第1142話 新女王と漲る破壊の力

【前回のあらすじ】


 この章に入ってからというもの、思いがけずメンヘラ属性を垣間見せるようになった新女王ことエリザベート。冒険者になった時期の近いワンコ教授に実力の差を見せつけられ、冒険で連続してちょんぼしたりと、いろいろな事件を経て蓄積された負の感情が、ここに来て一気に爆発した。


 そんな彼女に優しい声をかけたのは、放棄された都市で呉服屋を営んでいたメカクレの彼。


「自分らしくあるのが大切ですよ。貴方には貴方の魅力があるのですから」


 冒険者として王女として、かくあるべし。

 義務感に苛まれていた新女王の心は、そんな彼の言葉によって解きほぐされた。

 それはセールストークだったかもしれないが、今の荒みきった新女王の心には必要な言葉だったのだ。


 ちょっとだけ気を持ち直した新女王。

 自分を客観的に見るためにも、ちょっとお洒落をしてみようかしらと、彼女はメカクレの彼から渡された衣服を手に店の試着室へと進む。


 しかし、その腕の中に抱かれている服は――真紅のドレス。


 敵が味方に寝返るなら、味方が敵に寝返るのもまた物語の大きなギミックの一つ。

 はたして、新女王が手にした衣は【ダブルオーの衣】なのか。

 破壊神の力を宿し、あのキングエルフをも惑わした神聖遺物に、新女王は抗うことができるのか。


 淡々と進んでいるようで、今週はちょっとしたターニングポイントです。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞだぞー、着替えたらすぐに見せてなんだぞー。僕が厳しくファッションチェックしてあげんるんだぞー」


「えー、それはなんだかちょっと怖いですね」


 それではとワンコ教授に手を振る新女王。

 彼女はカーテンを引くと、ほっと天井に向かって息を吐いた。


 顔色は――まぁ、悪くはない。空元気をしても崩れない程度には、メンタルは回復してきているようだった。それは、メカクレの彼の言葉の力もあるし、ここまでこうして心配してついてきてくれたワンコ教授の献身もあるように感じた。

 彼女の姉貴分の女エルフも心配してくれている。


 これ以上、みんなに心配をかけてはいけない。ここまで思いやってくれているという事実だけで十分ではないか。そう自分に言い聞かせて、新女王は衣服を脱いだ。


 死神のドレスに身を包んだ彼女。

 はらりと黒い衣を脱げば年相応の肉体が現われる。

 女エルフのようにあからさまに貧相でもなければ、女修道士シスターのように同性が羨むほどの恵体でもない。


 ごくごく普通のその体つき。


 別段不満はない。

 こんな普通の体でも生きているだけマシなのだ。

 一昔前、それこそ大陸に戦乱が満ちあふれていた頃には、成人するまでに半分以上の子供が死んでいた。栄養失調や何かしらの事故・事件に巻き込まれての死。そう思えば、普通に元気に育てて貰っただけで感謝というもの。


 女王として人の世を知っているからこそ分かる幸せがある。

 新女王は自分の裸を前にしばし黙り込んだ。


「……本当に私は幸せなんだろうか」


 回復したと思われた新女王のメンタルはまだ少しくすぶっていた。

 鏡に映る自分の姿を前に自問自答した新女王。自分が幸せなのだと感じるその心を、彼女は疑いだしていた。いささか、それは危険な兆候だった。


 そっと、彼女は鏡に手を触れる。

 自分と全く同じ動きをする鏡の中の影。手のひらをピタリと合わせると、彼女は目を閉じて目の前の同じ姿をした彼女に心で問いかけた。


 貴方は幸せなのか。

 本当に、心の底から自分のことを愛することができるのか。


『いいえ、私は自分のことが大嫌い。お義姉ねえさまやティトさんに頼ってばかり。ケティさんにも肩を並べることができない、落ちこぼれの自分が嫌い』


「……えっ?」


 その問いに、何者かが答えた。

 いや、心の中の新女王とでも言うべきだろうか。


 驚いて目を見開けば、鏡の中の自分が笑っている。それは、まるでこの世を呪うような邪悪な笑顔で、打ちひしがれる新女王を嘲笑していた。


 どうして自分がそんな顔をしているのか。

 新女王には理解ができない。


 彼女の頭の中ではそんな顔をしているつもりはない。

 悲しみに暮れて俯いているのに笑うようなことがあるだろうか。

 あるいは、心が乱れているのならそういうこともあるかもしれないが――。


 その時、新女王の前で鏡の中の彼女の手がゆっくりと離れる。

 手を合せた状態からそれを胸の前に引いた鏡の中の新女王は、相変わらず怪しい笑顔を浮かべたまま、半身になって新女王を見据えた。


 おかしい。

 自分の姿と鏡の中の姿が一致していない。


 これはまさか――。


「魔法攻撃!? まさか、さっきの店員さんが刺客!?」


『いいえ違うわ。私は誰にも攻撃されていない』


「……えっ?」


『私を攻撃しているのは私よ、エリザベート。自分のことが嫌いで嫌いでたまらない、そんな貴方の中の自己嫌悪が私に力を与えてくれたのよ――』


 言葉を失った新女王。

 自分の身に何が起こっているのか、彼女はこれまでの人生で学んできた全ての知識を動員してそれを見極めようとした。しかし、彼女の頭の中に詰め込まれたそれの中に、目の前の事象に対する答えは一つもなかった。


 しかし、推測はできる――。


「まさか貴方は、私の中にある魔神シリコーンの力」


『ご名答。神より分け与えられた力の顕現。白百合女王国の王族、その血に流れる呪われた宿命。本来であれば、人の善なる性質に押さえ込まれて封じられている側面』


 それは新女王の内に流れる魔神の力。

 暗黒大陸との長きにわたる戦いにおいて、一度もその姿を現わすことのなかった、新女王の内に眠っている邪悪な側面だった。


 さっと新女王の顔色が蒼白に染まる。

 すぐにも後ずさって彼女は更衣室から逃げようとする。しかし、鏡の中の彼女――の姿をした呪われた力が睨みつければ、その体はたちまち動かなくなった。


 こわばる新女王の顔。その頬を、粘っこい汗が流れる。


「……いったいどうして。何が目的でこんなことを」


『自分のことが嫌いなのでしょうエリザベート。ならば、貴方と立場を変わってあげましょう』


「変わる!? なにをそんなバカなことを……!!」


『嫌なんでしょう何者にもなれない自分が。足手まといにしかなれない自分が。だったら、私と変わりなさいよ。大丈夫、暗黒神さまの力を持った私なら、貴方なんかよりよっぽど巧くやれるわ――』


 いやと言おうとした口が動かない。

 横に振ろうとした首が回らない。

 既に、新女王の体の自由は、自らの内に巣くう邪悪に奪い去られていた。後ろに回した手で、必死にカーテンを掴んだ新女王だが、その指先もすぐに乗っ取られる。


 あっと声を上げて、その瞳から涙が零れる。

 次に彼女が瞬きをすれば、鏡の中にあった邪悪な笑顔がそこに乗り移っていた。


「さぁ、そこで見ていなさいエリザベート。貴方はこんなにも凄い力を持っているのよ――うふふふっ!!」

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