第1150話 どエルフさんとセンシティブの女神

【前回のあらすじ】


 女エルフ○ロる。


 昨今のヒロインにおいては、読者に親近感を持たせることからそういう女性にあるまじきコメディな行動を取るキャラも多くなってきた。


 汚いネタはそれだけ人の心を開かせる。

 ○ロまでならなんとかギリギリオッケー。女の子に現実感を持たせ、こんなに綺麗な娘でもやっぱり人間なんだなとぐっと距離を縮めるためには、そういう演出も必要なのだ。他にも、酒乱やちょっとエッチな感じ、おバカな勘違いなんかも大事なエッセンス、全ては印象的なヒロインを特徴付けるための商業的作戦なのだ――。


 まぁ、この作品は書籍化予定はないんですけれどね。


「吐き損じゃないのよ!! そんなこと言わなくてもいいでしょ!!」


 浴槽と間違えて洗濯機に入った女エルフ。

 さらに、間違えて洗濯開始のスイッチオン。哀れ、大回転ぐーるぐるバターになっちゃう勢いで回された彼女は、三半規管を狂わせて盛大に○ロった。


 兄が超級覇○電影弾を使えるというのに、女エルフの三半規管の弱さよ。

 やはり筋肉を鍛えていないエルフはダメだ。

 エルフに必要なのは知力ではなく筋力なのだ。


「いや、アレが特殊なだけでエルフはだいたいこんなもんよ」


 などと強がりを言う女エルフ。

 せっかく呪いが解けるかというのに、こんなことで大丈夫なのか。


 はたしてどうなる今週のどエルフさん――。


◇ ◇ ◇ ◇


「ひ、酷い目にあったのら。未知の文明怖えーのら」


「分からないなら分からないって言えよ。まったくもう、変に強がるからだぞ」


 女エルフの吐瀉物で汚れたクリーニングルーム。

 床にぶちまけられたそれをモップでせっせと集める社長。対して、大惨事を引き起こした女エルフはといえば、パイプ椅子に座ってガタガタと震えている。まだ少し、三半規管が元に戻っていないらしい。


 これも謎の未来技術か、モップでさっと清めればすぐ床は元通り。仕上げとばかりに消臭剤を吹きかければ、もうそこに惨事の後は見当たらない。

 水を溜めたバケツの中にモップを突っ込んだ社長は、どうしようもないねという感じに女エルフを見下ろしてため息を吐いた。


 その視線にしゅんと女エルフが肩を狭める。


「まぁ、こっちの文明のことは確かによくわからないわよね。迂闊な説明をした私が悪かったよ。ごめんな」


「……いえ、私もよく知りもしないのに勝手に動きすぎたのら。すみませんなのら、部屋を汚しちまったのら」


「なに気にするな。ここはそもそもクリーニングルーム、汚れを落とす部屋だから。多少汚れちまっても落とすのに苦労はしないさ」


「……申し訳ないのら」


 異邦の女の気遣いが身に染みる。

 今後、軽率な行動はするまいと女エルフが心に誓う。いつもはケンケンと人のやることにケチを付ける彼女にしてはしおらしかった。


 うじうじするのはここまでと顔を上げた女エルフ。

 ふと彼女は、クリーニングルームの壁に妙なものがかけてあるのに気づいた。


 女エルフ達が暮らす文明圏では一般的な服装。

 紅色と黒色が基調になった厳かなコート。

 肩出しのスーツに鮮やかな紅色のスカート。

 そして、大きな三角帽子。


 一目でわかる海賊の衣装。それも女海賊のものだった。


 どうして、そんなものがクリーニングルームにかけられているのか。すると、女エルフの疑惑の視線に気づいた女社長があははと笑った。


「あぁ、あれかい。アレはね、アタシが昔使っていた衣装でね」


「……昔使っていたのら?」


「そうそう。まだ破壊神さまと知恵の神さまがバチバチにやり合ってた頃、私は女海賊をやっていてね。その時に着ていた衣装なのさ。引退して、この街で呉服屋をやるようになってからも捨てるに捨てられなくてね」


「へぇ」


 思い出の衣装なのかと女エルフがいっそうその衣装に魅入る。

 そんなじろじろ見ないでくれよと少し気恥ずかしそうにする女社長。


 人に歴史あり。今はすっかりと人のいい経営者という感じだが、なるほど女海賊という出身ならばその胆力も納得できる。

 すごい人なのだなと女エルフが頷く。


 そんな彼女に何か感じるものがあったのか、社長は壁に掛けられた衣装に近づくとそっとそれを手に取った。よほど大事に扱っているのだろう、触る素振りも丁寧で、そしてどこか敬うような扱い方だった。


「いやぁ、海の女神の加護を受けた衣装ってことらしいんだが、これがなかなか便利な装備でね。なかなか丈夫なのさ。何度となく命を救われたもんだ」


「……海の女神って海母神ってことなのら?」


「いや、アタシも破壊神さまから譲り受けただけだからそれはなんとも」


 神授のアイテムとなれば、それは扱いも丁寧になるか。

 などと女エルフが思った時、女社長の手の中にある衣装が眩しい光を発する。

 いったい何が起こったのか。まさか女社長にはめられたのかと訝しむが、その衣装を手にした女社長からして困惑を顔に浮かべていた。


 どうやら、想定外のことが起こっているらしい――。


「なんだいいったい!? こんなこと、今まで一度もなかったっていうのに、まさかこれが海の女神の力だっていうのか――!?」


「社長さん手を放すのら!!」


「いや、待て。服が勝手に――!!」


 ふわりと宙に浮かんだ海賊服。

 するとその中に人影が浮かび上がる。

 みるみるうちにはっきりした輪郭は女性のもの。それも、女エルフが知りうるどの女性よりも魅惑的な体躯をしたものだった。


 まさしくそれは女神の如き神々しさ。


 強烈な光が止めばそこには黒い髪をした乙女が立っている。

 起伏の激しい顔に反して顔は丸顔、のっぺりとしてつぶらな瞳。

 そして髪型はパーマで頭頂部にみっつのお団子ができていた。


 間違いない。

 それは彼女のメッセンジャーもしていた髪型。

 そしてなにより、魔法少女のサブコスチューム「魔界天使白スク水」になった際、海母神の恩恵を受けている女エルフには実感として理解できた。


「久しぶりですね、勇者ティトの同伴者。まさか、このような場所で再び相まみえることになるとは思いませんでした」


「……ちょっと、嘘でしょ。どうして貴方がこんな所に」


 顕現したのは七つ柱の神が一つ。

 最も女エルフ達に協力的で、最も身近な存在である海の女神。


 しかし彼女はその名を呟こうとする女エルフを前に、そっと自分の唇の前に指を添えた。その名を呟いてはならないと牽制するように。


「三都市から外れた街とはいえ、神の名を軽々しく呼べば感づかれます」


「……あ、はい。そうですね」


「仮にそうですね、私はこのハレンチな船長服に宿った付喪神――センシティブの女神ということにしておきましょう」


「……センシティブの女神」


 それはそれで大丈夫なのか。

 呼びづらい偽名に女エルフと女社長が絶句する中、突如顕現した女神が穏やかな笑顔を彼女達に向けた。

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