第1161話 どエルフさんとコンディション△

【前回のあらすじ】


 順調にソシャゲに人生を溶かされていく女エルフ。

 隙間時間を投入しやすいよう、ながらでプレイできるのがソシャゲの特徴。

 どんなシーンでも、スマホをぽちぽち片手でプレイは嬉しいけれど、家族との団らんでもやり出したらもう重傷。


 空いた時間を使うのがソシャゲ。

 ソシャゲをやるために時間を作り出しちゃいかん。


「はぁー、たのしー。シナリオスキップしても楽しめるー。永遠にやってられるー。こんなのがタダで楽しめるとかまさに神、神の領域の話ー」


 もはやただのソシャゲ廃人と化した女エルフ。

 食事中にもスマホを弄ってレッツ周回。周回のためにジュエルまで割るようなドハマリっぷりに、どうしてこうなると女修道士たちも頭を悩ませた。

 男騎士に代わってパーティーをまとめる役割もすっかり忘れている。

 どっぷりとオタ活に浸かってしまって周りが全然見えていない。


 どうしてこうなっちゃったかな――。


 子供にゲームを与えてはいけないとは昔よく言ったものだが、大人にもスマホを与えてはいけないのだ。未知のデバイスを自由に使っていい楽しさは、人類にもエルフにも早かった。


 このまま女エルフはスマホに心を支配されてしまうのか。


◇ ◇ ◇ ◇


 一晩が過ぎて明朝。女エルフパーティは、女社長の招きに従って村はずれの川のほとりにやって来ていた。


 生い茂る木々の合間に突如として現れた大河。

 密林。南の大陸にふさわしい雄大な流れ。茶色い波濤は霞んで向こう岸が見えなくなるまで続いている。

 こんなことになっていたのかと女修道士シスター達が息をのむ。


 そんな荘厳な景色の中、響き渡った大きな水音。茶色い水面が割れて赤い船影が突如として彼女達の前に現れた――。


「……おぉ、でかいんだぞ」


「これはもしかして船ですか?」


「でっかいお船だ!! エリィ知ってるよ!! おねーたまとここに来るまでいっぱい乗ったもの!! ねー、おねーたま!!」


「私が海賊時代に使っていた強襲揚陸艦さ。ちょろっと調整して、オートでイーグル市まで航行するようにしておいた」


「だぞ。こんな目立つ船に乗っていたら、イーグル市のELFたちに騒がれるんじゃないのかだぞ?」


「そこも抜かりなしだ。昔、イーグル市との出入りに使っていた秘密の通路が海中にある。今は廃棄されて下水道の一部になっているんだが、そこなら停泊しても向こうに察知されない。ただ、察知されないだけで、地上に出るには関門はちゃんと通らなくちゃいけない。そこだけは悪いがなんとかしてくれ」


 海賊時代の知識やツテをフルに使って女エルフ達をサポートしてくれる社長。

 ここまでしてもらっていいのだろうかと、ちょっと女修道士が神妙な顔をする。すると、よしてくれという感じに女社長が苦笑いを浮かべた。


「まぁ、今思い返すとこの大陸でやりあってた戦争はくだらねえものだったさ。私らの存在理由も、終わっちまった今となってはなんだそれって思ってる。それは、間違いない事実だ」


「シーマさん」


「けどさ、後悔だけはしていない。あの戦争の中で、私はちゃんと自分の意思で戦った。破壊神様の兵として戦うことを選択して、最後まで自分たちの掲げた大義の為に戦ったんだ。その結果が、予想外なものだったからって別に構わねえ。てめぇがやると決めたことをやりきった、それだけで過去は充分なのさ」


 それだけに過去をねじ曲げてなかったことにし、また争いを起こそうとしている存在をどうしても許せない。


 苦笑いが女社長の顔から消える。

 真顔になると途端にそれまでの愛想はどこかに消えて、辛い過去と現実にくたびれた女の顔が現れた。戦う女の顔を女エルフ達に向けてると彼女は静かに頭を垂れた。


「どうか、私たちの仲間を救ってやってくれ。この通りだ」


「やめてくださいシーマさん。助けられているのはこちらなんですから」


「だぞ!! そうなんだぞ!! それに、安心して欲しいんだぞ!! 絶対に僕たちが、君たちのことを騙している黒幕をとっちめてやるんだぞ!!」


「そうです!! エリィたちに任せてください!!」


「……ありがとう。どうか、よろしく頼む」


 顔を上げれば女社長の顔を熱い涙が流れている。

 苦渋と共に刻まれた皺の間を流れて、それは顎先から滝のように地面へと落ちた。

 文字通りの悔し涙に慌てて女修道士が女社長の肩を抱き留める。どうか顔を拭いてくださいと彼女はあわててハンカチをその手に握り込ませるのだった。


 船と共に熱い想いも託された女エルフ達。

 目指すは、いよいよ第二の破壊神の都市――イーグル市。逃げるように出たダイナモ市と違って、今度は何かこの状況を打破する情報を手に入れることができるだろうか。人類の未来に加えて、この地に暮らすELFの希望まで背負って、彼女達は再び冒険へと歩み出す。


 潜水艦のハッチが開いて川辺に向かって階段が伸びる。

 無人の艦内へと歩き出す女修道士シスターたち。

 見送る女社長に振り返らず登り切った彼女達。異邦の戦士達を乗せて、今、南の大陸の平和を築いた船が大河へと出航する。


 そう、出航する――。


「うーん、やっぱりサポートカードが薄すぎる。一番シナジーのあるカードが期間限定で今更手に入らないのが痛いわね。フレンドから借りてくるにしても、コイちゃん一点特化の性能のせいで誰も貸し出ししてない。うーん、悩ましいわ」


「……乗らなくていいのか、お前さんは?」


 流れなのだが。


 一人ぽつんと川辺に残り、ぴこぴこと女エルフがスマホを眺めている。

 まったくもって動こうとはしない。食い入るように画面を見つめて、一心不乱に画面をタッチする様はやはりソシャゲ廃人以外のなにものでもない。


 しかもその顔よ。エルフにあるまじき不健康顔。

 まるでオークかダークエルフかというくらいに、くっきりとしたクマが目の下にできているではないか。


 それもそのはずこの女エルフ、昨晩から徹夜で周回していた。

 まだ先があるかというくらいにドハマリしていた。

 ついには冒険の時間まで削り出した。


 もう、これは、無理だ。


 そんな諦めが女エルフパーティの中に漂っているからかどうかは分からないが、彼女に声をかける者は誰一人としていなかった。


 女修道士シスターがいつになく真面目な顔をする。


「さぁ、行きましょうケティさん、エリィさん。私たち三人で、この南の大陸に蔓延する悪の手を祓うのです!! 正義は我らの手の中に!!」


「だぞ!! 頑張るんだぞ!!」


「がんばるの!!」


 もうパーティの頭数にも入っていない。

 あっけない尻尾切り、いや、頭切り。

 ソシャゲ廃人と化した女エルフを見捨てて、女修道士シスターたちは自分たちだけで何とかしようという心づもりのようだった。


 見かねて女社長が女エルフを押して階段を登らせる。


 流石にどエルフさんというタイトルでやっておいて、エルフがリタイアしたら洒落にならない。まだ、とんちき展開にスレていないサブキャラだけが、物語のお約束をちゃんと守ってくれた。


「ちょっと押さないでよ、今真剣にサポートカードの編成考えてるんだから」


「いいから、はやく行きなって!! こんなんでパーティー追放されたら、死んでも死にきれないぞ!! 追放モノでもないからね、こんな酷い展開!!」


 ソシャゲやってたら追放されました、悔しいのでサポカ凸します――なんてタイトルの異世界追放モノなんてありゅ?(白目)

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