第1103話 どエルフさんとダイナモ市行政システム

【前回のあらすじ】


 無事に扉の妖精との勝負に勝利し、扉を開けることに成功した女エルフ。

 ようやく開いた扉をくぐれば、そこは念願の外――ではない。


 たどり着いたのは白い小さな部屋。

 壁には女エルフ達の背丈くらいはあろうかという棚。

 無造作に置かれている段ボール。

 中央には黒い塔ことサーバーラック。


 そして、女エルフ達の部屋への侵入を察したように、現われるホログラムの人物。


『サーバールームに入構者を確認。これより、対話型コンソールを起動します』


「へ?」


『はじめての来訪者の方ですね。ようこそ、ダイナモ市行政システムのサーバールームへ。いったいどのようなご用件でしょうか』


 女エルフ達が迷い込んだのは思いもかけない街の深淵。この街の快適な暮らしを実現しているシステムのサーバールームだった。


 脱出するつもりが、思いがけない所に侵入した女エルフたち。

 イカスミ怪人工場に侵入するよりも、よっぽど謎の解明に適した場所だが、はたしてこれは偶然なのか。それとも誰かの手引きによるものなのか。


 なんにしても、ギャグから一転、またちょっとシリアス。

 タウンアドベンチャーらしい調査フェーズに入るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「サーバールームって? ここはいったい、何をしている場所なの?」


『ダイナモ市行政システムについてのご質問ですね? それでは簡単に説明させていただきます。まずはこちらをご覧ください』


「いや、そんな一方的に……」


 なんだか話が微妙に通じない相手に戸惑う女エルフ。

 出て来たホログラムのELFとおぼしき女。もうすっかりと現代文明に触れて、ホログラム程度では驚かなくなった女エルフ達だが、その絶妙にすれ違っている会話には一抹の不安を覚えた。


 とはいえ無視する訳にもいかない。しぶしぶと女エルフ達は、彼女の言葉に従う。

 こちらをご覧くださいと言った彼女の胸元に表示されたのは四角い窓。

 その中に映り込んだのは、前に熱帯密林都市でも見たことがある、この辺りの立体地図だった。


 ゆっくりとポリゴンの街並みが大きくなっていく。

 その街並みに、ふと、女エルフは見覚えを感じた。


「……もしかしてこれ、ここ?」


『はい、ここが私たちが暮らしているダイナモ市になります。破壊神ライダーンさまの手によって作られたこの都市は、人類の人体構造のさらなる効率化や、負傷・病気の際の治癒方法の研究のために造られた学術研究都市』


「……だぞ? 僕がいた学園国家みたいな場所なんだぞ?」


『はい。ここには人間はもちろんELFの中でも選りすぐりの知恵を持った者達が集まり、日夜、よりよい進化の方法を研究しています。人類の未来を、自分たちの手で切り開くをモットーとしたダイナモ市は、破壊神ライダーンさまが築いた三都市の中で、もっとも進取の気風に満ちた最先端を行く都市なのです』


 へぇと納得する女エルフたち。

 改造人間がどうこうという話を先んじてデラえもんから彼女達も聞いていたが、実際にやっている側がどういうつもりなのかはここで初めて聞く。

 なるほど、随分前向きに捉えていたんだなと感心しつつ、もしかして何も悪い事をしていないのではと疑念も抱く。ちょっと反応に困る説明だった。


 そんな説明に合わせたように、映像は市内で暮らす人々の幸せそうな日常風景に切り替わっていく。


『そんな目的を持って建造されたダイナモ市が目指すのは人類の豊かな生活です。誰もがその日を満足に、思うように生きられるような毎日を目指して、ダイナモ市行政及び地域社会は日々バリアフリー社会を目指した取り組みを行っています』


「バリアーフリー社会って?」


『どのような人間でも安心して生活することができる社会です。エルフでも、貧乳でも、ツッコミ気質で、三十歳魔法少女でも、安心して生きられる社会の実現を、我々は目指しています』


「どうどう、落ち着いてくださいモーラさん。バカにしている訳じゃないですから」


 ピンポイントで出て来た、女エルフが生きる上で困っている事象の例。

 なんでそこですんなり出てくるんだ。さては狙ってわざと言っているんだろうと、彼女が怒るのは無理もなかった。


 得意の火炎魔法が飛び交う前に、なんとか女修道士シスターが女エルフを取り押さえる。そんな横で、何やら興味深そうに映像をみていたのはワンコ教授だ。


「だぞ。もしかして、破壊神が人類に求めていた進化っていうのは、思っていたより優しい感じなのかだぞ?」


「いやいや、言ってるだけでしょケティ。こんなのどこまで信じていいか」


「自分たちで言っていることほど、アテにならないことは多いですからね」


「ケティさん、為政者という者は、自分の実績をさも尊大かつ立派に虚飾して喧伝するものなんですよ。私も、そういう営みの中にいる人物だから分かります」


 ホログラムはこう言っているが、どこまで信じて良いものか。

 冒険を経ていろいろと世界の汚さに触れてきた女エルフ達には、ダイナモ市が掲げる理念はちょっと眉唾だった。


 人間、そんな風に理想通りに生きられるものではない。

 きれい事では世の中は回らないのだ――。


『ダイナモ市の取り組みは大きく分けて三つ。雇用創出、人材育成、文化活動の推進です』


「あらそう、ご立派なことだわね」


『ダイナモ市では、市民全員にベーシックインカムとして月に生活するのに必要なお金を給付しています。このため、市民はそれぞれ自分が希望する仕事に従事することが可能です』


「……なんですって!?」


 ただ、骨身に染みて世間の厳しさを知っているだけに、甘い話がズブリと刺さる。


 こちらの世界でも大人気のベーシックインカム。

 その甘い響きに引っ張られて、女エルフがホログラムの方に熱い視線を向ける。


 お金大好き。

 冒険者なんてやっているだけあって、そういうのには五月蠅い。

 それでなくてもただでさえ長い寿命で生きるのがしんどいエルフだ。俗っぽい反応をしてしまうのは仕方なかった。


 そして――。


「まったく浅ましいですねモーラさん。そんなただでお金が貰えるからって」


『市民には信教の自由を約束。どのような宗教に所属していようとも、また、その宗教行為について法に触れない限りはいわれのない差別を受けないよう保障します』


「……そんな!! 私の神の愛注入が認められるといのですか!?」


「コーネリアさんまで。もう、そんなころりと騙されないでくださいよ」


『さらに様々な肉体的な問題をお持ちの方々に、全身整形サービスを無償で提供。性転換はもちろん種族転換も思いのまま』


「ほんとうですか!! 私、ここの住人になります!! そして、お義姉さまと同じエルフになります!!」


 大爆釣。

 すっかりと夢のような社会保障に釣られてしまう女エルフ達なのだった。


 耳に聞こえのいい話というのは、どれだけ嘘だと思っても気になってしまうもの。即オチ、やむなしであった。

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