第1110話 どエルフさんと水棲怪人
【前回のあらすじ】
目指せイカスミ怪人工場。
ダイナモ市を脱出するために慎重に隠密行動を取ることにした女エルフ達。
安全な脱出のために、彼女達は下水道の正規の出口ではなく、下水道を利用している施設を経由して外に出ることにした。
選んだのは因縁深きイカスミ怪人工場。
下水道を徘徊することしばらく。怪人工場から伸びる排水溝を発見した女エルフ達は、そこを登って工場へと向かうことにするのだが――。
この手の出入り口には当然のようにそれなりの備えがされている。
トラップ、衛兵、徘徊モンスター。
さらに守る側だけで無く、それを突破しようとする輩もいる。
はたして、無事に女エルフたちは排水溝を上がりきり、イカスミ怪人工場へと到着すること出来るのか。
そして、この陰謀渦巻くダイナモ市から脱出できるのか。
ドキドキタウンアドベンチャー。下水道を巡っての大冒険の行き着く果ては。
久しぶりのファンジーらしい展開で、今週はどエルフさんはじまります。
「いやけど、どうせまたトンチキネタになっちゃうんでしょ」
心配しすぎですって。
そんな、エルフと半魚人が出てくるツイッター漫画みたいなことにはなりませんから安心してください。あんな味のあるセリフと展開、凡人には無理ですよ。
えぇ、あんな作品をパロるなんて、僕にはとても……。
「不穏さしかない」
◇ ◇ ◇ ◇
「……しかし、やっぱり神様が造った都市だけあって、地下水路まですごいわね。こんな支流にいたるまでまったく汚れがない」
「私も教会で修行していた時に、下水道に降りることはなんどかありましたが、こんなに綺麗な所ではありませんでしたね」
「だぞだぞ。僕の学校もこんな綺麗じゃなかったんだぞ。年に一回、スライム退治に学生から教授まで総動員で挑むような、古いのだったんだぞ」
「ふへぇ、下水道って結構大変なんですね」
王族でそういう汚れ仕事とは縁の無い新女王を除いて、庶民出身の女エルフ達にはそれぞれ下水道に一家言があるらしい。
なんだかうんざりとした感じに暗い顔をする三人。
生活のために欠かせない設備である。そして、こういう仕組みがないと、不便で仕方ないのも使っているからこそよく分かる。よく分かるが、それでも進んで進みたいような場所ではない。幾ら綺麗な場所とはいってもそれは変わらなかった。
人の営みから廃棄されたものが行き着く先。
いったい何が捨てられているのか、そんな所にどんなものが住み着いているのか、分かったものではない。どこからともなくモンスターが飛び出してくるのではないかと、女エルフは警戒して辺りによく視線を配った。
今の所、そんな気配はない。
ただ、なかなかイカスミ怪人工場に続く排水路は長く、まだ出口は見えない。
何事もなくたどり着くことが出来ればいいのだが――。
「けど、これだけ綺麗だと、スライムが発生しなさそうなのはいいわよね」
「だぞ。それは思ったんだぞ。これだけ清潔だと、スライムの肉体を増殖させる細胞も育たないんだぞ。スライム詰まりもおこさないし、異臭騒ぎもなさそうで羨ましいんだぞ」
「スライム退治は下水道と切っても切れませんからね。冒険者ギルドに定期的に掃除を依頼しますけれど、ちょっと気を抜いたら大変なことになる」
「スライムって詰まるんですか?」
「エリィには実感ないでしょうね。めちゃくちゃ詰まるのよこれがまた。スライム見たかったらダンジョンより下水道に行けっていう格言があるくらいでね。まぁ、下水道のスライムは毒性が弱くて、放っておいても死人なんてほぼ出ないけれど」
「けど、そのスライムがまた美味しかったりするんだお」
「……スライムが美味しいって、それ本気で言ってるの?」
「スライム食ですか。幾つかの地方ではそういうものがあるというのは聞いたことがありますが。下水道で育ったスライムは食べませんよね、流石に」
「だぞー、それはちょっと衛生上考えられないんだぞ」
「あ、高級スライム料理なら、一度食べたことがありますよ。薬草やお酒を飲ませて育てたスライムで、けっこうこれが珍味で」
「……ちょっと待って、今喋ったの誰?」
女エルフの言葉に、パーティメンバーがハッとした顔をする。
暗闇の中の孤独を紛らわすために会話をしていたせいだろうか、気が逸れて会話の中にパーティーメンバー以外の声が混ざり込んだのに気づくのが遅れた。
まさか敵かと女エルフが慌てて振り返る。
自分の後ろの影を確認するも、その数は三つ。どうやらパーティーメンバーに敵が紛れ混んだわけではないようだ。とすると、周囲に敵が潜んでいるのか。
誰何しようにも敵地への潜入の途中大きな声は出しにくい。
どうしたものかなと奥歯を噛んだ女エルフ。この暗闇の中で、夜目が利くメンバーがいないのがどうにも歯がゆい。
どこだ、どこに潜んでいるのだと神経を尖らせたその時――。
「ぽちゃり」
「……水の中か!!」
すかさず、女エルフが雷魔法を繰り出す。広範囲の海や川などと違って、狭い範囲の水に対しては雷魔法がよく通る。
全長は川と変わりない排水溝だが深さや川幅はそれほどでもない。
十分に、女エルフが放った雷撃は仕事をしてくれた。
雷撃が何かを焼く音がする。それと同時に、暗闇の中に大きなシルエットが浮かび上がった。丸い顔に幾重もの触手。おおよそ人とはかけ離れた異形。
間違いなくモンスターだ。
「くそっ、排水溝に住むモンスターか!! 綺麗だから油断していた!!」
「下がってくださいケティさんエリィさん!! ここは私たちでしのぎます!!」
「だぞ!! 大丈夫なんだぞ!?」
「待ってくださいお
「ダメよエリィ!! どういう種族か分からないモンスター相手に、貴方を前に出すことはできないわ!! 後ろに下がりなさい!!」
もう一撃と女エルフが電撃魔法を詠唱する。
杖の先に溜まった白い光を水面に向かって解き放つ。咄嗟に放った先ほどの一撃よりも、今度は少し大きい。
激しい稲光と共に辺りが光に包まれる。
一瞬のフラッシュバックの中、その人ならざる者の影は、降参するように手を挙げたように見えた。
効いているのか。このまま、女エルフの魔法で倒しきれるか――。
「痛いんだお。酷いんだお。そっちからやって来たのに、随分なんだお」
「……くっ、全然効いていない!?」
「まずいですよモーラさん!! ここは退いた方が!!」
「ダメなんだお。久しぶりのお客さんなんだお。丁重におもてなしするんだお」
水音。それに遅れて、女エルフの前に大きな影が現われる。
どうして水位の低い用水路の中に、こんな巨体が隠れていたのか。エルフとしてはそこそこ高身長な女エルフをゆうに越える巨体に、あっと間の抜けた声が飛び出る。
声に遅れて構えた杖を――。
「こんな危ないものを振り回しちゃダメだお。没収だお」
その巨大なモンスターは無慈悲に奪い取ると、邪悪に闇の中で微笑んだ。
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