第1141話 ど新女王さんとダブルオーの衣

【前回のあらすじ】


 異世界呉服屋シーマ村にて装備を整える女エルフ達。

 と言っても、いつも着ている装備に変えるだけ。これまでのキワモノ衣装とおさらばした女エルフ達は、少し肩の荷が下りてリラックスする。


 そんな気の緩みと一緒に、少し不満も漏れる。

 具体的な言葉にこそならなかったが、このシリーズに入ってから嫌というほど割を食ってナーバスになっている新女王が、予想以上の落ち込みを見せるのだった。


「どうしたのエリィ? なにか気になることでもあるの?」


「……いえ、エリィは大丈夫です」


 そういう奴に限って大丈夫じゃないのは皆さんご存じの通り。

 そして、こういう構ってムーブをし出したらもう手遅れ。メンタルが行くところまで行っちゃった感じの新女王に、苦い顔をする女エルフ達。


 こういう時、どういうケアをすればいいのか分からない。

 悩んだがはいおしまいよ。女エルフまでナーバス状態。メンタル不調というのは、皆が思うほど厄介なものなのだった――。


 はたして新女王は立ち直ることができるのか。

 この章に入ってから、元気系お姫様ヒロインから厄介メンヘラの側面が強くなってきた彼女を復活させることはできるのか。


 新女王の顔に笑顔が戻ることはあるのか――。


◇ ◇ ◇ ◇


「なんだか随分と落ち込んで折られるみたいですね」


「……GIOさん」


「だぞ。ここ最近、ちょっとエリィにはいろいろあったんだぞ」


 落ち込む新女王を気遣うワンコ教授。

 そんな二人の間に割って入ってきたメカクレの彼。

 人が落ち込んでいる所に、たくみに入り込んでいくのは流石に商魂たくましいというかなんというか。けれども、まったく関係のない彼だからこそ、話に入って行ける部分はあった。


 こういう相談事というのは、なまじ知らない相手の方がしやすい。

 そして商売というのはそういう、日常生活とは切り分けた所にある関係を巧く使って行われるものでもある。メカクレの彼のムーブは、妥当と言えば妥当だった。


 げんなりとして肩を落とす新女王。

 壁に背中を預けてしゃがみ込むその姿は、なんというか一国の王女にはあるまじきしょんぼりっぷり。いい歳した女性の姿にもちょっと見えない。

 膝を抱えてこれみよがしにため息をつく彼女。


 見るからに重症。そして、こちらの言葉を聞く気がないという無言のアピール。

 これを救うのはちょっと骨が折れそうだ――。


「気分が落ち込んだときにはやはりお洒落に限りますよ。どうです、よければ貴方に似合う衣装を一式コーディネートさせていただきますが」


「だぞ!! それはいいんだぞ!! エリィ、お洒落をして気分転換するんだぞ!! ここまで頑張ってきた自分にご褒美なんだぞ!!」


 と、ここで妙案をメカクレの彼が持ち出す。

 衣服を新調するだけでもテンションは上がるもの。それは女エルフたちの様子を見ればあきらかだ。そこを一歩踏み込んで、トータールコーディネートとなれば、テンションが上がらない訳がない。


 古来より、女性にとってお洒落は最大の娯楽にして気分転換。

 流石に呉服屋勤務のELF。いろいろと心得ていた。


「……ご褒美って。こんな普通の呉服屋に、私を満足させる服がありますかね」


「だぞ、そんなこと言うもんじゃないんだぞエリィ」


 いまいち乗り気じゃない新女王を、無理矢理起こすワンコ教授。さぁさぁこちらへとメカクレの彼に誘われるまま、彼女達は入り口から少し奥に入った所にある、外行き用の衣服コーナーへと入った。


 大衆用の呉服屋とはいえ、これだけ大きいとそれなりの取りそろえ。そして、その中にはなるほど新女王が唸るようなモノもある。むしろ、シンプルなそのデザインには、豪奢な王族用の衣服よりも品のあるモノもあった。


 そんな衣服の中から、これなんかどうですかね、これも似合うと思いますよと、次々にメカクレの彼は服を持ってくる。


 あっという間に、山のような衣服を新女王は抱えることになった。


「お客さまはスタイルも顔立ちもよろしいですから、コーディネートのしがいがありますよ。ちょっと子供っぽいポップなものから、仕事用に使えるものまで。うぅん、これだけ色々着れると人生楽しいでしょうね」


「……そんなことないですよ」


「もっとご自身の容姿に自信をお持ちになってください。確かに、容姿というのは努力でどうしようもできない領域ではありますが、持って生まれたものを最大限に活かして生きることは何も恥ではありません。それに、美しさとは見た目だけではなく、その立ち居振る舞いから滲み出るものですしね」


 立ち居振る舞いという言葉にうっと顔をしかめる新女王。

 王族だけあって、そういう面は幼い頃から厳しく教育されている新女王だ、今の自分の状態を冷静に見つめ直して心苦しくなったのだ。


 いささか子供じみていただろうかと、今度は違う方向で青くなる新女王。

 別にわざとやっていた訳でもないし悲しいのは本当だが、そろそろ潮時かもしれないと、彼女はがっくりと肩を落とした――。


 そんな新女王に、メカクレの彼が優しく微笑む。


「なにより、自分らしくあるのが大切ですよ。どういう立場か環境か分かりませんが、貴方には貴方の魅力があるのですから。それを無理に押し込めて何かになろうとしても窮屈なだけです」


 そして、彼女の疲れ切った心に、ようやく誰かの言葉が届いた。

 自分ではない何かになろうと心を擦り切らせていた新女王に、今の自分でも充分魅力があるというメカクレの彼の言葉は、その心の傷口に優しく沁みた。


 ほろりとその瞳から涙が零れるのは仕方がない。

 新女王は、嗚咽もなく静かに泣き出すと、はらはらと零れるその涙を手の甲で粛々と拭った。


 慌てふためくメカクレの彼。

 同じく、「どうしたんだぞ!?」と混乱するワンコ教授。


 自分のことを心配して挙動不審になる二人に、すぐに新女王は「大丈夫です」と声をかける。涙と一緒にいろいろと出たのだろう、少しだけ表情に余裕ができていた。


「そうですね、何者かになろうということに必死で、私は今の自分をちゃんと見れていなかったのかもしれません。GIOさんの言う通りです」


「いえいえそんな」


「自分を客観的に見るためにも、少しお洒落してみようかしら。こちらの服、試着させていただいてもよろしいんですよね?」


「もちろんですとも!! ささ、どうぞご遠慮なく――」


 メカクレの彼から渡された衣服を手に、試着室へと向かう新女王。どうやら元気を取り戻してくれたらしいと、ほっとワンコ教授が息を吐く。

 新女王がゆっくり振り返る。「それじゃ一緒に行きましょうか」と、彼女はここ最近何かと劣等感を抱いて居たワンコ教授を試着室へと誘った。


 その腕の中に赤い衣のドレスを抱いて――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る