第1143話 新女王と仕方ないでしょあかたんなんだから

【前回のあらすじ】


 傷心の新女王に迫る危機。

 破壊神の力――ダブルオーの衣服をうっかり渡されたかと思いきやそうではない。彼女に襲いかかったのは、その内に眠っている魔神シリコーンの呪いだった。


 魔神の巫女を祖先に持つ新女王とその一族。

 彼女達の中には荒ぶる邪悪な神の力が眠っていた。

 その力が、度重なる失態で不安定になっていた新女王の心に牙を剥いた。


 自分を否定する強い心と結合することで、第二の人格として新女王の中に生まれ出た彼女は、その強大な力で主人格から体を奪い去るのだった――。


「さぁ、そこで見ていなさいエリザベート。貴方はこんなにも凄い力を持っているのよ――うふふふっ!!」


 味方キャラが洗脳されるのも王道なら、その内側に激しい別人格が眠っているのもまた王道。ここまでの新女王の度重なる失態は、彼女の内に眠る邪悪な力を目覚めさせるための儀式だった。


 はたして、新女王は魔神の力に抗うことができるのか。

 それともこのまま、その力に飲み込まれてしまうのか。


 なんだかそれっぽくなってきたどエルフさん、はたして新女王の運命や――。


「まぁ、安定のタイトルオチよね」


 はい、モーラさん。

 冷静にそういうこと突っ込まないで。


 一生懸命、こっちも盛り上げているんだから。


◇ ◇ ◇ ◇


『……これは!! 私はいったいどうなって!!』


「だぞ。エリィ、着替え終わったんだぞ? って、なんで裸なんだぞ!!」


「ケティさん。すみません、ちょっと服の着方が分からなくって」


「なに言ってるんだぞ!! さっさとカーテンを閉めるんだぞ!! 店員さんにみられちゃうんだぞ!!」


 あせあせとカーテンを閉めるや中に入ってくるワンコ教授。

 そんな彼女に抱きついて、やーんとなんだか嬉しそうな顔をする新女王。


 そして――そんな彼女の行動を客観的にその内側から見つめる何か。


 精神だけの存在。新女王の中にいるのは間違いないが、その身体を動かすことができず、彼女の振る舞いを見守るだけのモノ。肉体を持たないそれが、自分の存在を知覚するのにはしばしの時間がかかった。


 鏡の前にワンコ教授を引き出して怪しく笑う新女王。


 その姿を見て、それは確信する――。


『入れ替わったの!? 魔神の力が作り上げた私の別人格と!!』


 自分がかつて新女王の主人格であったということに。

 その精神は間違いなく、自分の中に芽生えた新たな人格に居場所を奪われ、肉体の奥底に封じ込められた新女王に間違いなかった。


 操られながら意識があるタイプ――の二重人格。


 一番やられると堪えるタイプの精神乗っ取り展開。

 くそっと歯がみをしようとしたが、肉体を持たない彼女にはもはや、そのように心の機微を肉体で表すことも叶わなかった。


 いったいこれからどうなってしまうのか。

 新女王は自分の中に芽生えた邪悪な別人格の目的に思いを馳せる。


 なんと言っても、あの魔神の権能を分け与えられた存在である。魔神復活のためにそれを阻止しようとする女エルフ達とは敵対するのは必定。となれば、味方のフリをして彼女達に手をかけるかもしれない。


『いけない!! このままではケティさんが!!』


 無防備に目の前にさらされたワンコ教授の首元。

 そこに新女王の視線が注がれる。けれども、それは彼女の意思ではない。


 彼女の身体の自由を奪った邪悪な意思。それが、ワンコ教授の身体を狙っていた。すぐにその首に向かって手が伸びる。やめろと念じてもその思いは、彼女の身体の指先一つうごかすことができない。


 あぁ、このまま、ワンコ教授は魔神の魔の手に落ちてしまうのか――。


『ダメです!! 逃げてください、ケティさん!!』


「だぞ、どうしたんだぞエリィ? そんな僕の肩に手なんか載せて!!」


「……えへへー。なんだと思う、ケティおねーたん?」


 その手が乱暴にワンコ教授の身体につかみかかる。「何をするんだ!!」と、ワンコ教授が叫ぶ。その叫び声を聞かずに、新女王の手は無理矢理彼女の身体から、その純白の衣服を剥ぎ取った。


 先ほど彼女もメカクレの彼に衣服を新調して貰ったばかり。

 真新しい白衣が、音を立てて引き裂かれていく。

 やめてくれという叫びはしかし、狭い更衣室の中に閉じ込められて外に届かない。


 新女王の身体の中で精神が絶叫する。


 はたして、もみくちゃにされたワンコ教授は気がつくと――。


「……だぞ。なんなんだぞこのふわふわした服は?」


 可愛らしい女児服を着せられていた。


 きらり輝く新女王の瞳。邪悪な顔がよりいっそう邪悪に染まり、口元が怪しく蕩ける。うへへへとぐへへへと邪悪な言葉が漏れたかと思うと、愛らしい格好になったワンコ教授に彼女はその頬をこすりつけた。


「かわいいよぉー!! わぁーっ、ケティおねーたんこの服に合うだろうなって、エリィ思ってたの!! 思った通りかわいいー!! きゃぁーっ!!」


「だぞ!! ちょっとエリィ、抱きつかないで欲しいんだぞ!!」


「やだもーん!! おねえたんがかわいいからいけないんだよ!!」


 なにがなにやら。


 身体の中で新女王の精神が絶句する。

 魔神の力が生み出した第二人格は、いったい何をしようとしているのか。

 やった後だというのにそれが分からない。


 いや、分かりたくない――。


「次はねぇ、これ着てみておねーたん!! ねっ、ねっ、エリィのお願い!!」


「どうしちゃったんだぞエリィ!? なんかキャラがいつもと違ってるんだぞ!!」


「違ってないよ!! エリィはエリィだもん!! ねぇ、いいでしょ、ケティおねーたん!! 着て着てぇー!!」


「エリィは僕の事をおねえたんなんて呼ばないんだぞ!!」


 逃げ出そうとするワンコ教授を捕まえて、さらに強引に服を着替えさせようとする新女王。年齢差はそれほどないなが、体格差はしっかりとある二人。

 子供のような背丈のワンコ教授、いくら運動神経がいいと言っても捕まった状態から脱出するほどの技量はない。


 新女王に為す術もなく、彼女はまたひん剥かれる。


 えへへうへへと、女エルフに接する時のような邪悪なうめき声を漏らす新女王。

 ワンコ教授の身体をおもちゃにするその表情は、実に楽しげだった。


「だぞ、だぞぉ。エリィが、変になっちゃったんだぞ……」


「変になってなんかないよ!! もうっ、そんなこと言うと、ケティおねえたんのこと嫌いになっちゃうからね!! ぷんぷん!!」


『いや、これは変でしょ、どう考えても……』


 まるでお人形遊びをする子供のよう。

 そんな魔神の力が生み出した第二人格の姿に、新女王がはっと気がつく。

 なるほどそうか、この第二人格は生まれて間もないまだ世界のことを何も知らない純粋な存在――。


『もしかして、あかたんってことなの?』


 新女王が明け渡した第二人格は、まだ、現実世界を破壊することはおろか、仲間を裏切ることもできない、むしろ周りに助けを借りなければいけない状態だった。


 新女王あかたんになる。


 それは彼女の想像の斜め上を行く悪墜ち・闇墜ちだった。


 いや、あか堕ちだった。

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