第1111話 どエルフさんとドクターオクトパスくん

【前回のあらすじ】


 都市脱出を目指してイカスミ怪人工場へと続く排水溝を進む女エルフ。

 しかしながら、そんな彼女達を暗闇から謎のモンスターが襲う。


 大きな丸い頭に幾重にも連なる触手。

 暗い水の中から女エルフ達の様子を窺うそいつは、妙に人なつっこいしゃべりで女エルフ達の近くに人知れず近づくと、その触手を振り回す。

 雷撃魔法を繰り出すも、あまりダメージを与えられていない感じに狼狽える女エルフ。そんな彼女の隙をついて、モンスターは彼女の手から魔法の杖を奪い取った。


 さらに――。


「こんな危ないものを振り回しちゃダメだお。没収だお」


 水の中から浮き上がってきたのは想像以上の巨体。

 いったいこの狭い排水溝のどこに、そんな身体を隠すことができたのだろうかという全長のモンスターが、突如として女エルフたちの前に立ち塞がった。


 いったいこのモンスターは何者なのか。

 イカスミ怪人工場が侵入者を防ぐために雇っている用心棒か。それとも、工場から流れてくる廃棄物を接種し、肥え太った野良モンスターか。


 あるいは女エルフ達のことを狙っている、未だ正体定かならぬ敵の刺客か。


 暗闇でのエンカウント。男騎士を抜いた状態で、いったいどれだけ戦えるのか。女ばかりのパーティによる戦闘がここに始まった。


◇ ◇ ◇ ◇


「落ち着くんだお。オクトパスさん、悪い怪人じゃないお。ちゃんと話し合おうだお。お客さんのおもてなしはちゃんとするお」


「そっちから仕掛けてきて何を言ってんのよ!!」


「先に魔法を使ったのはそっちだお。痛かったお。とにかく、そういう乱暴なのはやめて欲しいお」


 にゅるりと暗闇の中で水っぽいものが蠢く音がした。

 女エルフの杖を握りしめているのとは別の触手が闇の中で踊る。


 向かってくるのは女エルフの身体だ――。


 半歩退こうにも、一人歩くのが精一杯の道の上。身動きは取れない。

 進行方向から襲いかかってきた触手に、女エルフは為す術もなく絡め取られた。


 杖も奪われ、魔法を使うのにひと呼吸いるようになってしまったのもあるが、大失態である。挽回しようと、なりふり構わず自分の胴体に絡みついた触手を叩く女エルフだが、非力なエルフが力を込めたところでたいしたことはなかった。


「くそっ!! このぉっ!! 離しなさいよ!!」


「やめてだお、暴力反対だお。痛いの嫌だお」


「このっ、バケモノ!! お義姉ねえさまを離せぇっ!!」


 もみ合う女エルフとモンスター。その間に新女王が割って入る。

 手にしたのは愛用のレイピア。しかし、人間の胴体と同じほどある触手を相手に、どれくらいのことができようか。彼女の渾身のひと突きは、ちくりとモンスターの肌を弾いただけで、ろくなダメージを与えることはなかった。


 冒険者としての腕の善し悪し以前である。

 すかさず、彼女は次の攻撃に移ろうとするが、そこを女修道士シスターに阻まれる。


「どいてくださいコーネリアさん!!」


「ダメですエリザべートさん。ここは私にお任せください」


 杖を前にして構える女修道士。

 パーティの回復メンバーである彼女は、前線に立って戦うことはまずない。もちろん、冒険者なのである程度の護身術は身につけているが、それでもこんなボス級の敵を相手に攻撃する手段は持ち合わせていない。


 新女王と冒険者としての実力はそう大差が無いはず。なのに、そんな彼女に庇われるというのは、新女王の気持ちをまた残酷に傷つけた。


 そんな躊躇の一瞬に、女修道士は杖を振り上げ魔法を詠唱する。


「神聖魔法ギリモザ!!」


「だおっ!! まぶしいんだおっ!!」


 発したのは光線魔法ギリモザ。

 光の帯を発生させて大事な所を隠したりするのに使う魔法だが、暗所で使えば照明にもなる。ここまで、敵に見つかるとまずいと考えその使用を控えてきたが、敵に見つかってしまってはそんなことも言っていられない。


 今は女エルフの状況と、敵の姿を露わにする方が先決だった。


 そこに加えて、ここが暗所だったことがよかったのだろう。


「ダメだお、目が見えないお。まっくらくらなんだお」


「……効いている!?」


「そうかコーネリア!! こいつ、こんな暗い所に住んでいるから、目が退化しているのよ!! 強烈な光を受け止められるほど目が強くないんだわ!!」


 モンスターの生態が思いがけず女エルフ達の身を救った。


 機転と幸運に恵まれて、モンスターをひるませた女エルフ達。

 ふるふると触手と頭を振るモンスター。女修道士が放つ光に照らされて現われたその姿はやはり異相。しかしながら、ちょっとコミカルな顔をしていた。


 なんというか、タコっぽいというか、マヌケっぽいというか。


「ちょっと、こんな奴にやられたの!? 少し情けないんだけれど!!」


「モーラさん!! そんなことを言っている場合じゃありません、はやくそこから脱出しないと!!」


「そうは言うけれど、触手がぬめってなかなか自由に動けなくて」


「人類のピンチに何をヌチョってネチョっているんですか!! どエルフは日常パートだけにしてください!!」


「好きでやってんじゃないわよ!! 本当に身動きが取れないの!!」


「だぞ!! これを使うんだぞモーラ!!」


 パーティ中段から声が響く。女修道士が発動したギリモザのおかげで、手元と足下が自由になった。それで動くことができたのだろう。


 袋を持って振りかぶるのはワンコ教授。渾身の力を込めて投げつけたのは、小さな小さな革袋。なめし革で、湿気が入らないように固く締まってあるそれが――ポスリと女エルフの手の中に落ちた。


 これってと女エルフが目を剥いたのは他でもない。


「片栗粉じゃないの!! こんなのどうしろっていうのよケティ!!」


「だぞ!! タコのぬめり取りには片栗粉なんだぞ!! モーラ、それを全身身体に塗りたくるんだぞ!! 水の中に入られる前に早くするんだぞ!!」


「……もーっ!! なんの罰ゲームなのよまったく!!」


 そこそこパーティー内で料理当番をしている女エルフ。さっと革袋の口を開けば、素早くそれを自分の身にまぶす。そのまま器用に触手の中で転がると――ずるりと上手い具合にそこから抜け落ちた。


 ぼとりと排水の中に沈んだ女エルフ。澄んだ水の中で目を開けば――排水溝の中に隠れていて見えなかった、モンスターの全貌が露わになる。


 水の中に漂う八本の足。

 きゅっと飛び出た大きな口。

 そして、タコにしてはなんだか白い身体。


「白鯨やクラーケンならぬ白タコってことかしら、なんにしても正体が分かれば話が早いわ。悪いけれど、私たちも退くわけにはいかないのよね!!」


 杖なしに女エルフが魔法を発動する。

 氷魔法で氷壁を作り出してタコの周りを囲ったかと思えば、自分がいるその中で、さらに魔法を重ねる。青白い光が走り、すぐさま彼女は泳いで水面から飛び出した。


 何をしたのか。特に何かモンスターに攻撃したようには見えないが――。


「モーラさん無事ですか!?」


「えぇ、もう大丈夫。それに、敵にもトドメを刺したわ」


「トドメって。何もしていないように見えますけれど」


「そうね、今に分かるわよ」


 氷の中に囚われた巨大タコ。

 光に目を潰されながらももだえ苦しんでいたその動きが急に鈍くなる。


「だお。これ、なんなんだお。なにしたんだお」


「……えっ?」


「嘘。あんなに凶暴に暴れていたのに」


「だぞ。急に大人しくなったんだぞ」


 ふらふらと氷の桶の中で揺らめくタコ。なんとかその縁から逃げだそうとするのだけれど、それを女エルフが許すはずもない。追加で魔法を詠唱して、完全に氷の中に閉じ込めてしまえば、もはや巨大タコ一巻の終わり。


 酩酊するように揺れる白タコ。だおだおといううめき声が途絶えたかと思えば、その身体がヌルリと氷のたこつぼの中へと滑り落ちたのだった。


「……はい、おしまい。ザマァないわね、魔法使いにタコごときが勝てると思ったら大間違いってものよ。おほほ」

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