握りしめると「たのむ」と頭を下げた。


「できればでいい。もし、その衣を見つけたら破壊しといてくれないか」


「……まぁ、それは別に構いませんけれど」


「すまない。もしかすると、その衣のせいで心を壊した奴らと戦うハメになるかもしれない。辛いし理不尽なことを頼んでいる自覚はあるんだ。それでも、どうしてもそれをこの世に残してしまったことが気がかりでさ……」


 せいぜい100年程度の寿命しか持たない女修道士たちである。その創造より前から続く過去に縛られているELFの苦悩は、その半分も理解できなかった。

 だが、理解できずともその辛さを想像することはできる。

 そしてここまでの女社長の献身からも、彼女の心根が純粋である事は女修道士には分かっていた。


 不安そうにこちらをみる女ELFに力強く女修道士は頷く。

 任せてくれと無言で答えて、彼女はファイルを脇に抱えて階段を昇った。


 旅立つ異邦の冒険者達に女社長が敬礼を向ける。それは、数千年前に彼女が捨てた破壊神の使徒としての気概を感じさせる堂々としたものだった。


「君たちの旅の無事を祈っている。どうかご武運を」


「ありがとうございますシーマさん。どこまで出来るか分かりませんが、貴方のご厚意に堪えられるよう最後の時まで力を尽くすことを約束します」


 戦艦のハッチがしまり、向こうに女修道士の姿が消える。

 しばらくして船が唸りを上げたかと思うと、少しずつその身体を川面の中へと沈めだした。潜水艦。川底へと沈んでいくその船影を、いつまでも女社長は眺めていた。


 朝日差す南の大陸に流れる大河。

 その灰色をした波濤の中に、赤い潜水艦は姿を消した――。


「悪いけれど頼んだよアンタ達。破壊神さまも、敵だった知恵の神も、こんなことはきっと望んじゃいないんだ。アンタ達人類だけじゃない、これは、人類創造に関わった全ての神とELFたちの誇りをかけた闘いなんだ」


 手を下ろして大河へと背中を向けた女社長。

 後はもう女エルフ達に任せたとばかりに振り返らない。何かをやり遂げたようなすがすがしいその顔は、女エルフ達と出会ってからしばらくどこか張り詰めていた彼女の顔に初めて浮かんだものだった。


 ふと、その胸元が揺れる。


 胸ポケットから取り出したのは黒い通信機。シーマ村店員のメカクレの彼が使っていたのと同じものだ。当然、かかってきたのは彼からだ。


「あ、社長おつかれさまです。もうお見送りは済みましたか?」


「あぁ、大丈夫だよ。最後までなんかわちゃわちゃとしていたけれど、さっき無事に出航した。きっとアイツらなら巧くやてくれるさ」


「そうですか……」


 店から出られないメカクレの彼。

 彼も女エルフ達のことが気になっていたのだろう。居ても立ってもいられずに女社長に連絡を入れたのだと思うと、なんだか微笑ましい話だった。


 口角を吊り上げる女社長。「さぁて」と少し言葉尻を上げた彼女が伸びをする。

 過去は清算した。後は女エルフ達に任せるより他はない。

 今は自分のできることをしよう。


 彼女は自分の店に向かって軽い足取りで歩き出したのだった――。


「いや、社長。実はちょっと困ったことになりまして」


「なんだいどうしたい。もしかしてあの子達が飲み食いした金の心配かい。それだったら、私のポケットマネーから」


「そうじゃなくてですね。実は、社長が保管していたt特注の【ダブルオーの衣】が見つからなくって。もしかして、彼女達の誰かが持って行ったんじゃないかと……」


 はっとして川の方を振り返る女社長。

 記憶の中を辿って、彼女達が着ていた衣装を思い出す。

 そう言えば、あの中の一人がそれっぽい服を着ていたような――。


 いや、気のせいだきっとそうに違いないと彼女は首を振る。

 だって彼女達に服を提供した覚えはないのだから。


「すみません社長。実は彼女達が服に困っていたので服を提供したんですよ」


「……まじか」


 遠い目をして空を見上げる女社長。

 なに、ファイルを渡したのだから、すぐに気がつくだろう――と、自分に強く言い聞かせるも、やけに青空が目に沁みる。ふっとニヒルに笑った彼女は、何か耐えかねるようにまた地面に視線を向けた。


「ごめん。それでもアタシは信じてるよ、アンタ達がやってくれるって」


 いいセリフで誤魔化したけれども、なんとも締まらない別れだった。

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