第1105話 どワンコ教授と破壊神の神聖遺物

【前回のあらすじ】


 ここは人に優しい街――ダイナモ市。

 誰もが活き活きと生きられるよう行政がしっかりサポート。どんな人も取りこぼさない、徹底した福利厚生の街。人類の未来はまず個人の幸福から。さぁ、明るい未来にみんなで踏み出そう。


 とまぁ、そんな現実世界ではまずありえない夢みたいな街ダイナモ市。

 破壊神の走狗、人類を滅ぼす危険な街として警戒していた女エルフ達の気と骨を抜くような実際の姿。これには彼女達も戸惑うばかりだった。


 そんな中、もう少し必要な情報を得られないだろうかと考えた女エルフだったが、それを制するようにワンコ教授が先に動く。流石の考古学者か、こういう未知の文明が残したモノへの対応はお手の物。


「だぞ、これ、他の遺跡でも見たことある奴だぞ」


 たちまちシステムをハッキング。女エルフ達の質問に応えていたホログラムに頼らずとも、街に集積されている情報にアクセスを仕掛けるのだった。


 ファンタジーだからって、ハッキングができないと誰が決めた。


 いつもはお荷物な感じが否めないワンコ教授。

 面目躍如の大活躍であった。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞだぞ、分かったんだぞ。みんな、もうばっちりダイナモ市については調べたんだぞ。さっきのコンソールに尋ねなくても、僕がなんでも答えられるんだぞ」


「……嘘でしょ、早くない?」


「ケティさん。なんだか妙に活き活きしていますね」


「うぅっ、ケティさんにもこんなスキルが。やっぱり、エリィには冒険者としての才能がないんですね」


「「いや、ケティがこれは特殊なだけよ」」


 ものの数分でシステムを調べ尽くしたワンコ教授。そういう立ち位置のキャラにしても、驚異的なスピードだ。

 流石はそんな幼い容姿で、大学で教鞭を執っているだけはある。


 そんな古い設定も引っ張り出しつつ、ダイナモ市のサーバー内にあった情報を精査したワンコ教授が得意げにふんぞりかえる。

 本当に全部分かったのだろうか。疑問に思いながらも、女エルフはワンコ教授にさきほど尋ねようとした質問を投げかけることにした。


「えっと、それじゃ破壊神について、何か分かっていることを教えてちょうだい」


「だぞだぞ。まぁ、まずはそれなんだぞ。調べていて気がついたんだけれど、どうやら破壊神ライダーンはそれほど危険な神じゃなさそうなんだぞ。むしろ、人類に対しては深い愛情や、親しみを持って接していたみたいなんだぞ」


「……そうなの?」


 それはキングエルフ達にも語られたこと。

 古の時代から、破壊神と共にある者達だからこそ分かるし語れる感覚。そして、女エルフ達のように、神と人間が別れた時代に生きる者達には、実感しづらいもの。

 破壊神の息づかいを、ワンコ教授はデータの中に見出していた。


 顕著に表れていたのはやはり数字だ。ダイナモ市に生きた人々の平均寿命やさまざまなライフイベントの数字。その統計結果に、この街がいかに暮らす人間たちを大切に扱ってきていたのかが現われていた。


 いや、人間だけではない。


「人間の寿命はもちろんなんだけれど、ELFの耐用年数もすごいんだぞ。この街が出来た頃から今まで動いているELFが百台近くあるんだぞ」


「……そんなに動くものなの?」


「平均的な故障率を考えるともって千年がいいところ。それに、ELFは人間と違って、この街のシステムの一部だから、稼働率の悪いモノは処分した方がいいんだぞ。それをしないってことは、ライダーンはELFにも一定の権利を認めているってことなんだぞ」


 破壊神のくせに、破壊をしないとはこれいかに。

 名前負けの裏にある神の思いがけない一面まではデータから読み取ることはできなかったが、それでも十分女エルフ達に破壊神の真心は伝わった。


「そっか、なんか思ってたのと随分違うのねライダーン」


「私は、私はなんと罪なことを。神の愛を信じずに、勝手に怒るだなんて」


「けど、それはあくまで自分が作った人に対する優しさなんじゃないですか?」


「そんなことないんだぞ。今の人類が世界に満ちて、神々から承認されてすぐ、破壊神ライダーンはその守護者になることを自分から名乗り出たそうなんだぞ。すぐにこの南の大陸の都市も、機能を封印したんだぞ。立派なんだぞ」


 だったらなんで、今こんな混乱が起こっているのか――。


 破壊神が善神だと分かった今、ますます理由が分からない。

 都市の頂上を覆う青い雷は、いったい破壊神でないならば、誰がいったい生み出したというのか。またしても情報が増えるばかりで先の見えない状況に、女エルフが倦んだため生きをこぼす。


 するとワンコ教授、それについては新しく分かったことがあると、少し得意げな表情を見せた。


「だぞ。モーラたちが破壊神の盟友を名乗る神から教えてもらった青色の雷。これについての情報もこいつの中にはあったんだぞ」


「本当なの?」


「いったい、何が原因なんですか? 誰が黒幕なんですか?」


「流石にそこまでは分からないんだぞ。というか、アレを敵や脅威だと、認識することができていないからこんな事態になっているんだぞ」


「認識できていない?」


 こくりと頷くワンコ教授。

 そんなはずがあるだろうか。あんなにも分かりやすい現象を前に、それを怪奇とも危機とも捉えていないだなんて。どれだけのんきならそんな風に思うのか。


 見上げれば、いくらでも青く輝く夜空が見える――。


「待って? そう言えば、さっき空にはそんなもの見えなかったわ?」


「そうなんですか?」


「……言われてみればそうですねお義姉ねえさま。魔法少女になって一通り飛び回りましたけれど、私もお義姉ねえさまも、そんな光景は見ていない」


 どういうことだ。

 まさか、破壊神の盟友に謀られたのだろうか。

 いいように彼に使われた。あるいは、彼が黒幕なのか。


 分からなくなる女エルフに、大丈夫なんだぞとワンコ教授が頼もしい言葉をかけた。何が大丈夫なのかは分からないが、この中でこの都市に起きていることを理解しているのは、間違いなく今は彼女だ。

 その言葉を信じるより他なかった。


「だぞ、言ったんだぞ、認識することができないって。それは、何もこの都市に住む人間やELFだけじゃないんだぞ」


「……もしかして?」


「視覚的に見えないように偽装されているんだぞ。おそらく、攻カク○頭隊と同じで、人の脳内に侵入して無理矢理視覚情報を書き換えるような、そんな魔法で誤魔化しているんだぞ」


「そんなことって」


「上空の気温データを参照すると、あきらかにそこには何かが存在しているんだぞ。もうとっくに、この街は――いや大陸は、何者かの手の中に落ちているんだぞ」

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