第1160話 どエルフさんとソシャゲ廃人

【前回のあらすじ】


 女エルフ案の定ソシャゲにハマる。


 弱そうというかチョロそうというか。いかにもソシャゲにハマっちゃう匂いをムンムンに出していた女エルフ。蓋を開けばやっぱりドハマリ。

 一日も経たずにソシャゲ廃人と化してしまった。


 いつもなら女エルフのこの手の粗相をからかう女修道士も思わずだんまり。

 何も言えずに口を塞ぐ。いや、言えぬというより言わせて貰えぬ。


「あとねあとね、コイちゃんのストーリーに絡んでくるキャラクターがまた魅力的でね。同時期に結婚相談所に登録した娘達なんだけれど、これがみんなとってもかわいいのよ。今時の娘っぽくちょっとお互いに距離があるんだけれど、ちゃんと深い所では思いやっていて。シナリオの中で、同期の一人がちょっとやっかいなトラブルに巻き込まれるんだけれど、その娘のためにみんなすぐに集まって(早口×3.0)」


 語り出したら止まらないオタトーク。

 布教モードに入ってしまったらもうおしまいよ。

 コンテンツへの依存度は、それを語るときの文言の量とスピードに比例するのだ。


 厄介オタクムーブでまくしたてる女エルフに絶句するより他にリアクションの取りようがない。女修道士シスターにしては珍しく、やられっぱなしの言われっぱなしになってしまうのだった。


 お願い帰ってきて女エルフ。

 貴方が真面目にやらないとこのファンタジー小説は機能しないの。

 というか、長文セリフ考えるの辛いから、限界オタムーブやめて……。


◇ ◇ ◇ ◇


 さらに時は流れて日も暮れた頃。

 明るい白色照明の下、事務室のローテーブルにずらりとご飯を並べて女エルフ達は夕食を取っていた。女社長が気を利かせて持って来てくれたのだ。


 肉のグリルに焼き魚、パンにサラダとコンソメスープ。

 近代都市の食事にしては野趣が強いそれは、女エルフ達に気を使ってものだろう。何から何まで甲斐甲斐しく世話をしてくれる女社長に感謝しつつ、女エルフ達は異邦の国の食事にありついた。

 よく考えると、これもかれこれ一日ぶりの食事だった――。


「おいしーの!! ねぇねぇケティおねえたん、このお肉おいしいーよ!!」


「だぞ。エリィ、そんな手づかみで食べちゃだめなんだぞ。はしたないんだぞ。お姫さまなんだからお上品に食べるんだぞ」


「そうですよエリィさん。せっかく人に作っていただいた食事なんですから、おざなりな食べ方なんてしたら作ってくれた人に申し訳ないです。作っていた人への敬意を表すためにも、ちゃんと食べるべきです――」


 パンを少しずつちぎり、サラダをフォークで突いて食べる女修道士。

 教会でしっかりと教育されたのだろう。細かいマナーまでは分からないが、見ていて不快感のない食べ方をしている。食べこぼしも少ない。

 幼児退行した新女王はもちろん、私生活周りがルーズな研究者気質のワンコ教授にはいいお手本。なかなか説得力のある所作だ。


 ほら、あんな風にするんだぞとワンコ教授が新女王に話を振る。

 じっと女修道士を眺めた彼女は、すぐにその隣に座る女エルフの方を向く。


 まるで見比べるように義姉に向けられた視線。

 その先で――。


「うーん、どうしてもこのイベントで好成績を残せない。いったい何がいけないのかしら。育成方針があっていないのか、そもそも最初から無理ゲーなのか」


「やっ!! おねーたまみたいな食べ方がいい!! 食べながらぴこぴこする!!」


 女エルフは食事をしながらいそいそと周回作業をこなしていた。


 ソシャゲ廃人あるある。

 片手が空いたらすぐプレイである。

 まだ半日しか経っていないというのに、完全にソシャゲ廃人として女エルフは覚醒していた。なんだったら上級者の部類だった。


 右手でスマホを器用に動かしながら、左手でパンをちぎってフォークで肉を突き刺す。会社の食堂とかでネイティブスマホ世代の若手社員がやってみせる動きを、この三百歳エルフはさらっとマスターしてしまった。


 人間、年齢に関係なくやればできるのだ――。


 って、違うそうじゃない。


「モーラさん。エリザベートさんの教育に悪いので、片手間にご飯を食べるのはやめていただけませんか?」


「えー」


「だぞ。モーラ、みっともないんだぞ。僕だって、ご飯を食べるときは本を読むのを止めるんだぞ。食事は人間にとって大事な儀式なんだから、そんな風にながらでやったら失礼なんだぞ」


「私、エルフだから関係ないかなって」


「「屁理屈言うんじゃありません!!」だぞ!!」


 聞き分けのない子供がここにもう一人。子供の教育に悪い女エルフのながら食いを女修道士シスターたちが厳しく叱る。それでなくても、確かにちょっとはしたなかった。


 食事の取り方など自由。

 別に何かしながら食べちゃ行けないなんて法律があるわけでもない。

 とんでもなく忙しい時には、食べながら仕事だってすることもある。むしろ社会人にはそういうスキルも必要。


 しかしまぁ、それでやることがソシャゲとなるとちょっと分が悪い。

 一人で食べている時ならまだしも、こうして多くの人間と食卓を囲っている状況ではどうしても目につく。悪目立ちしてしまう。そりゃ注意もされるというもの。

 食事を作ってくれた人にも失礼だが、一緒に食事をしている相手にも失礼だった。

 そんな――まるで貴方たちなんて興味がありません、みたいな態度。


 面と向かってそんなことは注意することでもない。

 そして、女エルフはそんな注意をされるような歳でもない。


 こほんと咳払いして女修道士シスターが、いい歳して分別のないエルフに苦々しい顔を向ける。指を立てて「いいですか」と言ったはいいが、なかなかセリフが出てこないあたりに彼女の葛藤が垣間見えた。


「とにかく、こうして皆で同じ食事を囲んでいるのですから、ちゃんと食事に集中しましょう」


「いやけど、これ、女神様から任された試練だから。ちょっと急いでクリアしないといけない奴だから」


「それでもです!! ごはんを食べる余裕くらいあるでしょう!!」


「いや、ないからこういう試練になったのよ。他のことしながらでもできるようにって。なのに、ごはん程度で辞めちゃったら申し訳ないじゃない」


 詭弁だが否定し辛い論調で女エルフが攻める。

 女神の名前を出されると、彼女に仕えている身としては反論しづらい。苦い顔をさらに青くして女修道士は黙り込んでしまった。


 珍しく女エルフが女修道士に言い勝つ。

 それくらい分が女エルフにあるというよりは、彼女の中から常識や冷静さみたいなものがなくなっている。それだけ、女エルフが浮き足立っている証拠だった。


 いったいどれだけ、ソシャゲにハマっているのか。


「……ぐぬぬぬぬっ!!」


「だぞ、コーネリアにはちょっと荷が重いんだぞ」


「おねーたま!! エリィも!! エリィもそれやりたいです!!」


「はいはい。ご飯食べたら一緒にやりましょうね。だから、エリィは行儀良く食べなくちゃダメよ。私は女神様の試練中だから仕方ないけれど……」


 ガラにもなく横柄なムーブをかます女エルフに、ちょっぴりヘイトの籠もった視線がパーティーから飛ぶ。彼女達にしては珍しいギスギスとした食事風景は、結局女エルフが食事を終えるまで続いたのだった。

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