第1104話 どエルフさんとダイナモ市の秘密

【前回のあらすじ】


 扉の妖精との勝負に勝ち、下水道から脱出したかに思えた女エルフ達。しかしながら彼女達が入った扉の中に待ち構えていたのは、ダイナモ市の行政システムを動かしているサーバールームだった。


 女エルフ達の侵入を察して現われたのはホログラム。

 彼女の手引きにより、女エルフ一行はダイナモ市の成り立ちや、その市政の理念について学ぶことになる。


 聞けば聞くほど、とても人類を滅ぼすような行いとはほど遠いダイナモ市の運営方針。もしかすると破壊神は思ったほど悪い神様ではないのでは。

 そう思ったワンコ教授を、女エルフ達はたしなめる。


 言うことならば誰だってできる。

 政治とは、何を目指したかではなく、何をやったかだ。

 聞こえの良いことばかり言っても仕方が無い――。


『ダイナモ市では、市民全員にベーシックインカムを給付』


「……なんですって!?」


『市民には信教の自由を約束』


「……そんな!! 私の神の愛注入が認められるといのですか!?」


『全身整形サービスを無償で提供。性転換はもちろん種族転換も思いのまま』


「私、エルフになります!!」


 しかし、耳に聞こえがいいからこそ、民衆は熱狂するのだ。女エルフ達も言うて人間、その甘い誘い文句にころりと騙されてしまうのだった。

 流石だなというか、残念だなというか、哀れだなというか。


 所詮、女エルフ達もそこは人間の感性の域を出られないのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


『この他にも、住人の方々が充実した生活を送れるよう、ダイナモ市は福祉公共のためにさまざまな取り組みを行っていきます。みんなで手を取り合って、人類の明るい未来を切り開こう。我らの手で万年続く人の歴史を――ダイナモ市』


「……うぅん、なんか思っていたのと違う感じね」


「話を聞くだけだと、すばらしい都市ですよね」


「実際に今日見て回った感じもよかったですし。もしかして、この都市って言うほど悪い都市じゃないのでは?」


 そう言った、女エルフ、新女王、女修道士シスターの三人。

 それぞれの瞳の中には彼らがこの街に抱いた希望――欲望とも言う――が映り込んでいる。なんだかその理念に共鳴したようなことを言っているが、買収されたようなものであった。


 気持ちは分からないでもない。

 自分たちの住む街というのは意外と大事。そこがどういう理念で地域社会を運営しているかで、住み心地というのは随分変わってくる。


「だぞ、みんないくらなんでも現金なんだぞ」


「「「えへ、えへへ……」」」


 ただ、自由と自立を重んじる冒険者としてそんなことでどうなのというのはある。だらしなく微笑むベテラン冒険者三人。ちょっと見ていられない有様だった。


 さて、そんな女エルフ達は置いておいて、ホログラムのELFの動きが止まる。

 人工知能を搭載したものではなくあくまで定型的な応答を返すガイダンスロボットなのだろう。黙り込んで彼女は次の女エルフ達の質問を待っているようだった。


 魅力的な街の夢から覚めた女エルフが次の質問を考える。

 聞きたいことは山ほどあるのだ。


 とはいえ、そう長居をしている場合でもない。

 こうして破壊神側のシステムに接触しているのだ。先ほどのような謎の敵に察知されて囲まれるとも限らない。

 迅速に必要な情報だけを聞き出さなくてはいけない。


「まぁ、兄さん達が来たから、この街の制圧とか破壊とか、そういうのは任せられるのよね。私たちがしなくちゃいけないことって、他に何かあるかしら」


「やはり破壊神ライダーンの情報についてではありませんか? この都市の運営に関わっているようには思えませんが、それでも、彼がどういうことを考えている神なのか知らないことには、私たちも動きづらいです」


「敵なのか味方なのか。はっきりさせておきたいですね」


 パーティーメンバーの中で、だいたい意見はまとまった。

 聞いた所で教えてくれるかどうかはわからない。また、教えてもらった情報が正しいかも分からない。それでも今はどんな情報でも欲しい。


 それでいこうかしらと女エルフがパーティを代表してホログラムの前に立つ。次の質問だけれどと、彼女は少し言葉をためて語りはじめた。

 だが――。


『ヴァッ、ヴァッ、ヴァッ……』


「……えっ?」


「なんでしょう、急に映像にモザイクがかかって」


「もしかして敵の攻撃かなにかですかね?」


「違うんだぞ。いちいちこんなのとやりとりしていても、時間がかかって仕方が無いんだぞ。それに、こういう対面型の情報端末は、大切な情報が漏れないようにプロテクトがかかっているんだぞ」


 さっきまで眠たそうにしていたワンコ教授。彼女のやけにはっきりとした声がする。そう言えば、先ほどの会話の中にも混ざっていなかったが、どうしのか。


 辺りを見回してみれば、ワンコ教授の姿がみつからない。

 どこに行ったのか、慌てて女修道士シスターが扉の外に出ようとすると「そっちじゃないんだぞ」と、彼女のちょっとからかうような声が木霊した。

 声が響いてきたのは部屋の真ん中。黒い柱の裏側。


 そこに回り込んでワンコ教授は、何やら黒い板を前ににらめっこをしていた。


「……なにしてるのケティ?」


「だぞ、さっきのホログラムを出していた装置を解析しているんだぞ。これ、他の遺跡とかでも見たことある奴なんだぞ。古代文明ではスタンダードな装置なんだぞ。だから僕でもなんとか情報引き出せる……」


「大丈夫なの? そんなことして?」


 ぞっと女エルフが青い顔をする。行政システムを司っているサーバーがどういうものかは分からないが、街をコントロールしていると聞けばちょっと慎重にもなる。

 敵に見つかるだとか、変な機能を動作させてしまうだとか、迂闊に触ってトラブルを起こしてしまわないか、心配するなという方が無理だろう。


 そこをなんでもない顔をして、しれっと解析し出すワンコ教授。

 手慣れた感じに、彼女は四角い板の前に置かれている大小様々なボタンを手際よく連打すれば、女エルフの杞憂を気にも留めずになにやら一心不乱に調べ出す。

 なるほどなるほど、ほんほんと、彼女は一人で何かを納得するのだった。


 大丈夫かなと不穏な空気がサーバー室に満ちる。


「さっき言ってたことは嘘じゃなさそうなんだぞ。保存されているデータの数値的に、かなりこの街に住んでいる人間やELFは手厚く保護されているんだぞ」


「そんなこと分かるの?」


「すごいですね、ケティさん」


「もしかしてこのまま街をのっとちゃったりできます?」


「それは無理なんだぞ。ここ以外にも、サーバー室が複数この街には設置されていて、それらが分散して街を運営しているんだぞ。全てのサーバー室を見つけ出して制圧しないと、無理なんだぞ」


 よく分からないが、専門家が言うのだからきっとそうなのだろう。

 時々、ワンコ教授の考古学の知識が炸裂する展開はあるが、まさかこの未知の大陸&都市でもその知識が活かされることになろうとは。

 いったい誰が想像しただろうか。


 なんにしても、危険がないようなら問題ない。

 女エルフ達はワンコ教授の仕事を、邪魔せず黙って見守った。


「だぞだぞ、なるほど、面白い設計思想なんだぞ。技術的には古代遺跡と同じだけれど、使い方がやっぱりこっちの方が一つ上手なんだぞ。こっちの方がオリジナルで、大陸なんかで見かけたのは、きっとこれを応用した」


「ケティ、お願いだからもうちょっと、私たちにも分かるように喋って……」

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