第1151話 どエルフさんと海母神の怒り

【前回のあらすじ】


 クリーニングルームで盛大に○ロった女エルフ。

 洗濯機に揺さぶられて狂った三半規管をパイプ椅子に座っていやしていた彼女の目に、ふと留まったのは不思議な衣装。呉服屋にしても珍しい海賊服だった。


 聞けばそれは社長がかつて女海賊をしていた頃に着ていた衣装。

 しかも、破壊神ライダーンから授かった海の女神の加護が施されたものだという。

 もしやその海の女神とは、七つ柱の神である海母神ではないだろうか。


 なんて女エルフが勘ぐった矢先、衣装が激しく発光して宙に浮かび上がった。


 衣装の中にみるみるうちに形作られていく人の姿。それは美しい女性の身体。けれど、それに似合わぬコミカルな顔。日曜夕方の顔と言ってもいい、特徴的なフォルムをしたそいつは、間違いない――。


「……ちょっと、嘘でしょ。どうして貴方がこんな所に」


「待ってくださいモーラさん。三都市から外れた街とはいえ、神の名を軽々しく呼べば感づかれます」


「……あ、はい。そうですね」


「仮にそうですね、私はこのハレンチな船長服に宿った付喪神――センシティブの女神ということにしておきましょう」


「……センシティブの女神」


 海母神あらため、センシティブの女神。

 最も女エルフ達にとって頼りになる神がここに突如として姿を現わした。


◇ ◇ ◇ ◇


 突如として女エルフ達の前に姿を現わした海母神マーチ。

 かつて魔界天使白スク水を通して、その神の力に触れた女エルフには彼女が間違いなく本物だと理解できる。理解できるが――。


「どうして貴方がこんな所に?」


 このタイミングで彼女が介入してくる意図が分からなかった。

 こと、今回の南の大陸のいざこざには、他の神々は不干渉のはず。知恵の神と破壊神を欺いて巻き起こるこの事変は、人類の手によって解決可能な問題であり、ティトたちの手に全県を委ねられたはずではなかったのか――。


 そんな疑問を込めての女エルフの一言に彼女は少し厳しい視線を向ける。

 大いなる存在に睨み据えられて女エルフが急に背筋を伸ばす。ただ一度、力を借りただけでも彼女の強大な力は分かっている。七つの神々は人に無闇に干渉しないという不文律を知っていてもなお、女エルフの身体は恐怖に震えた。


 そんな彼女の心地を読み切ったように、ふっと笑う海母神。


「私が姿を現わしたのが不思議なようですねモーラさん。安心してください、今回の破壊神と知恵の神の争いに私は干渉するつもりはありません。これはあくまで、人類に課せられた試練ですから」


「いや、そう言い切られるとこっちとしては不安というか、なんというか」


「私が貴方の前に姿を現わしたのは極めて私的な理由です」


「私的な理由?」


 私的な理由でどうしてこの場に現れるのか。

 そもそも私的な用事で出てくる方が、人間に干渉しないという神々の協定的にやばいんじゃないか。なんてことを考えて青い顔をする女エルフ。


 するとますます女神の顔が険しくなる。

 ぎろりと女エルフを睨み据え、さらに腕を組む三連お団子ヘアーの女神。完全に女エルフがやらかした感じのプレッシャーに、うっと彼女は生唾を飲んだ。


 私的な用事はどうやら女エルフに関係あることらしい。


 まさか――。


「私がセンシティブを吐き出してしまったからなのら?」


「それもあります」


「すみません、それは私の不注意でしたのら。もしかして、センシティブが服にかかっちゃったりしましたのら?」


「大丈夫、かかっていませんし、シーマ村さんに触られてついてもいません。私はただ、貴方のそのセンシティブな行為に怒っているだけ。いいえ、これだけではありません。ここ最近の貴方のとどまることを知らないセンシティブに怒っているのです」


 センシティブな行為とは。


 そんなものを今更女エルフに言われても困る。

 生きているだけでセンシティブ。息を吐くただそれだけで表現規制がかかるどエルフさん。そんな彼女に対して、真面目にしろなどどだい無理な話である。


 この見境のないセンシティブさが女エルフの持ち味ではないのか。


 当然、自分がそういう属性持ちであることに誇りを持っている女エルフ。

 彼女は女神の一方的な発言に眉をしかめた。


 胸に手を当てて、ちょっと待ってくださいと強気に女神に食いかかる。そこはどうしても、彼女的には譲れぬ所。彼女のアイデンティティに関わることだった――。


「誰がセンシティブだって言うのら!! そんな行為した覚えないのら!! 私は神に誓って、清楚清純清潔アラスリエルフら!! どこに出しても恥ずかしくない、正統派ヒロインなのら!! 変な言いがかりはよすのらよ!!」


 盛り過ぎだった。

 反論にしても属性を盛りすぎだった。

 当然、センシティブであることを認めないだろうという流れは見えていたが、それにしたって自己評価がエグいほど高かった。


 お前が清楚ならガン○ム三大悪女も清楚だわい。


 自己評価がどうなっているのか心配になるほどの言い草。しかし頼もしいかな、センシティブの女神は女エルフの詭弁を鼻で笑った。


「風呂場から全裸で出てくる痴女が清楚なものか!!」


「うぐぅっ!!」


「それ以外にも、貴方の悪行は見せていただきました。恥ずかしいコスプレ、白昼堂々の魔法少女変身、ハレンチな股開きダンスに最後は幼児退行――これでもまだ自分がセンシティブ存在だと認めないのですか!!」


「ぐぐっ、ぐぎぎっ……けど、私は、私は清楚エルフなのら!! 言われたのは全部、自分の意思でやったわけじゃないのら!! だから、清楚なのら!!」


「センシティブほど清楚と自称するものなのよ!! 自称清楚=センシティブという簡単な世の理すら理解できない時点で、貴方はもう立派なセンシティブガール!!」


「ぎゃわぁあああああっ!!」


 絶叫と共にその場に倒れる女エルフ。

 確かに女神が言うとおり、センシティブな奴ほど清楚を気取る。指摘されると、こんなに清楚なのにと急にそういうムーブをし出す。

 そこまでセットでセンシティブキャラというのは完成しているのだ。


 世にそういうキャラクターが認知される前から、どエルフどエルフと言われながら活動してきた女エルフ。そして、ことあるごとに自分が清楚だと主張してきた彼女。


 これまでの生き様がまんまもうそれ。

 今流行の、センシティブVと同じであった。


 もはや言い逃れなど不可能。


「うぅっ、センシティブなのら。私は、どこに出しても恥ずかしい、センシティブエルフなのら。生まれてきてごめんなさい」


「エロ方面だけじゃなく、汚い方にもセンシティブとはどういうことです!!」


「これは、本当にその――いやもう、いいわよ認めるのら!! どうせ私は汚れヒロイン!! センシティブな目に会うことが約束された色物キャラ!! それが、どエルフモーラさんじゃ、ちくしょーーう!!」


 女エルフのやけっぱちな悲鳴が辺りに木霊する。

 いくらそういう扱いのヒロインとはいえ、あんまりな仕打ちだった。


 けど仕方ないね、どエルフだからね。センシティブだからね。

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