第1140話 ど新女王さんとテンションどん底

【前回のあらすじ】


「なるほど!! するとみなさん、この大陸の外からやって来たと!! はぁー、なるほどそれで変わった格好をされているんですね!! びっくりしたなぁ!!」


 すわ一触即発。

 ミステリアスな赤い服を着たメカクレ男と超能力対決か――と思われたが、意外に気さくな奴だった。なんだかダブルがオーでナインな人たちというより、逆境でナインな感じの男だった。


 そう、まるで島は島でも本のような――。


「なんでそっち擦るのよ。ネタにしたんだから、ちゃんとダブルのオーのナインの方を擦りなさいよね」


 すみません、アニメの方をちらっと見ただけなので、どう弄ったらいいかよく分からなくて。ついでに言うと、このキャラ滅茶苦茶女性に人気と聞いて、下手な調理をすると叩かれそうで。


 とかまぁ、そんなことはさておき。


 異世界呉服屋シーマ村で出会ったシーマ村GIOは意外に気さくな奴だった。

 彼は女エルフ達を受け入れると、せっかくなので旅装を整えていってはどうかと提案する。ここ最近、やたらとコスチュームチェンジが多いが、それはそれとして確かに旅装にしてはコスプレ衣装はちょっとキツい。


 じゃぁ、そうさせて貰おうかしらと、女エルフたちはメカクレの彼の提案を受け入れるのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「へぇー、本当にいつも着ている服とそう変わらないのね。それでいて結構着心地がいい。丈夫だし――これ本当に私たちに売っちゃって問題ないの?」


「構いませんよ。うちは呉服屋ですから、お客様に買っていただかないと話になりません。お金さえ払っていただければ、そこに上下や優劣はつけないのが私のモットーです。まぁ、ただのアルバイト店長ですけどね」


 偉いのかテキトーなのか、立派なのかガバガバなのか、よく分からない返答だ。

 だが、女エルフが渡された装備は随分と具合の良い物だった。


 身につけたのは女エルフが普段愛用している旅装。紺色のローブにゆったりとした羊毛のワンピースという、見た目からも女魔法使いと分かりやすい格好だった。

 この大陸に入ってからというもの、キワモノな衣装ばかり着てきてちょっと疲れていた女エルフは、そんなありきたりな衣装に救われた気分になった。


 さらに防御力も申し分なく、値段もそこそこなのだ――。


「いい買い物しちゃったわね」


「その笑顔が私どもにとっては何よりの報酬ですよ」


 なんだか買い物上手な若奥様みたいなことも言っちゃうというもの。満足げにワンピースの裾を揺らすと、ルンルンと年甲斐もなくはしゃぐのだった。


 女エルフだけではない。女修道士シスターとワンコ教授も似たような反応。いつも着ている服が、ひとつ上等になって出てくればそれはテンションも上がる。

 たった一日とはいえ、馴れない旅装での冒険は思った以上に彼女達の負担になっていたのだろう。たいそうなはしゃぎぶりだった。


 ただ、その中にあって一人だけ浮かない顔をしている者がいる。


 曇った顔でお忍び衣装に身を包んだ新女王に、女エルフはなんとも言えない気まずい視線を向けるのだった。


「どうしたのエリィ? なにか気になることでもあるの?」


「……いえ、エリィは大丈夫です」


 その文言が彼女の強がりだということを既に女エルフもよく分かっている。

 ちっとも大丈夫じゃない。どうやらまだ色々と引きずっているらしい。


 メンタル的な不調は日にち薬。そう簡単に回復するものではないことは女エルフも知っている。そして、新女王の今後のためにも下手に刺激しないことがいいことも。

 とはいえここまで引きずられるとちょっと彼女としても辛い。


 別にそこまで気にすることでもない。

 長い人生、自分の力が足らずに歯がゆい思いをすることなんてよくあることだ。それを乗り越えても乗り越えなくても、どうとでもなる――。


「そんなに気負わなくってもいいんだけれどな」


 なるようにしかならない人生を送ってきた女エルフには、真面目に自分の未熟さを嘆く新女王の気持ちが痛いほど分かる。分かるからこそ歯がゆかった。

 どうにか彼女の気持ちを、うまくそして自然に切り替えられればいいのだが。


 こういう時、どうやって自分は気持ちを切り替えただろうかと、女エルフはちょっと考える――。


「……うぅん、ほんとどうやっていたんだろう」


「どうしましたモーラさん?」


「いや、こうね。私が駆け出しの頃の冒険者の時って、どうやってメンタルケアしてただろうかって」


 女修道士シスターに聞いても仕方のないことだ。

 彼女が男騎士のパーティーに加わったのは、女エルフがベテランになってから。女エルフが冒険者として駆けだした頃のことを知っているのは男騎士だけ。

 つまりは、さりげなく男騎士にフォローされていたということなのだが、そんなことをされた覚えは女エルフにはとんとない。


 いや、それくらい自然なフォローだったのかもしれない。


 うぅんと女エルフまで頭を捻る。自分の実力に思い悩む真面目な少女を救ってやりたいのはやまやまだが、指導者としては女エルフもまた至らぬ人間だった。


 懊悩が女エルフにも伝搬する。


「「はぁ……」」


「どうしたんですかそんな二人とも、アンニュイなため息なんて吐いて」


「だぞ。ダメなんだぞそんなんじゃ、幸せが逃げちゃうんだぞ」


 そうは言ってもねと生気のない目をする女エルフたち。二人は顔を見合わせると、どんよりと肩を落とす。もう、そういう空気じゃなかったでしょうと、女エルフを女修道士シスターがちょっと強引に新女王から引き離す。

 二人は少し離れた所にある棚の陰にその姿を消した。


 新女王の方に代わりにやってきたのはワンコ教授。


「だぞ。エリィ、ちょっと気にしすぎなんだぞ。そんな風に気負っても、何も解決しないんだぞ。もっとリラックスするんだぞ」


「そんなのはケティさんがなんでもできる人だから言えるんですよ。いいですよね、頭もよくって運動神経もよくて、戦闘はできないけれどトラップ解除や暗号解読なんかで、探索では大活躍。なのに私は、うぅっ……」


「だぞー、そんなことないんだぞ。僕もこのメンバーの中じゃ、たいしたことないんだぞ。みんなそれぞれ、足りない所を補うためにパーティーを組んでいるんだぞ」


 女エルフよりはやや説得力があるのは、ワンコ教授も一時期ナーバスになっていたことがあるから。

 元は彼女も研究者だ、そこから冒険者への転身というのはやはり茨の道である。


 とはいえ――今の彼女の姿だけを見ればそんなことは信じられない。


「どうせ、どうせエリィには冒険者としての才能なんてないんです。みなさんについてきたのが間違いだったんです」


「だぞ。そんなことないんだぞ。エリィにしかできない役割があるんだぞ」


「じゃぁ、具体的になんなんですか!! 言ってくださいよ!!」


「……それは」


「ほらーっ!! やっぱり、私なんてお荷物なんだ――うわぁあああん!!」


 またしても情緒不安定を爆発させる新女王。


 どうすれば良いんだぞと、ワンコ教授は頭を抱えるのだった。

 頭が良くてなんでもできる彼女も――微妙なお年頃の新人冒険者のケアだけは、まだちょっと難しいようだった。

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